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第31話:東京スウォーム(後編)

第31話:東京スウォーム(後編)――群れの支配者

1. 渋谷、黒い空

渋谷駅前、スクランブル交差点。

いつもなら若者や外国人観光客で溢れかえるその場所は、異様な静寂とパニックに包まれていた。人々は立ち止まり、一斉にスマートフォンのカメラを上空に向けている。

「……まるで、黒い雲だな」

交差点の端に展開したADUADS Mk-IIのコクピットで、刑部が息を呑んだ。

上空を覆い尽くしているのは、無数のドローンだ。配送用、空撮用、ホビー用。本来ならバラバラの目的で飛んでいるはずの機体が、まるで一つの巨大な「生き物」のようにうねりながら、上空で円を描いている。数百機から発せられるローターの羽音が、不気味な重低音となって街を震わせていた。

「現在、確認できるだけで420機。さらに増殖中よ!」

後方支援車の中から、雲井瑞希が叫ぶ。

「これ、ただのハッキングじゃない。各機体が近距離通信メッシュネットワークで互いの位置を共有し合う『自律型群制御』よ。鳥の群れ(ムルムレーション)と同じ。リーダー機は存在しないから、一機を撃ち落としても群れ全体は止まらない!」

2. 空飛ぶ避雷針

「課長、どうします! このまま群れが高度を下げたら、交差点の人たちにローターの雨が降ります!」

外務係長が、警視庁へのホットラインを握りしめながら叫ぶ。

「……瑞希さん、その群れはどうやって進行方向を決めているの?」

羽代課長の冷静な声が無線に響く。

「群れの中で、最も『電波出力の強いノード(結節点)』を基準にしているみたいです。つまり、一番目立つ電波に群がる習性が……」

「なるほどね」課長は即断した。

「刑部君。Mk-IIの通信出力をリミッター解除して、全方位に最大出力で発信しなさい。Mk-II自身が『巨大な群れのリーダー』になって、奴らを人のいない場所へ誘導するのよ」

「……俺を『空飛ぶ避雷針』にするってことですか。了解!」

「誘導先は代々木公園! 金剛さん、キャリアーで公園までのルートを強引に開けて!」

「おう! 歩道橋だろうがガードレールだろうが、労働基準法違反のドライビングでぶっちぎってやるぜ!」

3. 三億円の決断

「Mk-II、通信出力最大フルブースト。……来いよ、俺が親玉だ!」

刑部がコンソールを叩くと、Mk-IIのアンテナから強烈な偽装シグナルが放たれた。

瞬間、上空の黒い雲がピタリと動きを止め、一斉にMk-IIへと「顔」を向けた。

「……背筋が凍るぜ」

怒れる蜂の群れのように、400機を超えるドローンがMk-IIを標的として急降下を開始する。

刑部はMk-IIの四脚をフル回転させ、渋谷のスクランブル交差点を飛び出した。パトランプを激しく明滅させながら、公園通りを代々木公園に向けて猛スピードで駆け上がる。背後には、建物の壁や街灯をかすめながら、黒い濁流のようなドローンの群れが迫っていた。

「刑部さん、代々木公園の森林エリアに入ったら、右アームの『レーザー・ダズラー』を全周囲(360度)に拡散照射して! 強烈なジャミングと光の壁で、群れのネットワークを物理的に焼き切るの!」

瑞希が戦術を指示する。

しかし、そこで財前が悲鳴を上げた。

「ちょっと待って! 400機のドローンを一斉に墜落させるってこと!? 平均単価15万円として……六千万円!? 慰謝料と公園の復旧費を合わせたら、億単位の損害賠償よ!」

「財前さん、計算は後! 予算より命が先だ!」

外務係長が珍しく怒鳴り返す。

「……警察庁長官と都知事の決済は、たった今私が取りました! 責任は『国交省・空対課』で引き受けます! 刑部君、やれえっ!」

羽代課長の号令が下った。

4. 閃光と羽音の終わり

代々木公園の広大な芝生エリアに、Mk-IIが滑り込む。

直後、空を覆うドローンの群れが、Mk-IIを飲み込もうと全方位から殺到した。視界が黒い機体で完全に埋め尽くされる。

「相棒、耐えろよ……!」

刑部はMk-IIの脚部を大地に固定し、シールドでコクピットを覆った。

「ダズラー、全周囲拡散モード……最大出力マキシマム!!」

Mk-IIの右アームから、限界を超えた高出力の攪乱光とジャミング電波が、ドーム状の閃光となって弾け飛んだ。

真夏の太陽が地上で爆発したかのような光が、代々木公園を白く染め上げる。

メッシュネットワークを焼き切られ、センサーを潰された「群れ」は、ただの「機械の塊」へと戻った。

ボトボトッ、ガシャァァン! という激しい音を立てて、400機を超えるドローンが、糸の切れた操り人形のように芝生の上へと次々に墜落していく。

光が収まった後、そこには数え切れないほどのドローンの残骸と、その中央で静かに排熱の白煙を上げるADUADS Mk-IIの姿があった。

「……全機、沈黙。群制御の強制解除を確認しました」

瑞希が、安堵の息を長く吐き出す。

5. 東京の空の「新しい顔」

数時間後、夜の代々木公園。

警察の鑑識チームが墜落したドローンの回収作業を進める中、空対課のメンバーはブルーシートの上で膝を抱えていた。

「……はい、刑部さん。これ、本日の出動に関する事後報告書と、被害に遭ったドローン所有者への補償手続き書類。全部で……423枚よ」

財前が、魂の抜けたような顔でタブレットの山を指さした。

「四百枚……。刑務所の面会記録より多いぞ……」

刑部が頭を抱える横で、金剛がキャリアーのタイヤを蹴りながら笑う。

「ま、正式な組織になった初日から、国交省の伝説を作っちまったな」

羽代課長と外務係長は、回収されたドローンの一機を見下ろしていた。

「……今回のスウォーム、あくまで『テスト』だったみたいね。ダークウェブにコードをばら撒いた主犯は、まだどこかに潜んでいる」

「ええ。我々『空対課』に対する、挑戦状かもしれません」

東京の空は、物流のハイウェイから、新たな知能犯罪のステージへと変貌を遂げつつあった。

刑部は立ち上がり、泥とドローンの残骸にまみれたMk-IIの装甲をポンと叩いた。

「相手が群れだろうが幽霊だろうが、落とすのは俺たちだ。そうだろう、相棒?」

Mk-IIは排熱のファンを静かに回し、それに答えるかのように小さな駆動音を響かせた。

空対課の戦いは、ここからが本当の幕開けである。

【第31話:東京スウォーム(後編) 完】

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