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第30話:東京スウォーム(前編)

第30話:東京スウォーム(前編)――予兆

1. 正式発足と「新しい椅子」

「……うん、やはり『正式な常設組織』ともなると、椅子の座り心地からして違いますね」

羽田空港の一角、新しく国交省の正規予算でリニューアルされた空対課の詰め所。外務謙一係長が、ピカピカのオフィスチェアに深く腰掛け、満足げに高級そうなコーヒーを啜っていた。

「係長、椅子に感動している暇はありませんよ。組織が正式化されたということは、会計検査院の監査対象になったということです。これ、新しい経費精算ガイドライン」

財前鏡子が、これまでの倍はあろうかという分厚いマニュアルをデスクに叩きつける。

「げっ……」とうめく外務を無視して、財前は格納庫の刑部風人へ視線を向けた。

「刑部さん、予算が増えたからって、Mk-IIにこれ以上の高級オイルをねだるのは無しですからね」

「分かっているさ。なあ、相棒」

刑部はMk-IIのコックピットから顔を出し、苦笑した。

正式に「航空管理局小型無人機対策課」となって一週間。身分は全員「国土交通省の職員」に統一されたが、やることは相変わらず書類仕事と、いつ起きるか分からない事件への備えだった。

しかし、その平穏な空気を破ったのは、雲井瑞希が持ち込んだ一通の「奇妙なデータ」だった。

2. ダークウェブの「ゴースト・コード」

「皆さん、ちょっとこれを見ていただけますか?」

瑞希が、メインモニターに東京23区の空域マップを表示した。そこには、過去数日間に発生した「原因不明のドローン微細トラブル」のポイントが、無数の赤い点で打たれている。

「これ、ただの配送エラーとして処理されているんですけど、気象データと照らし合わせると明らかに不自然なんです。突風も吹いていないのに、同時刻に、別々の会社のドローン数十機が『一瞬だけ同じ方向へ進路を傾けている』の」

「各社のシステムが一斉にバグを起こした、と?」

刑部が操縦席から降りてきて、画面を覗き込む。

「ううん。バグじゃないわ。何者かが、都内を飛び交う民生用ドローンの制御システムに、極小の『バックドア(裏口)』を仕掛けて、外部から一瞬だけテストドライブした形跡よ」

画面が切り替わり、外務係長が防衛省の知人から極秘に仕入れてきたという、ダークウェブのスクリーンショットが映し出された。

そこには、不気味な黒いアイコンとともに、あるプログラムの販売ページが存在していた。

【商品名:ゴースト・パピヨン(幽霊の蝶)】

仕様:民生用ドローン自動同期・群制御スウォームアドオンコード。

説明:あなたの退屈なドローンが、数千機の『群れ』の一部になる。意志を持つ巨大な影が、東京の空を埋め尽くす日を楽しみに。

「……群制御スウォーム。一機一機はただのホビードローンや配送機でも、数百、数千が完全に同期して動けば、それは巨大な『空飛ぶ質量兵器』になるわ」

財前の声から、いつもの余裕が消えていた。

3. 忍び寄る「羽音」

「冗談じゃないわね」

奥の課長室から出てきた羽代律子が、腕を組んでモニターを見つめる。

「一機ずつ追いかけてショットガンで叩き落とすのが、私たちの Mk-IIの戦術よ。それが、何百機という『虫の群れ』のように襲いかかってきたら……」

「ダズラーで一網打尽にはできないんですか?」

金剛が尋ねるが、瑞希は首を横に振った。

「波長を合わせれば一部は落とせる。でも、数千機が別々の経路から同時に襲ってきたら、Mk-IIのセンサーが飽和して、処理が追いつかなくなるわ」

その時、詰め所のアラートが、今まで聞いたことのない重低音で鳴り響いた。

『警告。渋谷区、新宿区、港区の上空において、民生用ドローンの『集団航路逸脱』が発生。現在、その数――300機、なおも増加中!』

「……噂をすれば、すぐに本番というわけね」

羽代課長が、鋭い目付きで一同を見据えた。

「空対課、常設組織としての本格初出動よ! ターゲットは……『東京の空そのもの』よ。刑部君、Mk-II、出るわよ!」

「了解……! 行くぞ、相棒。新体制の初仕事だ、ド派手に迎撃してやる!」

格納庫で、Mk-IIのパトランプが、これまで以上に激しく、青と赤の光を放って回転を始めた。東京の空を埋め尽くそうとする「見えない群れ」との、新たなハイテク戦争の幕が上がる――。

【第30話:東京スウォーム(前編) 完】


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