第28話:首都高、雨の境界線
第28話:首都高、雨の境界線
1. 荒天のハイウェイ
梅雨入り直前の東京。深夜の首都高速都心環状線(C1)は、激しい雨に打たれていた。路面は黒く光り、視界はワイパーの往復だけが頼りの「水の世界」と化している。
「……こちら空対課。現在、首都高3号渋谷線にて、違法改造された高速配送ドローンが三機、暴走中。機体は耐水・耐風コーティング済みの特殊機だ」
刑部がMk-IIのコクピットで呟く。雨音とワイパーの音が、機内を支配する。
「瑞希、状況は?」
「最悪よ。雨粒の反射でレーダーが誤作動してる。さらに、奴らは故意に首都高の渋滞車両の合間を縫って逃げてるわ。ショットガンはおろか、ダズラーすら満足に使えないわよ」
財前が端末を叩き、苛立ちを隠せない。
「首都高を封鎖する許可? 取れるわけないでしょ! ここで事故が起きたら、被害額がいくらになるか……金剛さん、キャリアーの制限速度を超えてもいいから、奴らの先回りを!」
2. 雨に濡れる「鋼鉄の相棒」
「……了解。濡れた路面でホイールを回すのは、労働安全衛生法的には自殺行為だがな!」
金剛が笑い、キャリアーを加速させる。
Mk-IIのハッチが開き、雨がコクピットに吹き込む。刑部は全身が冷気で震えるのを感じながら、レバーを握りしめた。
「相棒、濡れるのは慣れてるだろ?」
Mk-IIがアスファルトに降り立つと、激しい雨が機体を叩いた。四脚を広げ、滑りやすい路面をホイールではなく「四点支持」で強引に固定する。
前方に、尾灯を赤く光らせて蛇行するドローンが見えた。時速120キロ。雨を切り裂く高速域での追跡戦だ。
3. 許可なき「加速」
「課長、こちら刑部! 目標が首都高から一般道へ降りようとしている。このままでは都心の繁華街に突っ込む!」
「……現在、港区、渋谷区、両方の警察署と調整中! まだ許可が出ない!」
「待ってたら街が壊れる!!」
刑部は判断した。彼はMk-IIのセーフティをすべて解除する。
「瑞希、財前! 責任は俺が取る。……通信をオフにするんだ」
「えっ、刑部さん!?」
「……分かったわ。私の端末からは、今この瞬間の映像データは『通信障害でロストした』ことにする。……後悔しないでよね!」
財前がキーを叩き、Mk-IIの回線を意図的に遮断した。
刑部はMk-IIの出力を限界まで引き上げる。雨水が機体内部のモーターを焼きそうになるが、Mk-IIは唸り声を上げて加速した。
4. 境界線上の激闘
Mk-IIは首都高のジャンクション、その高低差の激しいカーブを、ホイールの摩擦を犠牲にして強引に曲がる。タイヤから白煙ではなく、激しい水煙が上がる。
「捉えた!」
刑部は敵機の進路を塞ぐように、Mk-IIの機体をドリフトさせる。雨で路面はスケートリンクのようだが、刑部の指先が、Mk-IIの四脚の荷重配分を完璧に調整し、機体を路面に食い込ませる。
敵機が回避しようとした瞬間、Mk-IIは空中で機体を回転させ、右補助腕のブレードではなく、「機体の脚部」そのもので敵機の翼を叩き折った。
破壊されたドローンが、火花を散らしながら雨の中へと墜落していく。
残る二機も、Mk-IIの威圧的な構えに戦意を喪失したのか、雨の闇へと逃げ去った。
5. 結び:雨上がりの朝焼け
首都高の片隅。
仕事を終えたMk-IIは、雨に濡れたまま静かに佇んでいた。
「……お疲れ様、刑部君」
無線越しに聞こえた羽代課長の声には、叱責ではなく、安堵が混じっていた。
「……通信が途切れた時は、終わったかと思ったわよ。……幸い、現場に居合わせたドライバーのドラレコにも、肝心の瞬間は映っていなかったみたいね」
「……財前が手回ししてくれたんでしょうか」
「さあね。でも、明日からの始末書は、雨粒の数ほどあると覚悟しておきなさい」
明け方の東京。
空が少しずつ白み始め、雨が上がろうとしている。
刑部は窓を開け、冷たい空気を吸い込んだ。
「……相棒。泥だらけだな」
返事をする代わりに、Mk-IIが小さくパトランプを点滅させた。
首都高を見下ろす高架の上。
次の雨が来る前に、彼らは溜まりきった書類の山と、新しい「空の安全」へ向かってキャリアーを走らせた。
【第28話:首都高、雨の境界線 完】




