第27話:世田谷、静寂を裂く風
第27話:世田谷、静寂を裂く風
1. 閑静な住宅街の異変
日曜日の午後、世田谷区の高級住宅街。低層のマンションや戸建てが並ぶ、いつもなら穏やかな時間が流れるエリアだ。
「……瑞希、今の見たか?」
刑部がMk-IIのコクピットで眉をひそめる。監視カメラの映像に、屋根の上を跳躍するように進む「黒い機体」が映ったのだ。
「ええ、見てるわ。最新の配送ドローンに擬態してるけど、出力が桁違い。……あれは、違法改造の『高機動型』だわ!」
雲井瑞希がモニターを拡大する。そのドローンは、民家の軒先を縫うようにして、住人のプライバシーをあざ笑うかのように加速していく。
「またか。……空対課、出動!」
2. 「迷路」への突入
金剛がキャリアーを急停車させたのは、路地幅が狭い世田谷の生活道路だった。
「ここからは大型キャリアーは入れねえ! 刑部、ここからはMk-IIの単独歩行だ!」
「了解。……財前、近隣住民からの苦情は?」
「今まさに着信中! 『庭に怪しい影がある』『屋根をロボットが走っている』……警察庁からも『騒ぎを大きくするな』とのお達しよ。この住宅街で、音を立てずに、かつ速やかに捕まえなさい。……器物損壊の賠償請求、私の試算では目玉が飛び出るわよ」
Mk-IIは四脚のホイールを絞り、静かな「歩行モード」で路地裏へと滑り込んだ。
3.8メートルの鋼鉄の塊が、民家の塀やカーポートをかすめながら進む。Mk-IIの排熱音が、静かな住宅街に響かないよう、刑部は極限まで出力を制御する。
「瑞希、敵は?」
「民家の庭先を抜けて、世田谷通りの反対側へ出ようとしてる! ……刑部さん、角を曲がったら一気に距離を詰めるわよ!」
3. 屋根の上は「法執行」のリング
角を曲がった先、Mk-IIは前方に黒い機体を見つけた。
敵機は、民家のガレージの屋根を滑走路代わりに加速しようとしている。
「逃がさない!」
刑部はMk-IIの脚部を駆動させ、民家の塀を蹴って跳躍。空中で姿勢を制御し、敵機の進路を塞ぐように着地する。
――ドォォン!
着地の衝撃を脚部のダンパーが吸収し、砂埃一つ立てない静かな着地。しかし、敵機も負けてはいない。機体を反転させ、狭い路地を逆に駆け抜けていく。
「追うぞ、相棒!」
Mk-IIは四脚を高速回転させ、車道を駆け抜ける。カーブでは、外壁を爪で掴んで強引に曲がるという挙動を披露。時速40キロ、住宅街の路地裏を舞台にしたドッグファイトが始まった。
「瑞希、敵の次の動きは!」
「前方のT字路を左折! ……でも、そこには子供が自転車に乗って走ってる! 刑部さん、止めなきゃ!」
「させない!」
刑部は敵機の側面へ回り込む。ショットガンを向ける余裕はない。彼は右補助腕のブレードを展開し、敵機のプロペラ直近を叩く――のではなく、あえて「風圧」を利用して姿勢を崩させた。
「バランスを崩したわ! 今よ!」
瑞希の指示に合わせ、Mk-IIのネットランチャーが火を吹く。
放たれた網は、正確に敵機を包み込み、そのまま電柱の陰で強引に制止させた。
4. 結び:日常へ戻る影
「……確保。周囲の安全、確認終了」
刑部の報告に、通信越しに外務係長が泣きそうな声で応える。
「よかった……! 住民からの通報も、今のところ『大きな犬が走っているのを見た』くらいで済んでいます。……いや、警察には『大型のガードドッグが迷い込んだ』と報告しておきますから!」
数分後。
路地裏から静かに出てきたMk-IIの姿を、角にいた主婦と子供が呆然と見上げていた。
刑部はコクピットから軽く一礼し、そのまま静かにキャリアーへと戻っていく。
詰め所にて。
「……今回の損害、たったの五千円。民家の庭の植木を少し踏んだだけね。刑部さん、あなたの操縦技術だけは認めてあげるわ」
財前が珍しく満足げにハンコを押す。
「……それだけ? 褒め言葉はなしか?」
刑部の問いに、財前は鼻で笑った。
「褒めてほしければ、始末書の枚数を半分にしなさい。……明日も、忙しくなるわよ」
世田谷の夜空に、遠くモノレールの音が聞こえる。
今日もまた、何事もなかったかのように、人々の日常は守られた。
【第27話:世田谷、静寂を裂く風 完】




