表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/55

第26話:奥多摩、霧の標的

第26話:奥多摩、霧の標的ターゲット

1. 霧の山岳地帯

都心から遠く離れた奥多摩。深い山々に囲まれ、蛇行する多摩川が刻む渓谷美は、登山客や釣り人に愛される自然の聖域だ。

しかし、その静寂は、航空管理局のモニター上で突如として壊された。

「……奥多摩、御岳山みたけさん上空にて異常な電波反応。ドローンレース用の機体と思われるものが十機以上、高度制限を無視して低空飛行中よ」

瑞希が、険しい表情で気象予報をチェックする。

「今、奥多摩一帯は濃霧で覆われているわ。視界は数メートル。こんな場所でレースをするなんて、どうかしてる」

「違法レース、それも賭けドローンか。……高層ビルとは別の意味で嫌な場所だな」

刑部がMk-IIのコクピットで、霧に包まれたディスプレイを睨む。

奥多摩の複雑な地形は、レーダーの反射波が乱れやすく、GPSも遮断されやすい。「空対課」にとって、ここは最も機動力を活かしにくい「最悪のフィールド」だった。

2. 縦割り行政の「遭難」

「課長、出動準備はできています」

金剛が重厚なキャリアーのエンジンを唸らせる。

「ただし……奥多摩は警視庁の山岳救助隊と、地元の森林管理署の管轄が複雑に入り組んでいる。発砲許可を取るには、警視庁の青梅署と、林野庁の出先機関、さらに環境省の『自然公園法』のクリアランスまで必要よ」

「……全部まとめて私が根回しするわ」

羽代課長が、珍しく苛立たしげに煙草の火を消す。

「山火事でも起こされたら一巻の終わりよ。刑部君、さっさと奴らを捕まえて、書類を整理しなさい」

Mk-IIは、奥多摩の急峻な山道をホイール走行で駆け上がり、時折、四脚による跳躍で崖を越える。最新鋭の法執行機体といえど、この大自然の前では、まるで泥にまみれた野生の獣のような姿になっていた。

3. 霧の中の「眼」

「瑞希、敵の居場所は?」

「霧が厚すぎてレーダーも光学カメラも役に立たない! ……けど、音は聞こえる! 山の反響音が不自然よ、左手方向!」

濃霧の中、Mk-IIは補助腕の回転翼を広げ、低速で慎重に移動する。

突然、霧の中から漆黒のレーシングドローンが三機、弾丸のように飛び出してきた。

接触コンタクト! ……うわっ!」

Mk-IIは回避行動をとるが、ぬかるんだ土手にホイールを取られ、機体が大きく傾く。

「刑部さん、足元が崩れる! 崖下は多摩川よ!」

「分かってる! 瑞希、敵の飛行軌道を予測しろ!」

「やってるわ! 霧の密度と、谷間に吹く風を逆算して……そこ!」

刑部はHUDに浮かんだ「未来の航路」に向かって、右アームのレーザー・ダズラーを薙ぎ払う。

霧の中で高出力の攪乱光が拡散し、敵機のセンサーを焼いた。

制御を失った一機が、Mk-IIのすぐ横の木立に激突して炎上する。

「まずい、山火事になる!」

刑部は即座にMk-IIの脚を固定し、左補助腕のゲージ・シールドを地面に叩きつけて、炎を砂で覆うように消火した。

4. 渓谷の決戦

「……あと二機、逃げ場はないぞ」

刑部は崖を背にした二機のドローンを追い詰める。

霧の中、レーザーと銃撃が交錯する。しかし、山中での発砲は崖崩れのリスクがあり、ショットガンを撃つタイミングが極めて限定される。

「刑部君、発砲許可を出す! ただし、標的は岩盤に向けて飛ばさないこと!」

「無茶な……! なら、空中で止める!」

刑部は、あえて自分の機体を露出させ、崖際へ誘導する。

敵機が油断して射線上に並んだ瞬間、Mk-IIは跳躍した。

空中で機体をひねり、敵機が密集した瞬間に特殊な低圧ゴム弾を放つ。

――ドンッ!

霧が晴れるような衝撃波とともに、二機は空中で絡まり合い、Mk-IIのゲージ・シールドへ真っ直ぐに墜落してきた。

「……確保!」

5. 結び:山笑う、書類の重み

奥多摩の霧が晴れ、静かな山並みが顔を出した。

炎上した機体の残骸を回収しながら、メンバーは息を整える。

「……はぁ。やっと終わったか」

金剛が、泥だらけになったブーツを脱ぎ捨てて笑う。

「労働環境は最悪だったが、空気は美味いな」

「そうね。でも、この『環境省への報告書』、山ほどあるわよ。霧の発生状況から、火災の延焼防止策、野生動物への影響……」

財前が容赦なくデジタル書類のリストを突きつける。

そこへ、無線機を抱えた外務係長が、深い溜息をついて近寄ってきた。

「……警視庁の青梅署から連絡です。今回捕まえた連中、実は『ただのレース』じゃなくて、山中での貴重な高山植物を採取するための偵察機だったらしい。……環境省と林野庁、さらに地元の観光協会との間で、相当にややこしい外交問題になりそうです」

羽代課長は、霧の消えた奥多摩の山を見上げ、苦笑した。

「……結局、私たちはこの街の『火消し』なのね。空も、山も、守るべきものは山積みってわけか」

刑部はMk-IIの武骨な脚部を撫でた。

「まあ、相棒がいれば、どんな崖っぷちでもなんとかなるだろ」

近未来の奥多摩。

騒がしい公務員たちは、また明日からの書類の山という名の「山登り」へ向けて、多摩川沿いの道を帰路についた。

【第26話:奥多摩、霧の標的 完】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ