第25話:ベイフロント・ホリデー
第25話:ベイフロント・ホリデー
1. 潮風と束の間の休息
抜けるような青空が広がる、休日の東京湾岸エリア・お台場。
レインボーブリッジを望むデッキは、観光客や家族連れで溢れ返っていた。
「……たまにはこういうのも悪くないわね」
羽代課長が、潮風に目を細めながらキッチンカーのホットドッグを頬張る。
今日は「空域安全啓発イベント」の一環として、ADUADS Mk-IIの展示走行が行われていた。実戦ではない、いわゆる広報活動である。
「課長、呑気なこと言わないでください。展示用のワックス代、どこの名目で落とすかまだ決まってないんですから」
財前鏡子が、日傘を差しながらタブレットで家計簿のような計算を続けている。
その横では、雲井瑞希が「絶好の凧揚げ……じゃなくて、ドローン日和ですね!」と、海風のデータを取って楽しそうに笑っていた。
刑部はMk-IIのコクピットのハッチを開け、地上4メートルからお台場の景色を眺めていた。
「なあ、相棒。たまにはパトランプを光らせない一日もいいもんだな」
だが、その平穏は、一本のけたたましい警告音によって破られた。
2. ゆりかもめ、緊急停止
「空対課! 遊びは終わりよ!」
羽代課長の無線が、広報モードから一瞬で指揮官のそれに切り替わった。
「臨海副都心線――『ゆりかもめ』のガイドウェイ(軌道)上に、正体不明の大型物体が侵入。自動走行中の車両が緊急停車したわ!」
「テロですか!?」
外務係長が、慌てて手に持っていたソフトクリームを口の中へ放り込む。
「違うわ。……あれを見て」
財前が指差した先。無人走行のモノレール「ゆりかもめ」の高架線上に、巨大な「ピンクのクジラ」が引っかかっていた。
「……アド・バルーン?」
刑部が目を凝らす。それは、近隣の商業施設が打ち上げた広告用の「自律飛行式バルーン・ドローン」だった。ワイヤーが切れ、あろうことか、ゆりかもめの給電レールとガイドウェイの間に強風で押し込まれてしまったのだ。
「まずいわ、あのバルーン、ヘリウムだけじゃなくて、演出用の高圧ガスボンベを積んでる。無理に車両を動かして接触すれば、爆発して高架線が崩落するわよ!」
瑞希の解析結果に、現場に緊張が走る。
3. 高架上の全力疾走
「刑部、Mk-II、現時刻をもって広報任務を終了。実戦任務に移行する!」
「了解! 金剛さん、キャリアーを!」
「おう、お台場の真ん中で道路交通法違反はしたくねえが……緊急事態だ、ぶっ飛ばすぜ!」
金剛がキャリアーをゆりかもめの高架下へ滑り込ませる。
Mk-IIは、ハッチが開くのと同時に跳躍。四本の脚部を広げ、モノレールのコンクリート製のガイドウェイを跨ぐようにして着地した。
「刑部さん、気をつけて! 足場はわずか数十センチのガイドウェイ縁よ。一歩間違えれば、下の国道へ真っ逆さまなんだから!」
「財前、保険の心配は後にしてくれ! ――行くぞ、相棒!」
Mk-IIは四輪を全開で駆動させ、モノレールの軌道上を疾走した。
時30キロ。眼下には海と、驚いて見上げる観光客。前方の停止した車両の中には、不安そうに外を覗く子供たちの姿が見える。
4. 盾の新しい使い方
「ターゲット捕捉。……瑞希、ガスボンベの位置は!?」
「クジラの尾びれ付近! でも風が強くてバルーンが暴れてる。下手に触ればワイヤーが軌道に絡まって、完全に復旧不能になるわ!」
「……撃ち落とすわけにはいかない。なら……」
刑部はMk-IIをバルーンの直前で急停車させた。
「左補助腕、ゲージ・シールド展開!」
Mk-IIは、本来は銃弾を防ぐためのシールドを、まるで「巨大な団扇」のように使って、バルーンを軌道の外へ押し出そうとする。
「外務係長! 周辺の空域制限、今すぐ解除を! バルーンを海側へ追い出します!」
「了解! 港湾局と警視庁に、今すぐ『緊急の風通しが必要だ』とねじ込みます!」
外務の外交交渉(?)が功を奏し、周辺のドローンが一斉に退避する。
刑部はMk-IIの脚部を軌道に固定し、出力を最大に上げた。
「押し切るぞ……!」
シールドでバルーンを海風の乗る高度まで押し上げると、瑞希が操作する観測ドローンが、バルーンの制御ユニットを上空からハッキング。
「今よ、刑部さん!」
「吹っ飛べ!!」
Mk-IIの力強い一押しで、ピンクのクジラは軌道を離れ、お台場の空へと高く舞い上がった。
5. 結び:日常のプライスレス
夕暮れ。運行を再開したゆりかもめが、夕日を反射しながら橋を渡っていく。
Mk-IIは再びキャリアーに収容され、メンバーたちは撤収作業に追われていた。
「……はい、刑部さん。これ、ゆりかもめの運行停止に伴う振替輸送費の請求見込みと、イベント資材損壊の報告書。全部で十二通ね」
財前が、容赦なくタブレットを突きつける。
「……さっきの子供たちが手を振ってくれただけで、十分お釣りが来ると思うんだけどな」
刑部が苦笑いしながら報告書を受け取る。
「刑部さんの言う通りですよ。見てください、あの夕焼け。……明日は、もっといい天気になりますよ」
瑞希が、空を見上げて微笑む。
「……でもね、刑部君」
外務係長が、どこか遠い目をして呟いた。
「さっきの広告主の会社、実は国交省の大口スポンサー関連だったみたいで……。明日、本省に一緒に行って、頭を下げてくれないかな?」
「……勘弁してくださいよ、係長」
お台場の夜景が灯り始める。
事件は解決しても、公務員の夜は、そして明日の書類は、決して終わることはないのだった。
【第25話:ベイフロント・ホリデー 完】




