第23話:ゴースト・プログラムの「遺言」
第23話:ゴースト・プログラムの「遺言」
1. 電気街の「亡霊」
秋葉原、中央通り。
かつて「電気の街」と呼ばれたこの場所は、今や空飛ぶ物流の要衝となっていた。ビルの合間を縫うように設定された「ドローン専用航路」を、無数の配送機が整然と行き交う。
しかし、その静かな秩序を乱す影があった。
「目標捕捉。……秋葉原ラジオ会館周辺、高度30メートル。航路に居座り続けて、物流ドローンの自動回避ソフトを狂わせています」
財前鏡子が、いつにも増して不機嫌そうに端末を叩く。
「型式不明、ID未登録。外装はボロボロ……どこからどう見ても、十数年以上前の『ジャンク品』よ。あんなガラクタ一機のために、周辺の物流ラインが15パーセントも遅延してる。損害額は分単位で積み上がってるわ」
「ガラクタ、か。……でもあの動き、ただの故障じゃないわよ」
雲井瑞希が、観測データの波形を凝視する。
「一定のリズムで旋回し続けてる。まるで、何かを『待っている』みたいに」
羽代課長がコーヒーを置き、刑部に命じた。
「空対課、出動。秋葉原のど真ん中で暴れられると、本省(国交省)に苦情の電話が殺到するわ。……刑部君、速やかに確保を」
2. 旧式対最新鋭
「刑部、Mk-II、起動する」
秋葉原の狭い路地裏。キャリアーから降り立ったADUADS Mk-IIは、複雑に絡み合うビル外装の階段や看板を避けながら、四本の脚部を器用に動かして「垂直登攀」を開始した。
「……瑞希、目標のOSを特定できるか?」
「解析中。……嘘でしょ? これ、10年以上前に開発中止になったはずの自律思考型OS『エイレナイオス』のプロトタイプよ。現存してたなんて……」
その時、目標の旧式ドローンがMk-IIを感知した。
ボロボロのプロペラが耳障りな高音を上げ、驚異的な反応速度でMk-IIの包囲網を抜けていく。
「速い! 安全リミッターが外れてるんだわ!」
「財前、予測進路は!」
「計算不能! 奴は効率的なルートじゃなく、特定のビルをなぞるように飛んでる! ――刑部さん、そのままじゃ逃げられるわよ!」
「……逃がすかよ。相棒、ちょっと無理をさせるぞ」
刑部はMk-IIのホイールを壁面に叩きつけ、慣性を利用して強引に方向転換。3.8メートルの巨体が、秋葉原のビルの「谷間」を跳ぶ。
3. デジタルの墓標
追跡の果て、旧式ドローンは電気街の片隅にある、今は廃業して久しい小さな電子部品店の前で静止した。
「……何よ、ここ? 周囲には何もないわよ」
財前が怪訝そうに呟く。
しかし、瑞希の声は震えていた。
「……違う。ここ、このOSを開発した天才エンジニアの、実家があった場所よ。……彼は10年前、このシステムの完成を見ずに亡くなったわ。……このドローン、プログラムされた『最後の日課』を、10年間ずっと一人で守り続けていたんだわ……」
ドローンのバッテリーが底を突きかけていた。
力なく高度を下げ、アスファルトに衝突しそうになる。
「係長! ショットガン……じゃなくて、ネットランチャーの使用許可を!」
刑部の通信に、外務係長が慌てて答える。
「ええい、分かった! 物品確保という名目で、警察と国交省には私から話を通しておく! 傷つけるなよ、刑部君!」
「了解……!」
刑部はMk-IIの左補助腕を展開した。
しかし、ネットを放つのではない。
彼は操縦桿をミリ単位で操作し、Mk-IIの頑強な、それでいて繊細な「手」で、落下する古いドローンをそっと受け止めた。
「……お疲れ様。もう、休んでいいぞ」
4. 結び:技術のゆりかご
数時間後、夜の秋葉原。
Mk-IIの脚部に付着した煤を拭いながら、刑部は手元にある「ガラクタ」を見つめていた。
「……結局、これの解析に一晩中かかりそうね」
財前が溜息をつきながら歩み寄る。
「でも、瑞希さんが中身を覗いたら、現代のドローン制御に活かせる『宝の山』のようなコードが見つかったんですって。おかげで、今回の出動費は『先行技術調査費』として経理を通せそうよ」
「それは良かったな。……なあ、財前。道具に心が宿ると思うか?」
刑部の問いに、財前は一瞬黙り、それからいつもの冷徹な表情に戻った。
「……さあね。でも、もし宿っているとしたら、あなたのその『相棒』も、メンテナンス不足には相当怒ってると思うわよ。これ、明日の始末書の山」
ドサリ、と置かれたタブレット。
「……ですよね」
刑部は苦笑いし、Mk-IIの脚を軽く叩いた。
ネオンの海が広がる秋葉原の空。
かつての夢の跡を守り抜いた「亡霊」は、今、新しい主たちの手で、再び未来へと繋がれようとしていた。
【第23話:ゴースト・プログラムの遺言 完】




