第2話:静かなる配達人
第02話:静かなる配達人
「……不自然ね。港区臨海部、配送ルートB-12。この1時間で、物流大手『カモメ急便』のドローン3機が、予定ルートをコンマ数秒だけ逸脱しているわ」
羽田の詰め所、数枚のモニターに囲まれた財前鏡子が、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。元国税調査官の彼女にとって、わずかな「数字の歪み」は脱税と同じくらい見逃せない不正のサインだ。
「予定外の『寄り道』か。空路の交通整理ミスじゃないのか?」
刑部がコーヒーを片手に画面を覗き込む。
「気象条件は良好よ。突風も乱気流も観測されていないわ」
雲井が即座に否定する。
「誰かが物流ネットワークの制御系をハッキングして、正規の配送ドローンに『別の荷物』を紛れ込ませている可能性がある。……これ、麻薬取締部からの極秘情報と合致するわ。新型の違法薬物が、物流網を使って密輸されているって」
羽代課長が即座に席を立った。
「決まりね。空路の私物化は、航空管理局として看過できないわ。……空対課、出動! 目標は羽田近郊のコンテナ埠頭、大井コンテナふ頭周辺よ!」
大井コンテナふ頭・湾岸道路
「金剛さん、もっと飛ばせないの!?」
セダンの後部座席で、財前が端末を叩きながら叫ぶ。
「無茶言うな財前さん! こっちは重量3トンのMk-IIを積んでるんだ。労働安全衛生法と車両制限令を遵守した上での最高速度だ!」
前方を走るキャリアーの運転席で、金剛がハンドルを握りしめる。
「目標捕捉! 臨海トンネル付近、高度40メートル。通常の宅配ドローン3機が、本来のルートから外れて『受取人不明』のポイントへ向かっています!」
並走するセダンから雲井が叫ぶ。彼女はすでに観測ドローン2機を先行させ、上空からの視界を確保していた。
「……あいつだ」
刑部の目が、3機のドローンの陰に潜む「4機目」を捉えた。
真っ黒に塗装され、灯火類を一切消したステルス仕様の違法機。それが正規のドローンを盾にするように飛行し、配送網の信号を偽装している。
「財前、あのステルス機を隔離できるか?」
「やってるわ! でも相手のプロトコルが高度すぎて、完全な乗っ取りには時間がかかる。……物理的に止めるしかないわ、刑部さん!」
「了解。……金剛さん、機体射出!」
キャリアーのコンテナが走行中に開き、ADUADS Mk-IIがホイールを火花散らせて接地した。
コンテナ群の中の追走劇
Mk-IIは四脚のホイールを駆動させ、積み上げられたコンテナの間を縫うように疾走する。
「目標、高度を下げたわ! 倉庫街の路地に入るつもりよ!」
雲井のナビゲートが響く。
目の前の路地から、3機の正規ドローンが散るように逃げ、ステルス機だけが加速した。
「逃がすか……! 右アーム、レーザー・ダズラー!」
刑部がトリガーを引くと、Mk-IIの右腕から放たれた攪乱光がステルス機の光学センサーを焼く。機体がわずかに揺らぐが、自律飛行AIが即座にカバーし、迷路のようなコンテナ街の隙間へ逃げ込んでいく。
「あいつ、荷物を捨てて逃げる気だわ!」
財前の叫びと同時に、ステルス機の下部から黒いアタッシュケースが切り離された。落下地点は、海へと続く護岸。
「財前、ケースの中身は!?」
「薬物よ! 海に落ちて散布されたら証拠も隠滅されるわ!」
「……金剛さん、キャリアーを護岸の先へ回して! 雲井、ドローンで風を読め!」
「任せろ! 港湾施設の安全基準、無視して突っ込むぜ!」
Mk-IIがコンテナの壁を蹴り、跳躍した。
全高3.8メートルの機体が宙を舞う。
「左補助腕、ゲージ・シールド展開!」
刑部は空中で機体を反転させ、シールドを「受け皿」のように構えた。
落下するアタッシュケースがシールドの網状部分に吸い込まれる。その瞬間、Mk-IIは着地の衝撃を四脚のダンパーで吸収し、岸壁ギリギリのところで停止した。
「……荷物(証拠)、確保。犯人機は?」
「逃がさないわよ」
雲井が不敵に微笑む。彼女の操縦する2機の観測ドローンが、レーザー・ダズラーを食らって視界を失ったステルス機を、コンテナの狭い隙間へと追い詰めていた。
「チェックメイトね。……外務係長、警察へ引き渡しの手配を。あ、それからカモメ急便への『管理責任不足』に関する勧告書も作成しておいてください」
結び:書類の海で溺れる
その日の夜、空対課の事務所には、またしても不機嫌そうな外務係長の声が響いていた。
「……羽代課長。警察庁からは『証拠品確保の手順が乱暴だ』とクレームが。さらに、物流各社からは『ドローン配送の信頼性を損なった』として、国交省に正式な抗議文が届きそうです」
「いいじゃない、事実は事実なんだから。……それより、刑部君」
羽代課長が、端末の画面を刑部に見せた。
「今回の出動で摩耗したホイールの交換費用。法務省の出向予算から落とせるように、理由書(言い訳)を書いておいてね。……『密輸阻止による社会正義の実現』とか、そんな感じで」
刑部は呆れたように笑い、まだ熱を持ったままの指でキーボードを叩き始めた。
「……了解です。刑務官は報告書を書くのが本職ですから」
隣では、雲井が明日の晴天を予報し、金剛がキャリアーの整備スケジュールを組み、財前が今回の密輸ルートの資金洗浄の痕跡を独自に追い始めている。
空対課。各省庁から集められた「厄介者」たちの夜は、事件が解決してもなお、終わる気配はなかった。
【第2話:静かなる配達人 完】
設定資料
「ADUADS Mk-II」機体概要
1. 機体概要 (General Specifications)
名称: ADUADS Mk-II
運用主体: 国土交通省 航空管理局 小型無人機対策課(通称:空対課)
総重量: 3.2トン (3,200kg)
全高 / 全幅: 4.2m / 3.4m(安定性を重視したワイドトレッド)
動力: 水素燃料電池 + 高出力電気モーター(全電動アクチュエータによる静音駆動)
装甲: カーボンナノチューブ複合装甲(軽量かつ対ドローン自爆耐性に特化)
2. 武装システム (Armament)
右メインアーム: 5kW 高出力マルチモード・レーザー(ダズラー/カッター)
左メインアーム: 12番ゲージ・スキャター・ガン(広角散弾砲 / 50連ドラム)
右補助腕: シングル・ローター・ブレード(ACD連動・近接物理排除板)
左補助腕: ゲージ・シールド(ACD連動・自律防御盾)
3. コクピット・操縦系 (Cockpit & Interface)
視認系: 360度透過VR視界「スカイ・アイ」
操作系: 左右双腕:マスターレバー方式(腕部の動きをダイレクトに反映)
足元:走行用ペダル + 旋回用ペダル
環境: 陽圧換気システム、刑部専用の法務省仕様・衝撃吸収シート
4. 機動力と走破性 (Mobility)
走行方式: 四脚独立サスペンション + 全周駆動ホイール
最大速度: 50km/h(巡航 30km/h)
特殊動作: 「低姿勢走行」。脚部を横に広げることで全高を3.2mまで下げ、高速走行時の安定性を確保。
段差踏破: 脚部の伸縮により、最大1mの段差やガレキを車輪走行のまま乗り越えることが可能。
5. 運用・運搬 (Logistics)
運搬方法: 5tクラス専用キャリアカー「トランスポーター」。
輸送姿勢: 膝を深く折り曲げた「トランスポート・クロール(蹲踞)」姿勢で車載。
6. (FCS)「ADUADSインターフェース Ver.2.0」
【モードA:セミオート】:AIが照準、刑部がトリガー。
【モードB:フルオート】:スウォーム(群れ)攻撃に対する自動迎撃。
【モードC:マニュアルセレクト】:優先目標をパイロットが指定。
【モードD:レスキュー・アシスト】:対象を「壊さず支える」ための出力制限モード。
運用・戦術
Mk-IIは「全周囲モニター」による高い索敵能力。
即座にローター・ブレードやシールドを繰り出せるレスポンス。
走行から一瞬で脚部を突っ張り、急停止・急旋回する「四脚ならでは」のアクロバティックな挙動。が可能。




