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第1話:新宿・高層ビル街の雷鳴


第01話:新宿・高層ビル街の雷鳴

羽田空港の一角、航空管理局の片隅に追いやられた「小型無人機対策課(通称:空対課)」の詰め所に、けたたましいアラートが鳴り響いた。

「新宿駅南口上空。違法改造されたレーシングドローンが高度制限を無視して暴走中。周辺のデリバリー用空路を遮断し、オフィスビルへの衝突の危険あり! 管轄の警視庁から出動要請です!」

羽代課長の鋭い声が飛ぶ。

「空対課、出動! 現地までの航空制限解除は私がやる。係長、各所への根回しを!」

「了解。警察庁と国交省本省には、私から『遺憾の意』とともに申請書を回しておきます」

外務係長が、場違いに仕立ての良いスーツの袖を捲りながら端末を叩く。

羽田のハンガーから、ADUADS Mk-IIを載せた大型キャリアーと、先導する黒塗りのセダンが滑り出した。

新宿・甲州街道

「……瑞希、現在の風速は?」

セダンのハンドルを握る刑部が、バックミラー越しに後部座席の相棒へ問いかけた。

「バスタ新宿周辺、ビル風による乱気流が発生中。北西の風6メートル、最大瞬間12メートル。ドローンには厳しい条件だけど、あの改造機、姿勢制御を完全に無視して加速してるわ」

雲井瑞希はタブレットに映る気象データとドローンの挙動を照らし合わせ、眉をひそめる。

前方を走るキャリアーの助手席では、財前が複数のモニターを凝視していた。

「目標、新宿サザンテラス上空を通過。機体ID偽装、熱源反応から見て高出力のニトロ冷却装置を積んでいる可能性が高いわね。……金剛さん、あそこでキャリアーを止めて! 展開ポイントです」

「了解。道路交通法と労働安全衛生法、両方のギリギリを攻めさせてもらうぜ!」

労働基準監督官からの出向者とは思えない荒いハンドル捌きで、金剛がキャリアーを路上に強引に停車させた。

キャリアーのコンテナが開き、四本の脚部に装備されたホイールを高速回転させながら、全長3.8メートルの鋼鉄の塊、ADUADS Mk-IIがアスファルトに降り立つ。

「刑部風人、Mk-II、起動。……『相棒』、今日も頼むぞ」

刑部が操縦桿を握ると、機体は新宿のビル群を縫うように疾走を開始した。上空では、真っ赤に塗装された違法ドローンが、火花を散らしながらオフィスビルのガラス外壁をかすめていく。

「目標捕捉。右アーム、レーザー・ダズラー展開!」

Mk-IIの右腕から放たれた高出力の攪乱光がドローンのセンサーを焼こうとする。しかし、相手は巧みにビル影に隠れ、再び加速。今度は地上で立ち往生する一般車に向けて急降下を開始した。

「課長! このままでは地上の車両に激突します。非殺傷武器では阻止困難、ショットガンの使用許可を!」

刑部の通信に、ヘッドセット越しの羽代課長の苦渋に満ちた声が返る。

「……現在、警察庁と調整中! まだ『正当防衛』の要件を満たさないと言われているわ!」

「冗談じゃない、目の前で事故が起きるのを待てっていうのか!」

刑部はMk-IIの左脚を歩道橋の縁にかけ、跳躍。補助腕のシングル・ローター・ブレードを高速回転させ、物理的にドローンを叩き落とそうとするが、改造機は異常な機動力でそれを回避する。

「瑞希、観測用ドローンで追い込め! 財前、奴の予想進路を計算しろ!」

「計算済み! 三秒後、新宿ミロードの角を右折する。……そこが、唯一の射線よ!」

Mk-IIの左メインアーム、大口径のショットガンが標的をロックする。

「課長、許可を! 責任は刑務官の私が取ります!」

「……総務課と会計課には私が頭を下げるわ! 現場判断、発砲を許可! ただし、流れ弾は一発も許さないわよ!」

「了解……!」

刑部がトリガーを引く。

刹那、新宿のビル街に、空を裂くような轟音が響き渡った。

ドン、という重低音が新宿のビル風を切り裂いた。

Mk-IIの左メインアームから放たれた特殊散弾は、空中で計算通りに拡散。超高速で飛行していた違法ドローンのプロペラ基部と、異常発熱していたニトロ冷却ユニットをピンポイントで粉砕した。

「直撃! 目標、推力を喪失!」

財前の鋭い声が響くのと同時に、バランスを崩した赤い機体が放物線を描いて落下していく。

衝突回避と「相棒」の盾

「刑部さん、落下地点は歩道橋の上! このままだと通行人が!」

雲井が叫ぶ。彼女の操縦する観測ドローンが、逃げ惑う群衆を捉えていた。

「わかっている!」

刑部はMk-IIのホイールを逆回転させ、アスファルトを削りながら急制動をかける。四本の脚部が複雑に駆動し、慣性エネルギーを吸収。そのまま左補助腕のゲージ・シールドを展開し、落下するドローンの軌道上へ機体を滑り込ませた。

金属同士が激突する硬い音。

Mk-IIの頑強なシールドが、爆発寸前の違法ドローンをがっしりと受け止める。衝撃で機体がわずかに沈み込んだが、刑部の巧みなレバー操作がそれを支えきった。

「……こちら刑部。目標の確保完了。周囲の安全を確認した」

「お見事。初陣にしては上出来ね、刑部君」

通信機越しに、羽代課長の安堵したような、それでいてどこか「後始末」を予感させる溜息が混じった。

第1話・結び:戦いの後の「書類の山」

数時間後、夜の帳が下り始めた羽田空港、対空課の詰め所。

そこには、華々しい初陣の余韻など微塵もなかった。

「……刑部さん、これ。今日の散弾一発分と、アスファルトの損傷に関する始末書のフォーマットです。法務省から来たあなたなら、慣れてるでしょ?」

財前が、山のような電子書類を端末に送りつけてくる。彼女はすでに、今回の出動にかかった燃料費と消耗品費、そして警視庁への「越権行為に対する詫び状」の文言を計算し終えていた。

「悪いな、財前。……金剛さん、キャリアーの方は?」

「ああ。タイヤの摩耗が規定を超えちまった。労働環境の改善を訴えたいところだが、あの新宿の混雑じゃあ仕方ねえ。後で整備班に菓子折り持ってくよ」

運搬担当の金剛が、タオルで首を拭きながら笑う。

そこへ、受話器を置いたばかりの外務係長・外務が、いかにも疲れた様子で近寄ってきた。

「羽代課長、大変です。警視庁からだけじゃなく、新宿区役所からも『歩道橋の塗装剥離』について照会が来ています。それから、外務省の知人からは『あのアクションは派手すぎて、近隣諸国に無用な軍事的プレッシャーを与えかねない』なんて冗談ともつかない嫌みまで……」

「外交官殿の心配性は相変わらずね」

羽代課長はコーヒーを啜りながら、窓の外に広がる滑走路を見つめた。

「でも、空路の安全は守られた。それが私たちの仕事でしょ。……雲井さん、明日の予報は?」

「明日は快晴。絶好のドローン日和ですよ、課長」

雲井がタブレットを片手に微笑む。

刑部は、格納庫に鎮座するADUADS Mk-IIの武骨な脚部を見上げた。

「……また明日な、相棒」

近未来の東京。空飛ぶ凶器から市民を守る「空対課」の日常は、まだ始まったばかりだ。

【第1話:新宿・高層ビル街の雷鳴 完】


登場人物

主人公パイロット刑部おさかべ 風人べんと / 法務省(刑務官)から出向

ヒロイン(ドローンドライバー):雲井くもい 瑞希みずき /国交省外局 気象庁(気象予報士)から出向

運搬担当:金剛こんごう 鉄平てっぺい / 厚生労働省(労働基準監督官)から出向

ナビゲーション担当:財前ざいぜん 鏡子きょうこ / 財務省(国税調査官)から出向

課長:羽代はしろ 律子りつこ / 国土交通省(元管制官)

係長:外務そとむ 謙一けんいち / 外務省(外交官)から出向


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