第19話:大深度地下の迷宮
第19話:大深度地下の迷宮
1. 「空」のない戦場
「……こちら空対課。これより大江戸線・麻布十番駅、大深度地下トンネルに進入する。――おい、財前。本当にこの先、GPSは死んでるんだな?」
Mk-IIのコクピットで、刑部が暗視ゴーグル越しに広大なトンネルの闇を睨んだ。
「当たり前でしょ。地下40メートルのコンクリートに囲まれて、衛星の電波が届くわけないじゃない。私のナビゲートと、その背中に繋がってる『命綱』を信じなさい」
財前鏡子の声が、物理的な光ファイバーケーブルを通じて刑部の耳に届く。
今回の敵は、メンテナンス用の自律型ドローンを乗っ取った正体不明のハッカー。目標機は地下鉄の運行を支える光ファイバー網を物理的に切断しようと、複雑なトンネル内を逃走中だ。電波が届かないため、Mk-IIは有線制御による「完全マニュアル操作」を強いられていた。
2. 縦割りの壁と「鉄道の掟」
地上では、別の戦いが繰り広げられていた。麻布十番駅の事務室に、外務係長・外務の悲鳴に近い交渉術が響く。
「東京都交通局(地下鉄側)の皆さん! 落ち着いてください! 我々は航空管理局です。空路の安全を守るのが……」
「外務係長、ここは地下鉄の線路内だ! 航空法じゃなく、鉄道営業法と我々の内規が優先される! ADUADSだか何だか知らんが、万が一にも線路を傷つけたら、明日の始発は止められんぞ!」
外務がハンカチで額の汗を拭いながら、羽代課長を振り返る。
「課長……! 交通局の局長が『泥を塗られた』と激怒しています。それから、本省(国交省)の鉄道局からも『越権行為だ』と電話が鳴り止みません!」
「『空から逃げたゴミは、地底まで追いかけて掃除する』。それが空対課のルールよ」
羽代は受話器を奪い取り、冷徹に言い放った。
「局長。始発までに終わらせます。始末書は鉄道局の判子ごと、私が本省へ届けますから。……刑部君、やりなさい!」
3. 三次元の死闘
「了解! ――瑞希、気圧変動を読め!」
「トンネルの先から微かな吸気反応。目標、第3換気口へ逃げ込む気よ。刑部さん、右壁面へ!」
雲井瑞希の予測と同時に、刑部はMk-IIの四脚を駆動させた。
「行くぞ、相棒! 壁を走る!」
Mk-IIは車輪を格納し、鋭い爪をコンクリートの目地に食い込ませる。重力に逆らい、円筒形のトンネルの壁面をスパイダーマンのように疾走。その背後からは、制御用のケーブルが銀色の糸のように伸びていく。
前方に、赤く光る目標機のセンサーが見えた。
「捉えた! 右補助腕、ネットランチャー射出!」
だが、目標は狡猾だった。狭いトンネル内の気流を操り、網を回避。逆に、Mk-IIの命綱であるケーブルに絡みつこうと急接近してくる。
「マズい、ケーブルを切られたら制御不能になるわ!」
財前の叫び。
「……許可、まだですか!」
刑部が咆哮する。
「現在、交通局と警察、消防の三者協議中……! 許可、出たわ! 限定的破壊、ショットガンの使用を許可! ただし、トンネルの構造材を撃ち抜いたら空対課は即解散よ!」
「言われなくても、一発で終わらせる!」
刑部はMk-IIを壁面から跳躍させた。空中で機体を反転。重力で落下する刹那、目標をショットガンの照準に収める。
――ドンッ!
閉鎖空間に轟音が反響し、Mk-IIの脚部が衝撃で火花を散らしながら線路脇に着地した。
空中で粉砕された改造ドローンが、火花を散らして転がる。
4. 結び:始発までの「お掃除」
数時間後。麻布十番駅のホーム。
Mk-IIはケーブルを巻き取りながら、無骨な姿で引き揚げの準備をしていた。
そこへ、交通局の職員たちが厳しい顔で検分にやってくる。
「……線路への油漏れは無し。架線への損傷も……まあ、ギリギリ許容範囲か」
「ありがとうございます。金剛さん、あそこに落ちてる散弾の薬莢、一つ残らず回収してくださいね。鉄道局に証拠品として押さえられたら面倒ですから」
財前が疲労困憊の様子で指示を出す。
一方、外務係長は駅の事務室の隅で、大量の菓子折りと謝罪文の山を前にして、遠い目をして座り込んでいた。
「……外交官時代、あんなに勉強した国際紛争の解決法が、まさか地下鉄の局長との和解に役立つとは……」
刑部はMk-IIの操縦席から降り、地下のひんやりとした空気を吸い込んだ。
「……いい朝だ、瑞希。地下だけどな」
「ええ。地上はもう、始発の準備でドローンが飛び始める時間ですよ」
瑞希が微笑みながら、地上の快晴を告げる気象情報を表示した。
今日もまた、新しい「空の安全」を守る一日が始まる。
【第19話:大深度地下の迷宮 完】




