第18話:多摩丘陵の「影送り」
第18話:多摩丘陵の「影送り」
1. 閑静な住宅街の異変
日曜日の午前、多摩ニュータウンの穏やかな空気を切り裂いたのは、耳をつんざくような高周波のプロペラ音だった。
「多摩ポリス(警視庁多摩地域各署)より緊急入電! 多摩市桜ヶ丘周辺にて、不法改造された大型の『植生調査ドローン』が暴走中。機体には高出力の電波ジャック装置が後付けされており、周辺一帯の民生用ドローンが制御不能に陥っています!」
羽田の詰め所で、財前鏡子がモニターを叩きながら叫ぶ。
「機体重量は約30キロ。落下の危険があるのはもちろん、このままでは多摩モノレールの運行システムに干渉する恐れがあります!」
羽代課長がコーヒーカップを置き、鋭い眼光を放つ。
「多摩は勾配がきつい。キャリアーの展開ポイントが限られるわよ。……空対課、出動!」
2. 多摩の難所:いろは坂の追撃
多摩市、通称「いろは坂」。急勾配とヘアピンカーブが続くこの場所で、大型キャリアーのハッチが開いた。
「金剛さん、ここでいい! 後の足場は俺が作る!」
「おうよ、刑部! 労働基準法的にはこの斜面での作業はアウトだが……背に腹は代えられねえ!」
金剛が強引にキャリアーを路肩に寄せると、ADUADS Mk-IIがアスファルトに降り立つ。四本の脚部に装備されたホイールが悲鳴を上げ、斜面を逆走するように駆け上がった。
操縦席の刑部が、神経を機体と同期させる。
「瑞希、目標の現在地は?」
「聖蹟桜ヶ丘駅方面へ降下中! でも気をつけて、丘陵特有の『谷風』が巻いているわ。あいつ、わざと気流が乱れる場所を選んで逃げてる!」
後方支援車の中から、雲井瑞希が気象データをMk-IIのヘッドアップディスプレイ(HUD)に転送する。
3. 縦割り行政の壁
「目標捕捉! 右アーム、レーザー・ダズラー照射!」
刑部がトリガーを引く。しかし、多摩の生い茂る木々が遮蔽物となり、攪乱光は目標に届かない。
「課長、こちら刑部! 住宅密集地につき、通常の追い込みは困難です。ショットガンの使用許可を! 奴がモノレールの軌道に入る前に叩き落とします!」
通信機から返ってきたのは、羽代課長ではなく、焦りきった外務係長の声だった。
「刑部君、待ってくれ! 今、多摩市役所と多摩モノレール、それから緑地保全課との調整が……! 『住宅街での発砲音は住民の不安を煽る』と、各所から猛反対を受けている!」
「係長! 墜落してモノレールに激突したら『不安』どころの話じゃありませんよ!」
刑部の叫びに、財前が冷徹な追撃を加える。
「ちなみにショットガンを外して民家を壊した場合の賠償額、私の試算では空対課の来年度予算が消し飛びます」
4. 高低差を征する「相棒」
目標の改造ドローンは、多摩の「谷」を利用して高度を下げ、追跡を振り切ろうとする。
「逃がすかよ……! 瑞希、観測機を上空へ。財前、奴が次に飛び出す『空間』を予測しろ!」
「了解。……計算終了。15秒後、向かいの丘にある公園の展望デッキ付近に出るわ!」
刑部はMk-IIのホイールをロックし、四脚による「跳躍モード」に切り替えた。
「行くぞ、相棒!」
3.8メートルの巨体が、斜面の住宅を飛び越えるような勢いで跳ね上がる。Mk-IIは民家の庭先や公園の階段を、その精密な脚部で踏みしめ、ショートカットを敢行した。
展望デッキの先に、獲物の赤い光が見えた。
「課長!!」
「……全責任は私が取る! 住宅街につき、消音効果のある『低圧ゴム弾』を選択。一発で決めなさい! 発砲許可、グリーン!!」
「了解!」
刑部は空中での姿勢制御をMk-IIに任せ、左アームを突き出した。
ビル風と谷風がぶつかり合う一点。瑞希が予測した「風の空白」を狙い、大口径の銃口が火を吹いた。
――ドンッ!
抑制された鈍い音が響き、特殊ゴム弾が改造機のプロペラ基部を正確に粉砕。制御を失ったドローンを、Mk-IIの左補助腕――ゲージ・シールドが空中で「キャッチ」した。
5. 結び:多摩の夕暮れと「苦情電話」
夕闇に包まれ始めた多摩丘陵。
キャリアーの傍らで、刑部はMk-IIの脚部に付着した泥を拭っていた。
「お疲れ、刑部。はい、これ」
瑞希が手渡したのは、多摩名物の地酒……ではなく、やはり分厚いタブレットだった。
「……何これ?」
「多摩市民からの『大きな音がした』『ロボットが庭の生垣をかすめた』っていう苦情の集計。あと、外務係長がさっきから各署に電話で平謝りしてるわ」
遠くで「申し訳ございません、あくまで航空法に基づく正当な……」と頭を下げる外務の姿が見える。
「……ま、被害ゼロで済んだんだ。安いもんだろ」
金剛が笑いながらキャリアーのハッチを閉める。
刑部は、多摩の美しい夜景を見下ろした。
空の安全を守る。そのために、明日もまたこの「相棒」と、山のような書類が彼を待っている。
第18話、完。




