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第11話:湾岸の要塞


第11話:湾岸の要塞

東京湾、羽田空港から数キロ沖合。そこにはかつての海洋開発プロジェクトで築かれ、今や法制度の隙間に沈んだ廃墟「第四海堡(仮称)」が鎮座していた。

「……現在、あの施設は『不法ドローンの中継基地』と化しているわ。警視庁が手を出せない海域、海上保安庁が踏み込めない航空法の死角。そこを狙って、密輸組織が自動配送網を構築している」

羽田の詰め所。羽代課長の言葉は重い。モニターには、要塞のような人工島から次々と飛び立つ、無標識の黒いドローン群が映し出されていた。

「課長、海上保安庁との合同捜査じゃないんですか?」

刑部が、重厚な耐Gスーツに腕を通しながら尋ねる。

「あいにく、あちらは『不審船』の警戒で手一杯よ。これは『不法飛行物体』の排除――つまり、私たちの仕事。……外務係長、調整は?」

「難航しましたよ。国交省と警察庁、それに防衛省まで首を突っ込んできまして。結局、今回の件は『航空法の適用外にある違法建築物への緊急立ち入り』という、非常にグレーな理屈で通しました」

外務係長が、疲労の色を隠さずに書類の束を叩いた。

「よし。空対課、出動! 金剛さん、今回の足場はキャリアーじゃないわよ」

「ああ、わかってる。海保から借りてきた作業用台船だ。……刑部、海の上は路面と違って揺れるぜ。労働安全衛生の基準を大幅に超える過酷な職場だ、覚悟しな!」

東京湾・第四海堡沖

霧の晴れた海上に、無骨なコンクリートの要塞が姿を現した。

波飛沫を上げる台船の上、四脚を固定したADUADS Mk-IIが、獲物を狙う猛獣のように身を潜めている。

「瑞希、敵の防衛網は?」

「施設周辺に、自律型の迎撃ドローンが6機。侵入者を感知すると自爆攻撃を仕掛けてくるわ。……刑部さん、海風が強い。偏差を考慮して!」

瑞希が、観測ドローンからのデータをMk-IIのHUDに転送する。

「財前、ハッキングで無力化はできないか?」

「暗号化プロトコルが古すぎて、逆に乗っ取りに時間がかかるわ。……物理的に排除したほうが早いわね。一機あたりの損害賠償額は……あんなスクラップ、ゼロでいいわ!」

「了解。……金剛さん、台船を接岸させろ!」

「無茶を言うな! ……だが、やってやるよ!」

台船が人工島の護岸に激突する寸前、刑部はMk-IIの固定を解除し、跳躍した。

「刑部、Mk-II。……制圧を開始する!」

要塞内部・中央吹抜け

施設内に踏み込んだ刑部を、小型の自爆ドローンが囲む。狭い通路、複雑な構造。Mk-IIの巨体には不利な戦場だ。

「右補助腕、ローター・ブレード、始動!」

刑部がトリガーを引くと、右肩のブレードが超高速回転を開始。迫り来る自爆ドローンを、爆発の余波を巻き起こす前に物理的に叩き落とし、さらにその回転で生じる気流が、煙幕を吹き飛ばして視界を確保する。

「前方、大型のキャリアドローンが離陸準備中! あれが親玉よ、逃がしたら証拠が消えるわ!」

瑞希の叫び。吹抜けの奥、貨物を満載した巨大な機体がローターを唸らせていた。

「行かせるかッ!」

刑部はMk-IIの四脚を壁面にかけ、垂直に近い角度で壁を駆け上がる。だが、親機を守るように配置された防衛用ドローンが、Mk-IIの関節部を執拗に狙う。

右メインアームのレーザー・ダズラー最大出力で対応するが限界がある。

「……課長! このままでは機体大破の恐れあり。左メインアーム、ショットガンの使用許可を!」

通信機越しに、羽代課長と外務係長の緊迫した声が重なった。

「警察庁はまだ『民間施設での発砲』を渋っているわ!」

「課長、私が『外交上の特例措置』としてねじ込みました! ……刑部君、発砲を許可します。ただし、施設を沈めるなよ!」

「了解……! 左メインアーム、ロック解除!」

Mk-IIの左腕が、巨大なショットガンの銃身を水平に構える。

「……ターゲット、捕捉」

――ドンッ!!

轟音と共に放たれた散弾が、吹抜けの空間を制圧した。自爆ドローン群を一掃し、さらに親機の中枢ユニットを正確に粉砕する。

巨大な機体は火花を散らしながら、コンクリートの床へと崩れ落ちた。

結び:波止場の請求書

その夜、羽田の詰め所に戻った一行を待っていたのは、勝利の美酒ではなく、やはり「紙の山」だった。

「……刑部さん、これ。海保から届いた『台船の接岸に伴う護岸損傷補修費』と、金剛さんが荒っぽく使った『レンタルクレーンの延長料金』。それから、今回の『特例措置』に対する外務省への貸し一回分よ」

財前が、計算機の数字を刑部の鼻先に突きつける。

「……手柄の割に、持ち出しが多くないか?」

刑部がヘルメットを脱ぎ、椅子に深く腰掛けた。

「それが『空対課』の宿命よ。正規の予算がつかないグレーゾーンの仕事ばっかりなんだから」

羽代課長が、どこか楽しげにコーヒーを差し出す。

「でも、あの要塞から押収したデータ……財務省が追っていた脱税ルートの証拠が含まれていたわ。財前さん、そっちは『ボーナス』になるんじゃない?」

瑞希の言葉に、財前の目が一瞬で「プロ」のそれに変わった。

「……そうね。それなら、今回の修理費くらいはどこかの裏帳簿から捻り出してあげるわ」

「はは、頼もしいねぇ。……金剛さん、Mk-IIの潮抜き、手伝ってくれ」

「わかってるよ。労働安全衛生法には『機体の整備不足による事故の防止』も含まれてるからな」

窓の外には、静かな東京湾の夜景が広がっている。

かつての要塞から消えた違法な光。

それを守り抜いた対空課の面々は、今夜もまた、終わらない書類仕事と向き合い続ける。

【第11話:湾岸の要塞 完】


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