第95話 クリーニングって、つくれちゃう?
乃亜の相談から話題が広がってしまい、葵は話を戻す。
「えっと……埃がついてしまったフィギュアをどうしているか――ということでしたよね?」
「そう! その辺、詳しく教えて」
「埃清掃のやり方はいくつかありますが、まずは根本的な対策としてフィギュアを飾っている部屋に埃を出すものを置かないことです」
「それって……服とか?」
「そうです。衣類や布団などを置かないことが重要ですね。埃を定期的に清掃し、埃に特化した空気清浄機を使えば、空中に舞う埃を減らせます」
「服や布団がダメって……それ、フィギュア専用の部屋とかないと無理くない?」
「そうですね……寝室とフィギュア部屋を分けるのが理想的ですが、無理な場合はやはり扉付きのフィギュアラックやケースの利用になります」
「そう言えば……赤ちゃん、前にフィギュア洗うとか言って脱衣所に置いてなかった? そもそもさ、フィギュアって洗えるんだっけ?」
以前、雨に濡れて葵の家でシャワーを借りた時の出来事を乃亜は思い出す。
「埃清掃を含めたフィギュアのクリーニングには、いくつかの方法や段階があるので紹介しますね。まずは水を使わないドライクリーニングです。柔らかいブラシや空気を吹き出して埃を飛ばす、エアダスターを使う方法ですね」
「エアダスターっていうのがあるのは知ってたけど、まだ使ったことないな~。あたしはブラシとか使ってるよ。静電気を防ぐタイプのやつ」
「除電ブラシですね。俺も使っています。普通のものはブラシをかけた時、舞った埃が静電気によって再び付着してしまいますが、除電ブラシは埃と一緒に静電気も取り除いてくれます。細かい部分やブラシでは届きにくい隙間などはエアダスターが最適ですよ」
「おけえ! 秒で買う!」
乃亜はスマホを手に取ると、素早く指を動かしてエアダスターを検索する。乃亜の決断の早さと行動力には葵も驚くばかりだ。
「でさぁ~、ブラシとかクロスでも取れない埃とか汚れってあるじゃん? あれって、やっぱ水洗い?」
スマホをテーブルに置いた乃亜に葵はうなずく。
「ドライクリーニングで取れない汚れやベタつきは水洗いになります。水洗いできるフィギュアはPVCやABS樹脂のものですね。樹脂パーツは大丈夫ですが、金属パーツや合金、布などが使われているものは避けた方が良いです」
「水洗いだし、金属とかはヤバイよね」
「あとは内部に水が入り込み、溜まってしまいそうなパーツがあるものも控えた方が良いです」
「あーね」
「フィギュアを水洗いする際は、38度以下のぬるま湯と希釈した中性洗剤を使って洗い、道具を使わずに指の腹などで優しく汚れを落とします。中性洗剤の他にも、専用のフィギュアクリーナーなどが市販されていますね。水洗いや専用クリーナーもフィギュアの素材に合わせ、適したものを選ぶことが大事です」
「それな! 間違ったやり方だとさ、あとでエグいことになりそうだし」
葵の説明に乃亜は腕組みしながら同意する。
「洗った後はタオルや布で水気を拭き取り、風通し良い日陰で自然乾燥させます。フィギュアの清掃やクリーニングについては以上ですかね」
「ありがと! 超タメになった!」
葵から参考になる話を色々と聞くことができて大満足の乃亜だったが、ふとあることを思い出す。
「そうだ……他にも赤ちゃんに訊きたいことあるの」
「何でしょうか?」
「極稀にだけど、フィギュアの表面に黒い点みたいなものがあるの。新品のフィギュアに付いてることもあるし、あとから付いた汚れじゃなさそうだけど……」
乃亜はソファーから立ち上がると、多くの美少女フィギュアが飾られているフィギュアラックの前に葵を連れていく。
「――ほら、これ。エコーたんのフィギュアなんだけど、前髪にポツンと黒い点あるじゃん?」
乃亜が葵に見せたのは、1/7スケールフィギュアである美少女サイバーロイドのエコーというキャラクターであり、透明感のある淡い水色をした前髪の表面に黒い点がポツンとあるのが分かる。
「これ新品で買ったんだけどさ、最初から付いてたの。初期不良的なやつ?」
「この黒い点ですね。俺も極稀に見かけます。黒い点が付くのはいくつか要因があるのですが……まず考えられるのは、塗装の剥がれや色移りですね」
葵はフィギュアラックを覗き込み、フィギュアの前髪部分をじっくりと観察する。
「フィギュアをぶつけたり、擦れによる塗装の剥がれ、フィギュア同士が触れ合っていたことによる色移りにより、一部分だけが汚れる場合があります」
「ん~っ、どっちもないかな。新品で買って開封した時からこんなんだし。フィギュアが入ってるブリスターだっけ? あれに入ってた時も、前髪のとこはフィルムみたいなビニールで保護してあったし……」
「それなら塗装剥がれや色移りの可能性は低いですね。新品ということで紫外線や熱、湿気による劣化も考えにくいです。となると……成形時に発生してしまう炭化現象の可能性があります」
「ブラスポ? 全然聞いたことない……」
「プラスチック製品の成形時に発生する局所的な炭化現象のことです。フィギュアの素材であるPVCは熱を加えると柔らかくなり、冷えると硬化する熱可塑性という特性があります。これを利用して成形――」
そこまで話した葵だったが、専門的な説明が頭に入って来ないせいか、乃亜はキョトンとした顔で固まっている。
(い、いけない……綾音さんが思考停止している。ウエルドラインやバックリブに突起部、コーナー付近で炭化現象が起きると説明してもピンとこないだろうし、専門的な話はこの辺にしておこう)
「――えっと、難しい話になりますので割愛しますが、樹脂製品を成形――つまり、作る時には対策してもこの炭化現象が起きてしまうんです。恐らくフィギュアの成形に発生した炭化が斑点となり、フィギュアの個体によっては黒い点として表面に浮き出たり、残ってしまうのだと思います」
「えーっ!? フィギュア作る時とか、どーにもできないじゃん」
「そうなりますね。フィギュアの初期不良や不具合と呼べなくもないですが、ほとんどが小さな点で全てのフィギュア個体に発生するわけではないため、その辺りの判断や対応は個人やメーカー次第でしょうか」
「じゃあ……たまたま、その個体に当たっちゃったってこと? マジ病みなんですけど!」
乃亜は自分の不運さを悔やみ、肩を落とす。
新品で買ったフィギュアに小さな黒い点とはいえ、汚れがあったら良い気分にはならず、しかも一度黒い点を発見してしまったが最後、フィギュアを見るたびに黒い点がずっと気になってモヤモヤが残るのだった。
「――綾音さん。原因の一つとして炭化現象があると言っただけで、他の要因によって付いた汚れの可能性があることを付け加えておきます」
「ねえ赤ちゃん……この黒い点って落とせないの?」
最後の希望とばかりに乃亜は葵の知識にすがる。
「そうですね。ピンポイントの汚れを落とす方法はいくつかありますが、汚れや色移りなどは〝消しゴム〟で落ちる可能性があります。もちろん、消しゴム側から汚れが移ってしまわないようにきれいな消しゴムを使った方が良いですね」
「消しゴム……なんかそれ、聞いたことある」
「消しゴムで落ちない場合は、ノンアルコールタイプのウェットティッシュで拭く方法もあります。アルコールが含まれるタイプのウェットティッシュだと、塗料が剥げたりする可能性があるので使ってはいけません」
「除光液も止めといた方が良い?」
「そうですね。溶剤なので、塗装が取れてしまう場合があります。メラミンスポンジで擦る方法も、表面の質感が周りと違って見えることがあるため、おすすめはしません」
「じゃあ、最適な方法は?」
「ウェットティッシュがダメなら、希釈した中性洗剤を染みこませた綿棒を使ったり、それでもダメなら最終手段として、同じ色の塗料で上から塗ってしまう方法ですね」
「やっぱそうなるかぁ~。でもガレキ製作の時も苦労したけど、調色がガチ大変そう」
「そうなんです。同じ色を調色するのはかなり難しいです」
「まあ、赤ちゃんが教えてくれたこと、色々試してみるしかないか~。もしもの時は赤ちゃんに頼るかも!」
「その時は力になりますよ」
「マジ助かる! それでさ……さっきから質問ばっかで悪いけど、もう一つだけ訊いて良い? これが最後だから!」
乃亜は両手を合わせ、申し訳なさそうに頼み込む。
「俺は大丈夫ですよ」
葵は嫌な顔ひとつせず、逆に微笑んでみせた。
「マ!? 言葉で説明するより早いから、めっちゃ助かる!」
(俺もフィギュアの話をしていた方が緊張しなくて済むし、こっちも助かる)
乃亜に誘われて自宅にお邪魔し、部屋に通された葵は初めてのことばかりで緊張と不安で落ち着かなかったが、いざ乃亜と話し始めると会話の内容はフィギュアのことがメインであり、葵が気まずかったのは最初だけだった。
気が付けば、葵は乃亜の部屋に二人きりという状況も気にならなくなり、現時点では自然体で接することができていた。




