第93話 連絡先って、つくれちゃう?
葵に優しく微笑みかける瑠璃はダークブラウンに染めたロブヘアが似合う長身の女性であり、白のTシャツの上にイエロー系のヘンリーネックパーカーセーターを重ね、ベージュのソフトスパンワイドレッグパンツという大人のカジュアルコーデだ。
「――赤たんのことは乃亜から色々と聞いているわ」
緊張した面持ちで立つ葵をまるで観察するかのごとく、瑠璃は頭の上から足の先までじっくりと眺める。
「赤たんって身長高かったのね。乃亜がいつも赤ちゃん呼びしているせいか、小柄な姿をイメージしていたわ」
瑠璃の身長は乃亜と同じ170センチメートルであり、自分よりも背が高い身長180センチである葵の体格を興味深そうに観察する。
「本日は急に訪ねることになり、手ぶらでお邪魔してすみません」
「別に良いのよ、気にしないで。乃亜が友達を急に連れて来るのは珍しくないから」
(やっぱり、綾音さんって普段からこんな感じなのか……)
「ところで……赤たんは乃亜の彼氏さん?」
「えっ!? か、彼氏!? い、いいえ友達です!」
唐突な質問に葵は思わず早口になってしまう。
(さっき綾音さんが「友達を連れて来た」と言ったはずだけど……)
「あら、そうなの? 最近、乃亜ったら赤たんの話ばっかりするから、てっきりそうだと思っていたわ」
瑠璃の反応を見る限り、好感の持てる話をしているのだろうと葵は思わずうれしくなったが、恥ずかしさもあって少し顔を伏せる。
「も~っ! ママったらウザ絡みして……赤ちゃん困ってるじゃん」
「だって見るからに真面目で誠実、人柄も良さそうだから色々と話を聞きたいじゃない?」
足止めされていた葵を乃亜が引き離すと、瑠璃はどこか寂しそうな表情を見せる。
「赤ちゃん、あたしの部屋行こう。二階だから」
「し、失礼いたします」
乃亜に連れられた葵は瑠璃に会釈し、階段に向かっていると二階から足音が聞こえてきた。
「――誰か来てるの? お客さ――えっ? あ、赤さん!?」
聞き覚えのある声がして葵が階段を見上げると、姿を現したのは紅愛だった。
水色のTシャツにグレーのスウェットショートパンツという部屋着姿の紅愛は葵の姿を一目見ると、驚きのあまり階段を下りかけた格好のまま固まっていた。
紅愛は乃亜の妹であり、二つ年下の中学二年生。明るい髪色に派手なメイクのギャルである乃亜とは違い、紅愛のミディアムヘアはストレートの黒髪で全体的に落ち着いた印象の女の子だ。
「――妹さん、お久しぶりです。お邪魔しています」
葵が挨拶すると紅愛もつられて「お久しぶりです」と返す。
(妹さんとは以前に会ったきりか……。というか綾音さんの妹なんだし、留守にしていなければ家にいるのは当然だよな)
「え、待って。なんで赤さんがうちにいるの!?」
葵が訪れることを瑠璃と同様に何も聞かされていなかったのか、突然鉢合わせして紅愛は面食らっている。
「今日、赤ちゃんに買い物付き合ってもらったんだけど、その帰りにあたしが誘ったの」
さも当然とばかりに乃亜は飄々とした態度で答えるが、それを理解できない紅愛はなぜか恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。
「――あ、赤さん呼ぶなら教えてよ! 私、普通に部屋着じゃん!」
Tシャツにショートパンツというラフな格好で葵と顔を合わせてしまい、部屋着を見られた恥ずかしさから紅愛は思わず顔を伏せた。
「あ~、マジごめん。莉里奈とLIMEしてたら忘れた」
ついうっかりしていたと乃亜はペロッと舌を出す。
近所のコンビニなどには紅愛も部屋着で出掛けているが、顔見知りとはいえ、さすがに家族以外の男性に部屋着を見られるのは恥ずかしかった。
「――あらあら~。紅愛も赤たんと知り合いなの?」
乃亜と紅愛のやり取りを一階の廊下で見ていた瑠璃がウキウキした様子で会話に加わる。
「赤さんには……前にフィギュアのことで相談して助けてもらったことがあって……」
「まあまあ。お世話になったのね」
理由を聞いた瑠璃はなぜか笑みを浮かべてうれしそうだ。
「とりま、赤ちゃん連れてくから」
「そうだわ! お茶の準備をしないといけないわね」
思い出したようにパンと手を叩き、瑠璃は軽い足取りでキッチンに向かう。
「綾音さんのお母さん……とてもフレンドリーな方ですね」
「ママってさ、なんか超マイペースで世話焼きな感じなんだよね~」
乃亜に続いて階段を上がった葵は廊下の端で見送る紅愛に一礼する。
「――妹さん。急にお邪魔して申し訳ありません」
「い、いいえ! こちらこそ騒いでしまいすみません!」
客人である葵の前で大きな声を出したことを紅愛も素直に謝る。
「そうだ……あの、妹さん――」
「何でしょうか?」
「もし妹さんが迷惑でなければ、その……連絡先とか教えてもらいませんか?」
「えっ? わ、私のですか!?」
突然の申し出に紅愛は驚いてしまう。
「いきなりすみません。実は先日、綾音さんのスマホが水没して連絡が取れないことがありまして……」
「ナイトプールに行って落としたやつですね。乃亜姉から聞きました」
「俺は綾音さん以外の連絡先を知らず、音信不通になった時にとても心配しました」
「赤ちゃん、あの時はマジごめん!」
スマホを水没させた張本人である乃亜は肩身が狭い。
「そうだったんですね……。あの時、乃亜姉も赤さんとのやり取りが中途半端になっていたせいか、かなり焦ってました」
「そのような経緯もあって、今では綾音さんの友人である不知火さん達とも連絡先を交換しました。せっかくなので、何かあった時のために妹さんとも連絡先を交換しておきたいと思いまして……」
連絡先が知りたい理由を説明しながら、葵は紅愛の顔色をうかがう。
(何だか必死で妹さんの連絡先を聞き出そうとしているみたいで、気持ち悪がられていないかな……)
葵がそんなことを考えていると、二人のやり取りを眺めていた乃亜が面倒くさそうにため息をつく。
「――赤ちゃんさぁ~、紅愛とは顔見知りなんだし、『連絡先教えて?』だけで良くない? ね、紅愛?」
「えっ? そうだね」
あれだけ葵が必死になっていたことが、乃亜の一言であっという間に片付いた。
(そ、そんな簡単で良いのか……確かにちょっと回りくどい言い方だったかもなぁ……)
乃亜のストレートな話し方や口ぶりなど、潔い一言に葵は感心してしまう。
「私もちょうど良かったです。赤さんの連絡先はいずれ……乃亜姉に訊くつもりだったので」
「そうだったんですか?」
「色々ありまして……えっと……」
すると紅愛はどこか気まずそうに葵から視線を逸らし、恥ずかしそうに目を伏せる。
「――あっ、スマホ! 私、部屋からスマホ取ってきますね!」
早口で告げた紅愛は葵の前を離れると、乃亜の隣にある自分の部屋へ逃げるようにして戻った。
「……さっきの紅愛、なんか様子がおかしくなかった?」
普段と違う紅愛の雰囲気に乃亜は疑問符を浮かべる。
「そうでしょうか? ひとまず、妹さんとも連絡先を交換できそうで良かったです」
数か月前まで葵のスマホには両親の連絡先しか登録されていなかったが、初めて乃亜の連絡先が追加されてからというもの、今では少しずつ連絡先が増えている。
部屋から戻った紅愛とスマホで連絡先を交換した後、紅愛に見送られながら葵は乃亜の部屋に案内された。




