第90話 ナンパって、つくれちゃう?
いくら待ってもメッセージの返信がないことに葵は妙な胸騒ぎを覚え、作業に集中できなくなった。その後も意味もなく、通知のないスマホを何度も確認してしまう。
葵は乃亜宛てに『大丈夫ですか?』、数十分後に『もう帰られましたか?』とメッセージを送るものの、これまでと同様に乃亜から返信はなく、既読さえもつかない状況が更に続いた。
(何だかおかしい……綾音さんから返事がないなんて……しかも既読にならない……)
乃亜から全く反応がないことに葵は違和感だけが募り、不安で胸騒ぎも収まらない。
(何かあったのかな……電話した方が良いのか?)
葵は手に持つスマホをじっと見つめる。気軽にやり取りできるメッセージと違い、電話となると少しためらってしまう。
(綾音さん……間違って通知をオフにしたとか? それにナイトプールが楽しくて単に気付かないだけかも知れないし、どうしよう……)
悩んでいた葵は乃亜が友人達とナイトプールを訪れていたことを思い出す。
(そうだ、綾音さんじゃなくて不知火さん達にメッセージ――って、連絡先を知らなかった……)
葵は乃亜の友人である莉里奈と星羅の連絡先を聞いていなかったことを後悔した。
「し、しまった……こんなことなら、聞いておけば良かった……」
葵が莉里奈や星羅とまともに会話するようになったのは、乃亜の件でカラオケ店に行った時からだ。その後も一緒に勉強会をしており、連絡先を尋ねるタイミングはいくらでもあった。
しかし、奥手な性格である葵からギャル二人に率先して連絡先を聞くなどハードルが高い行為であり、ほとんど間に乃亜が入っていたため、お互いに連絡先を知らなくても不自由はなかったのだ。
(一緒にいる不知火さん達に連絡が取れないとなると、状況を聞くこともできない……)
いくらLIMEでメッセージを送っても既読がつかないため、乃亜は返信どころかスマホを見られない状態にあるのかも知れないと葵は心配になる。
(――何かトラブルに巻き込まれた? あるとするなら……最後のメッセージにあったナンパ?)
気持ちばかりが焦るが葵にはどうすることもできず、椅子から立つと作業部屋の中を落ち着かない様子で歩き回る。
スマホを見ると時刻は午後九時を過ぎていた。
乃亜達がどこのナイトプールに行ったのかは不明だが、ナイトプールの終了時間を調べると午後九時までというところが多かった。
(ナイトプールの営業が終わっているなら、綾音さん達はもう帰ったのか? でもそれならスマホを見るだろうし、返信があってもよさそうだけど……)
そもそも乃亜達はプールにスマホを持ち込んでおり、莉里奈達と一緒に撮った写真を見返すとスマホ用の防水ケースを持参しているようだった。
(スマホのバッテリー切れなら良いけど、綾音さんはいつもモバイルバッテリーを持ち歩いているし、ナイトプールへ行くのにスマホを充電していないわけがないし……)
乃亜のことが心配で居ても立っても居られなくなり、ついに葵は電話してみることにした。
(――ナイトプールから帰っているなら、電話しても大丈夫だよな?)
いざ掛けようとして直前で少し迷ったものの、腹を決めた葵は乃亜に電話を掛けた。
スマホに当てた耳に葵は全神経を集中させるが、聞こえてきたのは呼び出し音ではなく『おかけになった電話番号は電波が届かないところにあるか、電源が入っていません』という非情な自動アナウンスだった。
(綾音さん……やっぱり、電話に出られない状況なのか?)
トラブルや事故など、悪い想像が葵の頭をよぎった。
(綾音さん以外の連絡先は――不知火さんに富士桜さん、妹さんに綾音さんの自宅の番号も知らない……完全に詰んでいる……)
葵は乃亜の状況を知る術が何もなく、交友関係の狭さやもっと積極的に連絡先を訊いておくべきだったと後悔の念にさいなまれる。
(高校に入る前と違って、綾音さんと出会ってから知り合いが増えたと思っていたのに、相手に遠慮ばかりして連絡先も知らないなんて……)
乃亜と連絡が取れない事態が起きるとは葵は夢にも思わず、時間をおいて乃亜のスマホに電話を掛けるが、結局その後も繋がることはなかった。
時刻は午前零時を過ぎて日付が変わったが乃亜との連絡は一向に取れず、LIMEのメッセージも既読がつかず、ミンスタなどSNSのアカウントも更新がない。
終電もなくなってしまったが、そもそも乃亜の自宅を知らない葵は訪ねる術がないため、作業部屋から一歩も動くことができなかった。
(――綾音さん……さすがにもう遅いし、家には帰っているよな……?」
乃亜本人や友人の莉里奈や星羅、乃亜の妹である紅愛の連絡先を知らない葵は唯一知っている乃亜宛てに何度もメッセージを送り、何度か電話も掛けて本人からの返事を待つことしかできない。
(何で連絡が取れないんだ? スマホのバッテリー切れ? 故障? でも綾音さんはいつもモバイルバッテリー持ち歩いていたから考えにくいし、直前までメッセージは送れていたから、そんな急に故障するか?)
いくら考えても納得のいく答えは出ず、乃亜のことが気掛かりな葵はもう数時間前から全く作業が手につかない。
(――やっぱり気になることと言えば、音信不通になる前のメッセージ……ナンパされたってことだけど……)
ナンパということは男に言い寄られたはずだと思い、やはりそこで何かのトラブルに巻き込まれてしまったのではないと葵は考えてしまう。
(綾音さん達……海水浴の時もナンパをウザがっていたし、今回もナンパを断って誘いには乗らなかったと思うけど……)
だが葵は乃亜がLIMEで送って来たナイトプールの写真を思い出す。
(そう言えば……ナイトプールって、ギャルな綾音さん達が好きそうな場所だった……。そんな場所に来る男って陽キャでパリピな人ばっかりだろうし、綾音さん達もナイトプールのイケイケな雰囲気で気分が盛り上がっていたし、その場のノリでナンパに応じて一緒に遊んで、その後はまさか――……)
思わず想像をしまった葵は頭に浮かんだ最低な考えを振り払う。
(いやいやいやっ! そんなのありえない……そもそも綾音さん達は未成年だし、ナンパしてきた男も未成年に手を出すリスクは冒さないと思うけど……)
しかし、乃亜達の全てを葵が知っているわけではないため、何か間違いが起こったことも否定できず、確信が持てなかった。
「――……ダメだ、考えても仕方ない。もう遅いし、今日は寝よう……眠れるか分からないけど……」
相変わらず既読がつかない複数のメッセージに葵はため息がもれる。
作業部屋の片付けをして寝室に向かった葵はベッドに入るが、いくら寝ようと目をつぶっても気掛かりな乃亜のことばかり考えてしまい、逆に目が冴えてしまった。
結局、不安と心配によって葵は朝まで一睡もできなかった。
(――……何だか、頭が痛い……気分も悪い……)
リビングのソファーで横になり、もう何度目か分からない確認するがスマホに乃亜からの反応は一切なく、朝になって電話を掛けてみたものの、昨夜と同じく乃亜のスマホには繋がらなかった。
「――……綾音さん、無事に家へ帰っていれば良いけど……心配だ……」
ソファーから起き上がった葵はスマホを手に持ち、意味もなくリビングの中を徘徊する。
無意識に何度もスマホを確認し、そのたびに口からはため息が漏れた。
何もやる気が起きないまま、リビングにある掃き出し窓の前で足を止めた葵がほんやりと外の景色を眺めていると、朝の静寂を破るように突然インターホンが鳴った。
「誰だろう……? こんな朝早くに……」
リビングの壁に備え付けられたモニター付きインターホンで訪問者を確認した葵はハッと目を見開く。
「――あ、綾音さん!?」
玄関外に立っていたのは顔にマスクを付けているが、目の特徴や髪型などから乃亜だと分かった。
「あ、綾音さん! 今すぐ開けますね!」
インターホンの通話機能で応答した葵はリビングを飛び出すと、急いで玄関に向かった。




