第89話 ナイトプールって、つくれちゃう?
その日。午前中にカラオケバイトのシフトに入り、午後から葵の自宅マンションを訪れた乃亜はいつものように作業部屋で製作中である3Dプリンター出力品のガレージキット――悪魔っ娘〝リゼルナ デフォルメVer.〟の表面処理を行っていた。
保護メガネと防塵マスクを顔に付けて塗装ブースの前に座り、各パーツのヤスリ掛けを進めている乃亜は今日中に表面処理を仕上げる予定だ。
「――赤ちゃんの作業は終わった? てか作業机占領しちゃってマジごめん」
一旦作業の手を止めた乃亜は防塵マスクを外し、隣の机でオリジナルフィギュアの仕上がりをチェックしていた葵の手元を覗き込む。
「俺の方は終わりました。等身とデフォルメバージョン、二体の樹脂高生は表面処理まで終わりましたので、次はいよいよ塗装準備です」
「早っ!? しかも二体とも!?」
葵と自分の作業進捗を比べ、その早さに乃亜は驚く。
「綾音さんは予定がない日の空いた時間しか作業されていませんが、俺は食事や風呂に睡眠以外の時間、ずっと作業ができるので早く進められるだけです」
「いやいやいやっ! それでも超早いって! やっぱ手際良いしさ~」
「俺は昔からやって作業に慣れていますので……。でも綾音さんも以前より、作業に慣れてきたと思いますよ」
ガレキ製作を手伝っている葵は乃亜の成長を間近で見ており、お世辞ではなく本音を伝える。
「でもなぁ~。まだまだ赤ちゃん頼りなとこもあるし……」
「ガレキ製作は趣味でやってらっしゃいますし、作業については焦る必要もないです。綾音さんのペースで大丈夫ですよ」
「まあ~、無理せずやるけどさ。でも今日はキリが良いとこまで終わりたい!」
時間を無駄にできないと思った乃亜はおしゃべりを切り上げると、再び防塵マスクを付けてヤスリ掛けの作業に戻った。
葵は乃亜の作業を見守りながら道具の片付けを行う。
片付けが終わると葵はパソコンの前に座り、オリジナルフィギュアである樹脂高生の塗装前準備としてデザイン画を見ながら、配色やカラーリングの最終確認をする。
作業に集中しているせいか、いつも口数が多い乃亜も今日はおとなしく、しばらく作業部屋に沈黙の時間が流れた。
ふと葵がスマホを見ると、時刻は午後五時になろうとしていた。
「――綾音さん。もう五時前ですが、時間は大丈夫ですか?」
「マ!? もうそんな経ったの!?」
乃亜は作業の手を止めると防塵マスクを外し、強張った体を伸ばすように椅子に座ったまま背中を大きく反らす。
「好きなことやってるとさ、時間経つのあっという間だよね~」
「そうですね。楽しい時間は早く過ぎて、退屈な時間は長く感じますね」
「それな! 逆なら良いのに」
「綾音さん。作業の進捗はどうですか?」
「パーツのヤスリ掛け、全部終わったー!」
ヤスリ掛けで発生した削りカスの清掃まで終わらせていた乃亜はパーツを葵に見せ、その出来栄えを葵にチェックしてもらう。
「バッチリだと思います。仕上げも丁寧ですよ」
「マ? 超うれしい!」
道具の片付けを行い、その日の作業を終えた乃亜を葵は玄関まで見送る。
「――赤ちゃん。作業する時はまたLIMEするね」
「分かりました。俺は基本的に空いていますのでお待ちしています」
「じゃあね、赤ちゃん!」
乃亜は玄関ドアが閉まるまで笑顔で手を振って別れを告げた。
玄関ドアが閉まった途端、火が消えたように室内が静まり返る。
(――綾音さんと知り合うまでは孤独とか感じなかったけど、今は一人になると寂しい気持ちになるな……)
乃亜と一緒に過ごす時間が増えたことにより、今まで気にも止めなかった孤独感が葵の中で生まれていた。逆に言えば、それは乃亜との関係が深まっている証でもある。
去り際に見せた乃亜の笑顔に葵は癒やされ、自分も作業を頑張ろうと寂しい気持ちを振り払って気合いを入れ直し、葵は作業部屋へと戻った。
――八月に入ったある日の夜。葵はいつものように作業部屋にいた。
デスクトップパソコンが置いてある机の前に座り、3Dプリンターで出力するための3Dモデリングを作成していると、机の上に置いたスマホが通知音を鳴らす。
葵がスマホを確認すると乃亜からLIMEのメッセージが届いており、その内容は『ナイプーきた~』と書かれていた。
「ナイプー? そうか……ナイトプールのことか」
夏休み前に実施される期末テストに向け、葵は乃亜とその友人である莉里奈や星羅と勉強会を行った際、夏休みの話になって海やプールに行く話が出ていたことを思い出す。
次々にメッセージが届き、『莉里奈達も一緒~』『マジ楽しみ♪』など、ナイトプールを訪れてテンションが上がっている乃亜の楽しそうな様子が字面から伝わってきた。
葵は『楽しんで下さい』と一言だけ返信し、再びパソコンに向かって作業を始める。
数十分後。再びスマホに通知があったので葵が確認すると、今度は画像が添付されていた。
「こ、これって……水着姿の綾音さん!?」
添付された画像には、胸元と背中が大胆に大きく開いた黒のホルターネックビキニ水着を着ている乃亜がギャルピースして写っており、『彼女とプールデートなう。に使っていいよ~』、『てか、もう死語?www』と続いていた。
(いやいやいや! 使うのは色々とまずいような……)
海水浴へ行った時、葵は乃亜の水着姿を生で見ているものの、あの時とは違う水着であったせいもあり、乃亜の写真を思わずじっと眺めてしまう。
(綾音さんは写真を使っても良いと書いてあるけど、一体どこまで本気なんだろう……)
葵は作業の手を止め、スマホとにらめっこしながらしばらく悩んだが、もしかするとこの先〝デートなう〟に使う可能性がゼロではないとの結論に至り、念のために送られてきた写真を保存する。
(ふぅ……色々悩んだけど、これでスッキリした)
乃亜だけ写った写真の後には、ギャル三人が鮮やかな紫色にライトアップされたプールで大きな浮き輪に肩を寄せ合って乗り、一緒に撮った集合写真も送られてくる。
(ナイトプールって、こんな雰囲気なのか……俺が行ったら場違いだろうな)
紫やピンク色の鮮やかなライトでプールサイドが照らし出され、奥にはステージも設置されており、派手で華やかな雰囲気が写真越しでも伝わってくる。
(綾音さん達、開放的でノリが良いなぁ……楽しんでいるなら、なりよりだ)
葵がスマホを脇に置いて作業に戻ろうとした時、再び乃亜からスマホに通知が入る。
その内容は『ナンパされた』『うざー』という二言だった。
「えっ?」
メッセージを見た途端、なぜか葵は心臓をギュッと掴まれたような感覚を覚える。
「な、ナンパ……綾音さん達、海水浴の時もナンパされていたな……」
海水浴の時、彼氏役としてナンパ除けに協力したことを葵は思い出す。
「そう言えば……ナイトプールって、出会い目的とかで行く人も多いって聞いたことあるけど……」
以前、テレビ番組でナイトプールが流行っていると紹介されていた時のことを葵は思い出す。訪れている客層は若者が中心であり、しかも陽キャでパリピな男女ばかりであった。
(確かにナイトプールは綾音さん達がいても違和感ないけど……やっぱりナンパとかあるのか……)
海水浴の時、乃亜達はナンパを断っており、メッセージには『うざー』と書いてあったため、今回も前回と同様に断るだろうと葵は思った。
乃亜からのメッセージが気になり、葵は『大丈夫でしたか?』と尋ねてみる。
いつもならすぐに返信が来るのだが、いつまで経っても乃亜から返事はなく、送ったメッセージに既読もつかなかった。
「……綾音さん、大丈夫かな?」
葵はモデリング作業に戻ったものの、メッセージを送ってから一時間が経過しても乃亜からの返信はなく、既読もつかない状況が続いた。




