第9話 ガレージキットって、つくれちゃう?
「綾音さん……キットは一度開封されていますよね? その時にパーツチェックはやりましたか?」
「ぱ、パーツチェック? やってないけど……」
「やってない!? 何でやらなかったんですか!?」
無意識に大きくなった葵の声にびっくりし、乃亜の体がビクッと震える。
「このキットを購入したのは二月ですよね? ということは二ヶ月も過ぎているじゃないですか。ガレキはすぐに作らない場合でも、購入後にパーツチェックするのが基本です。もしパーツが揃っていなかったら困りますよ? パーツチェックもせずに作り始めてしまい、作業途中でパーツがないことに気付いた場合、最初からパーツが不足していたのか、それとも自分で紛失したのかも分からず――」
葵はパーツチェックの大切さを乃亜に説いていた。作業の基本だと、つい口調も熱を帯びる。だがふと視線を上げた時、乃亜の表情が目に入る。
乃亜はまるで叱られている子どものように眉を寄せ、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
その様子を見て、葵は言い掛けていた言葉を飲み込み、静かに口をつぐむ。
(し、しまった!? つい調子に乗ってベラベラとしゃべってしまった……)
乃亜が初心者だということを思い出し、葵は慌てた様子でその場を取り繕う。
「す、すみません! 別に怒っているわけじゃないんです!」
「……分かってる。初手から間違ってたのはあたしだし……」
「説教するような言い方になって申し訳ありません……。ガレキの作り方をネットで調べた時、パーツチェックのことは書いてありませんでしたか?」
「書いてあったよーな気もするけど……先に組み立てとか、塗装の方ばっかりに目がいちゃったしなぁ……」
「そうですか……確かにその気持ちも分かりますが、まずはパーツチェックです」
乃亜が落ち着いたところで葵は説明を始める。
「ガレージキットはほとんどが個人製作なので、パーツが不足してしまう場合があるんです。パーツ数が揃っていても、例えば腕のパーツが両方とも右腕だけという場合もあります」
「そうなんだ……」
「個人ディーラーさんが注意を払っていても、パーツ不足が発生する場合があるんです。パーツが不足している場合、一緒に入っている取り扱い説明書にディーラーさんの連絡先などが記載されていますので、パーツの予備があれば対応して頂けます。ですが個人の方なので、購入日から数週間や一ヶ月以内など対応期間は短い場合が多いです」
「あーね。だから作らなくてもパーツチェックが必要なのか――……って!? もう二ヶ月も過ぎてるし、もしパーツがなかったら対応してもらえなくない!?」
「そうですね……その場合は、自分でパーツを作るしかないです」
「そんなの無理じゃん! とりま、パーツチェックしないと!」
乃亜は葵が取り出していた取り扱い説明書を広げる。その間に葵は百円ショップで購入したプラスチック製のトレイを持ってくる。
「綾音さん。チェック中にパーツを無くさないよう、このトレイに入れて下さい。パーツチェックは取説にパーツ数や各パーツの写真やイラストが載っているので、同じようにパーツを並べ、不足がないかチェックをお願いします」
乃亜は取り扱い説明書に載っている写真のパーツリスト通りの配置で、トレイの中に白っぽいクリーム色をした各パーツを並べていく。
見習い天使のパーツは、前髪・後ろ髪・顔・首から胸元・胸部(セーラー服)・腹部・下腹部・上腕(左右)・右腕・左腕・スカート(前後に分割)・右脚・左脚・靴(ローファーで右左)・天使の輪・翼(右・左)の全20パーツだ。
「――全部あった! マジ助かったぁ……」
パーツチェックを終えた乃亜はホッと胸を撫で下ろす。
「両腕と両足、靴と翼も左右がきちんと揃っていますね」
「数が合っていても、対になっているパーツは注意が必要ってことか。パーツチェックがなんで重要なのかよーく分かったし……」
「まずはパーツが揃っていないと、組み立てられないですからね」
パーツチェックが終わると次の工程に移る。
「次はパーツに付着している離型剤を落とす作業です」
「りけーざい?」
「綾音さん。パーツの表面がオイルを塗ったようにヌルヌルしていませんか?」
「それ気になってた。離型剤って何なの?」
「レジンキットを複製する際、原型から型取りしたシリコン型にレジンという樹脂を流し込んでパーツを複製するのですが、この時シリコン型と成形されたレジンを離型、つまり簡単に型から外すための役目をするのが離型剤です」
「へぇ~、そうなんだ」
乃亜はパーツを手に取り、その表面をまじまじと見つめる。
「離型剤がパーツの表面に残っていると、塗装や接着剤の定着が悪くなってしまいます。そのため離型剤を落とすのは大事な作業なんです」
「その離型剤って、どーやって落とすの?」
「模型メーカーなどが販売している、専用の離型剤落としが売られていますが、俺は食器用洗剤とクレンザーを使っています。食器用洗剤やクレンザーは数百円ですし、その辺の店でも購入できますから」
「離型剤落としって、メイク前の洗顔みたいなもんか。あとはネイルクリーナー的なやつ」
「ネイルクリーナー……ですか?」
「そう。ジェルネイルの下準備でさ、爪の油分や水分を取り除いてジェルの密着度を高めるために使うの」
「ネイルについては詳しくないのですが、確かに同じような作業ですね」
葵は棚に置いているタッパーと食器用洗剤、プラスチック製のボウルと目が細かいザルを持ってくる。
「まずはタッパーに水と食器用洗剤を入れ、一時間ほど漬けます。作業は浴室でやるのでザルの中にパーツを移して下さい」
乃亜がパーツを移す間、葵は追加でクリームタイプのクレンザーと歯ブラシ、ニトリル手袋を準備し、一緒にパーツと道具を運んで乃亜を浴室まで案内する。
「綾音さん。俺はガレキ製作の時、このニトリル手袋を付けて作業しています」
「それ、ゴム手(袋)?」
「ゴムですが合成ゴムですね。使い捨て手袋の中では強度があり、伸縮性もあって手にピタリとフィットしますので、細かい作業にも最適ですよ」
「作業する時はニトリル手袋ね。りょ!」
まずは説明の通り、タッパーに水とパーツを入れた後、食器用洗剤を適量垂らして軽く泡立つぐらい撹拌し、そのまま置いて浴室を後にした。




