第10話 乾燥って、つくれちゃう?
待ち時間ができたため、葵は乃亜をリビングに案内すると紅茶を準備し、乃亜が手土産として持って来たシュークリームを出して舌鼓を打つ。
(――綾音さんと二人きり……しかも俺の家でお茶とか、よく考えたらありえない状況だ……)
これまで葵は友達がいなかったため、実家にいる時も友達を家に呼んだことはなかった。だが今は友達とはいえ、異性の――しかも陽キャなギャルである乃亜と、二人きりの空間でお茶しているのだ。
しかもリビングにあるソファーは二人掛けであるため、乃亜と横並びで座っている葵は落ち着かない。
(な、何だか妙に緊張してきた……ガレキのことを教えている間は、作業に集中していたから気にならなかったけど、それ以外の時は何を話して良いのか分からない……)
普段は寡黙で、基本的に誰とも会話しないので葵は友達との付き合い方が分からず沈黙してしまう。
(フィギュアやガレキのこと以外、めっきりダメだなぁ……)
葵が自虐していると、乃亜から急に声を掛けられたせいか、無意識に体がビクリと震える。
「――ねえ赤ちゃんって、今期はどんなアニメ見てんの?」
(そ、そうか……綾音さんって、フィギュアだけじゃなく漫画やアニメも好きだから、そっちの話題を出せば良かったんだ……)
見た目がギャルである乃亜はあまりオタクっぽくないため、葵は緊張して斜めに構えていたが、自分と同類だということを思い出して少し気が楽になる。
「そうですね……特にジャンルにこだわらず、面白そうと思ったアニメの第一話をまずは観て、キャラやストーリーの他に続きが気に入ったら視聴継続するって感じです」
「毎クールのアニメの本数も多いけどさ、好きなジャンルばっかじゃないもんね。でもさ、赤ちゃんってフィギュア製作もしてるんでしょ? アニメ観る時間とかある?」
「フィギュア製作の他に造形の勉強などもしていますが、集中力が切れた時に頭のリフレッシュ目的で観たりします。あとは食事中やフィットネスバイクを漕いている時、アニメを流しながら運動しています」
「あーね。配信もあるから、どこでも観れるよね~。てか一人暮らしかぁ……めっちゃ憧れるなぁ。うちは実家で妹とかもいるからさ」
「綾音さん、妹さんがいるんですね」
「そう。妹とあたしの二人姉妹。めっちゃ仲良いよ~。赤ちゃんは? 兄弟とかいるの?」
「いいえ、一人っ子なので兄弟姉妹には憧れますね」
「そうなんだ~。ンフフッ……じゃあさ、今日からあたしが赤ちゃんのお姉さんになってあげようか? それとも妹が良い?」
ソファーに座っていた乃亜は静かに腰を浮かせると、そのまま身を寄せて葵との距離を一気に詰めた。そして触れそうなほど近くまで顔を近付けると、葵の耳元で「お兄ちゃん」とそっと囁く。
乃亜の吐息が耳をくすぐり、短い奇声を上げた葵は身を仰け反らせる。
「あははっ! 赤ちゃんキョドりすぎ~! からかってごめん! ふつーに冗談だから」
葵のオーバーなリアクションが可笑しく、乃亜は思わず吹き出してしまう。当の葵は距離感が近すぎて、冗談とは思えない乃亜のノリについていけず、恥ずかしさで顔が紅潮する。
照れた姿を誤魔化すように葵はスマホを手に取ると、ちょうど一時間が経とうとしていた。
「あ、綾音さん……そろそろ良い時間です」
「おけえ! 続きやろっか!」
一時間が経ち、再び浴室に戻った二人は食器用洗剤に漬けておいたパーツを取り出して水洗いすると、クレンザーで磨く作業に移る。
「先に大きいパーツから洗いましょうか。それからクレンザーはアルカリ性の洗剤なので、長時間使うと手が荒れてしまいます。こちらのゴム手袋を使って下さい」
「ありがと。本当にクレンザーで洗うんだ……やっぱ完成品のフィギュアとは違って手間掛かるね」
「そうですね。完成までの工程が多くて大変かも知れませんが、完成させた時の喜びは大きいですよ」
乃亜は葵の指示に従いながら、各パーツにクレンザーをつけて歯ブラシでゴシゴシと磨くようにパーツを洗っていく。
水で濡らした時、水を弾いていたパーツはクレンザーに入っている研磨剤により、パーツの表面に細かな傷ができて水を弾かないようになる。
「細かいパーツは慎重に磨いて下さいね。表面のヌルヌルが無くなったら、水で洗剤をしっかり洗い流して下さい」
乃亜は葵に言われた通り、全てのパーツを洗い終えて一息つく。
「全体がしっとり濡れた状態になって、水を弾かなくなりましたね。これで完了です」
「終わったー! 髪の毛の先とか、めっちゃ細すぎだし、気を使いすぎてマジ疲れた……」
「あとはパーツの水分をタオルやティッシュペーパーで軽く拭き取り、しっかり乾燥させます」
「乾燥って、どのくらい?」
「季節によっても変わりますが、陰干しで半日以上は乾燥させた方が良いですね」
「半日も掛かるの!? そろそろお昼だし、それだと……今日の作業って終わり!?」
「そうなりますね。ドライブースに入れれば、半分の乾燥時間でもいけそうですが、それでも夕方になってしまいます」
「ドライブース……?」
乾燥させるためパーツを浴室から作業部屋に運び、トレイの上に間隔を置いて並べ終えた後、葵は棚の上に置いている食器乾燥機の前に乃亜を案内する。
「これがさっき言っていたドライブースですね。食器乾燥機をドライブースの代わりに使っています」
「え、待って。食器用なんでしょ? キッチンとかに置いとくやつじゃ……」
「そうですね。食器乾燥機は食器を温風やヒーターで乾燥させる家電製品です」
「だよね!?」
「これは本来の使い方ではありませんが、洗浄したパーツやパテ、塗装処理したパーツの乾燥時間を短縮できるため重宝しています。蓋も付いているので、埃の付着防止にもなりますし、温風式よりも自然対流式がオススメですね」
「へぇ~、そーいう使い方もできるんだ」
「もちろん専用の乾燥機もありますが、値段が高くなりがちなのです。できるだけ費用を抑えるため、本来の用途以外の製品も使えるものは代用します。今の時期なら自然乾燥でも、半日あればしっかり乾燥すると思いますよ」
説明しながら、葵はスマホを手に取って時刻を確認する。
「ちょうどお昼ですね。あとは乾燥待ちなので予定は空いてしまいますが、お昼にしますか?」
「てーいうか、赤ちゃんって一人暮らしじゃん? 食事はどーしてんの?」
「平日、学校がある時はフィギュア製作や造形の勉強に時間を割きたいので、コンビニ弁当とか冷凍食品で済ませています。休日は時間があるので自炊していますよ」
「え、待って。赤ちゃんって料理できる人!?」
「両親の趣味が旅行なので、昔から家を空けることが多かったんです。小学生の高学年ぐらいから、自分で料理とか作っていました。今はネットで簡単にレシピを調べられますし、実際の調理も動画で観られるので便利ですよね」
「あーね」
「お昼はどうしましょうか? 外へ食べに行っても良いですけど、綾音さんがもし良ければ俺が作りますけど……」
「マ!? 良いの!? いやでも……ガレキの作り方まで教えてもらって、そこまでお世話になるのは……ちな、何作るの?」
「明太子と大葉のパスタです」
「食べる! てか食べたい!」
食い気味に答えてしまった乃亜はハッとすると、がっつき過ぎた自分の行動を反省しつつ苦笑いを浮かべた。




