第8話 約束って、つくれちゃう?
「――ねえ、マジでイミフなんだけど? 言いたいことあるならさ、はっきり言ってくんない?」
不機嫌そうに語尾を強める乃亜の圧に負けそうになるが、葵は何とか踏み止まって意思を伝える。
「綾音さん……その付け爪ではガレキを作るのは難しいです……」
黙って聞いていた乃亜は自分の指先にある付け爪を見る。
「えっ? (ネイル)チップのこと? 作るのが難しいって――……そっち!?」
何を言われるのかと思わず身構えてしまった乃亜だったが、その内容は予想とはだいぶかけ離れて違った指摘であり、呆れつつもホッとして胸を撫で下ろす。
「もーっ! 赤ちゃんが深刻そうに話すからさぁ、作る前から赤ちゃんに見放されたと思ってガチ病みそうになったじゃん!」
「か、勘違いさせてすみません! 綾音さんがオシャレでやっていることにダメだと言うのは、失礼かと思いまして遠回しに言い過ぎました……」
「まあ……チップしててもさ、ワンチャンいけるかと思ったけど、やっぱムズい?」
「そうですね……ほとんどの手順で手先を使って細かい作業しますので」
「ロングネイルが無理とか? ショートネイルは? マニキュアとかジェルネイルは? ジェルネイルなら除光液でも落ちないし」
「基本的に手袋を付けて作業しますが、付け爪以外のネイルにしても指先はとても汚れやすいですし、除光液よりも強力なシンナー系の溶剤を使う時もありますので、オススメはしません」
「ガレキを作るためには仕方ないかぁ……じゃあ、チップ外しちゃうね」
乃亜はすっぱり諦めると、自分の指先からネイルチップを指の先端側へ引っ張り、今度は爪先を軸にしてネイルチップの根元側を持ち上げ、ゆっくりと前に倒しながら爪から外していく。
「……それって簡単に外せるんですか?」
ネイルチップのことをよく知らない葵は、興味津々な様子で乃亜の指先を覗き込む。
「これは〝粘着グミ〟で付けてんの。ネイルチップ専用の接着剤的な? 両面テープよりも厚いやつで取り付けや取り外しが簡単だけど、水やお湯には弱いかな。手洗いぐらいじゃ落ちないけど」
「そんなものがあるんですね」
「チップつけるのが一日とか、長くても数日なら粘着グミが便利だし。学校じゃネイルも禁止じゃん? だからさ、簡単に外せるやつにしてんの」
乃亜は指先から取り外した十本のネイルチップをケースに戻すと、ネイルチップがなくなった指先を寂しそうに眺める。
「くっ……指先の戦闘力がゼロに……まあ、しゃーないかぁ」
「綾音さん、さっきは誤解するような言い方をしてすみませんでした。それでは気を取り直しまして……まずはガレキを見せて下さい」
「おけえ! 作りたいガレキはこれなんだけど……」
乃亜はビニール製の袋に入っているガレージキットを葵に見せる。
「〝てんフラ〟のエリスですか。サイズは1/8スケール、個人ディーラーさんのキットでこれは制服バージョンですね。開封しても良いですか?」
乃亜の許可を取った後、葵はガレージキットが入ったパッケージ袋の中から一枚の紙を取り出す。
それは取り扱い説明書であり、表紙には頭の上にある丸い天使の輪と、背中にあるデフォルメされた翼、ミディアムの金髪に微笑んだ優しい表情を覗かせて、白と水色の半袖セーラー服を着た見習い天使エリスの塗装された完成見本がカラー印刷されている。
〝てんフラ〟とは『見習い天使が、俺の恋愛フラグをバキバキ折っていく件』というタイトルの作品であり、天界から修行にやってきた恋愛天使見習いのエリスが、主人公であるアキラとヒロインであるハルカに立つ恋愛フラグをその天然さで容赦なくバキバキに折ってしまい、逆にお互いの関係を阻んでしまうというストーリーの現代ファンタジー学園コメディである。
「このキットはどこで購入されたんですか?」
「今年の造形フェス!」
「今年なら冬の造形フェスですね。俺も行きましたよ」
「マ!? じゃあ、会場のどこかですれ違ってたのかも」
「そうかも知れませんね。でも人も多かったですし、俺はマスクをしていたので」
「あたしもマスク付けてたし、てかお互い顔も知らないよね~」
話に出た造形フェスとは夏と冬の年に二回、幕張メッセを会場にしてイベントが開催されているガレージキットやフィギュアのイベントである。
「綾音さんも造形フェスに参加されているんですね! 俺は冬と夏の両方とも毎回行っています」
「マ!? あたしと一緒じゃん! じゃあさ、今年の夏は一緒に行く?」
「良いんですか?」
「もち! 連れがいた方が楽しいし」
乃亜と一緒に造形フェスへ行く約束をしてしまった後で葵はふと気付く。
(綾音さんと造形フェスって……もしかして二人だけ!? いや、どうだろう……でも乃亜には他にフィギュア好きどころか、オタクの友達もいないと言っていたし……)
葵の頭の中には色んな想像が浮かんでくるが、今はガレキ製作に集中しようと気持ちを切り替える。
「エリスの制服姿は原作もアニメも一話だけの登場でしたね。メーカーから見習い天使と、ライバルキャラの見習い悪魔のスケールフィギュアは出ていましたね」
「アニメにハマったからフィギュアも買ったけどさ、公式のエリスは天使衣装じゃん? 制服姿はフィギュアで出なかったし、会場で見つけて即買いしちゃった!」
「造形フェスでは、メーカーのフィギュアでは出ていない衣装やポーズに造形だったり、普通ならフィギュアになることがないマニアックなキャラも、ディーラーさんによってフィギュア化される場合がありますね」
「分かりみがすぎる! そこがイベント限定の魅力的なやつだよね~」
「エリスの天使衣装は装飾など細かい部分が多くありますが、これは制服――いわゆるセーラーブレザーなので作りやすいかと思います」
「あたしも制服バージョンなら作れると思ったけどさ、いざ実際にパーツを見たら失敗が怖くて尻込みしちゃって……」
「その気持ちはよく分かります。俺も初めてガレキを製作した時は、頭で思い描いたように上手く行かなくて苦労しました」
葵はパッケージ袋に入ったガレージキットを持ち、パソコンが置いてある机の隣に置かれたもう一つの机に乃亜を案内する。
「俺がいつもフィギュアやガレキの製作で使っている作業机です。道具も一通り揃っていますので良かったら使って下さい」
「なんか道具がいっぱいあるけど……これ本当に借りても良いの? 先に自分の道具を買っちゃった方が良くない?」
「例えばニッパーやデザインナイフなど、同じ道具でもたくさん種類があってそれぞれ用途や使いやすさも違います。先に道具を買い揃えても、使わないものが出てくれば無駄になってしまいます。今回、綾音さんにはガレキ製作を通して道具の使い方も学んで参考にしてもらい、使いやすかったものを買い揃えた方が良いと思います」
「ほんとそう! 赤ちゃん、マジありがと!」
「俺は綾音さんにガレキ製作の楽しさを知ってもらいたいです。それに……実際にやってみてハマるか、ハマらないかは人それぞれですし、ハマらなかった場合は先に道具を揃えてしまったら出費も痛いですから」
葵の気遣いや優しさに触れ、乃亜はガレキ製作の前からすでに胸がいっぱいだった。
「それでは始めましょうか。まずはパーツチェックですが、ガレキは一度開封されているみたいなので、当然パーツチェックは終わっていますよね?」
「――ん?」
「えっ?」
葵が確認すると、乃亜はパチパチと瞬きして真顔になり、初耳とばかりに首を傾げた。




