第7話 作業部屋って、つくれちゃう?
廊下を挟んだ、リビングの真向かいにある部屋に葵は乃亜を連れて行く。
「――ここが作業部屋です」
「わっ、ヤバっ! めっちゃ色んなものあるじゃん!」
案内された部屋の中には右の壁際に机が二つ並び、片方にはデスクトップパソコン、その隣にある机にはデザインナイフや造形用のヘラの他、たくさんの道具が並んでいる。
反対側の壁際にも机が二つあり、片方には箱型のブースが置いてあって背面からは大きな銀色のダクトが伸びて窓から室外に繋がっている。
まるで秘密基地のような部屋の中を乃亜が眺めていると、作業エリアの対面側にある壁際にフィギュアラックがずらりと並んでいることに気付く。
「これ赤ちゃんのコレクション!? めっちゃあるじゃん!」
前面と棚が透明なガラスになっているフィギュアラックの前に立ち、乃亜は飾ってあるフィギュアの数々を眺める。
「キミバレの南雲ひより! プリズム☆チェンジ!の七瀬ヒカリもいるじゃん!」
知っている作品やキャラクターのフィギュアを見つけるたび、乃亜は興奮して目を輝かせる。
「昨日も言ってたけど、やっぱジャンルはバラバラなんだ」
「そうですね。知らない作品やキャラでも、造形が気に入ったものを買っています」
「美少女フィギュア以外もけっこーあるじゃん。怪獣とか映画のキャラとか」
「モンスターやクリーチャー系も好きですね。他にもホラー作品のキャラなど、造形に惹かれるものがあれば集めてしまいます」
美少女フィギュアが並んだフィギュアラックの隣には、怪獣や異星人、異生物などを始めとする様々な作品のリアルな造形をしたフィギュアが並んでおり、国内だけでなく海外メーカーのものも置いてある。
葵のコレクションを一通り見終わった乃亜は、続いて部屋の右側に置かれた机の前に移動する。
「ねえ赤ちゃん。ここ作業部屋とか言ってたじゃん? 机に色々と道具置いてあるけど、これがガレキを作るやつ?」
「はい……ガレキにも使いますけど、他にも――……」
乃亜の隣に並んだ葵は何かを言い掛けたが、すぐに口籠って目をうつむける。
(どうしよう……両親以外に話したことないけど、部屋まで見せちゃったし、隠しようがないよな……。それに綾音さんになら――……打ち明けても平気、かな?)
何か言いたげな顔で迷っている葵を乃亜は思わず見つめてしまうが、急かすことなく黙って言葉を待つ。
悩んでいた葵はついに覚悟を決めるが、その顔はとても不安げだ。
「あ、あの……綾音さん……実は俺、フィギュアの原型師を目指しているんです。この部屋は造形の作業や勉強に使っている部屋なんです」
乃亜を作業部屋に招いた以上、隠し通せることではなかった。
葵は極度の緊張によって喉が渇き、震える唇で何とか声を振り絞り、自分が抱いていた夢を乃亜に告白した。フィギュア原型師になる夢は両親以外に話したことはなく、家族以外に自分の夢を語ったのもこれが初めてだ。
発言の後、部屋の中には沈黙が流れて葵は息苦しさを感じる。乃亜の反応はどうだろうと伏せていた顔を上げると、すぐ目の前に乃亜の顔があり、葵は驚いてひっくり返りそうになった。
「――マ!? ガチで!? 赤ちゃん、原型師目指してるの!? 超すごっ!」
葵の夢を聞いた乃亜は羨望の眼差しを注ぎ、どこか感慨深そうに作業部屋の中を眺める。
「えっ、待って。もしかして赤ちゃんが作ったフィギュアとかあんの?」
「昔の物はほとんど実家に置いてきましたが、最近作ったのはあります。複製はしていないので原型だけですが」
フィギュアラックの横にある棚の上には、フィギュアケースの中に入ったグレー単色で彩色されていない高さ20センチメートルほどのスケールフィギュアが置いてある。
ツインテールのロングヘアを外に向かって大きくなびかせ、胸元や腰には大きなリボン、袖やスカートの裾には、ボリュームのあるフリルのドレス衣装を身にまとい、手には先端がハート状になったステッキを持ち、ポーズを決めた魔法少女のフィギュアだ。
「マ!? こ、これ……赤ちゃんが作ったの!? めっかわ! 鬼ヤバじゃん! 色がなくても超エモ~!」
葵は自作したフィギュアの原型を絶賛されて思わず照れてしまう。
「これ、見たことないキャラだけど……なんて作品?」
「オリジナルフィギュアです。キャラデザや衣装も自分で考えました」
「はっ? マジかっ! ヤバ~っ! 赤ちゃん、めっちゃ才能あるよ! もうすでにプロじゃん!」
「いえいえ、俺なんかまだまだです……」
心を奪われたように、色んな角度からフィギュアの原型を観察する乃亜を見て、葵は感無量だった。
今まで葵はSNSなどに自分の作品を投稿し、フォロワーから評価を得たことはあったが、作品を生で見せて直に感想をもらったのはこれが初めてである。
「てかさ、赤ちゃんってSNSとかやってる?」
「Tvitterとミンスタに専用のアカウントがあります。作品の製作過程や完成品などを投稿していますよ」
「ミンスタやってんの!? なら教えてよー!」
乃亜がスマホを取り出して急かすように催促するので、葵は両方のアカウントを教えた。
「フォローおけえ! Tvitterはやってないけど、ミンスタはアカウントあるからフォローよろ!」
「分かりました」
早速乃亜はミンスタに投稿されている葵のフィギュア画像を食い入るように見る。
「――赤ちゃんの作るフィギュアよき~。ファンになっちゃったかも」
「ファンですか!? そ、そんな……まだプロでもないアマチュアの作品なので――」
「別に関係なくない? アマチュアでもすごい人はいるしょ。あたしは赤ちゃんが作ったフィギュアだから推せるの! フィギュア好きなあたしが言うんだし間違いない! あたしの最推し決定~!」
堂々と胸を張って好きなものを好きと言える乃亜の生き方に、葵は内向的で遠慮がちに考えてしまう自分自身のネガティブ的な思考を反省する。
「……綾音さん、ありがとうございます」
葵は作品を褒めてもらったことに対し、素直に感謝の気持ちを述べた。
「ねえ赤ちゃん。原型師になろうと思ったきっかけとかあるの?」
「はい。俺がフィギュアを好きになったことにも重なるのですが――」
葵がフィギュア原型師を目指していることは両親も知っているが、そのきっかけは誰にも話したことがなかった。普段なら当たり障りのないことを言って誤魔化していただろうが、なぜか乃亜には何の抵抗もなく話せる気がした。
それは同じフィギュア趣味があり、夢のことを打ち明けても称賛してくれた――という理由からではない。裏表のない乃亜だからこそ、葵も腹を割って話すことができるのだ。
「――両親が映画好きということもあり、物心がついた時には動画配信サービスで映画を一緒に観たりしていました。俺が好きだったジャンルはSFやモンスター系、パニックものにホラーなどでしたね」
「あーね。飾ってあるフィギュア見たら、なんとなく分かる」
「特に気に入っていたのがSFホラー映画の『アーリエン』に登場する〝異星生命体〟で、幼稚園に通っている時からシリーズ作品をずっと見返していました」
「マ!? その歳でハマったの!?」
「そうなんです。機械と生物を融合させた異星生命体のデザインが好きで、俺には美しく見えましたね。そんな異星生命体のデザインと造形に魅了されてしまい、立体物であるフィギュアの存在を知りました」
「へぇ~、その流れからなんだ。あたしの場合はアニメだったなぁ」
「フィギュアなら映像の中で見ることしかできないキャラクターを手元に置いて、いつでも見ることができます。それがフィギュアを好きになったきっかけにもなりました」
「それ分かる!」
「幼稚園児ながら、異星生命体のリアルなフィギュアが欲しいと両親にねだったのですが、価格は数万円するので買ってもらえず、自分では手が出せるはずもないため、印刷してもらった商品画像ばっかり眺めていました」
「子供の時は財力とかないしね」
乃亜も似たような経験があるのか、腕組みしてうなずく。
「大人になったら絶対に買う――と、子供ながらに意気込んでいました。日々、想いだけが募る中、不意に思い付いたんです。買えないなら自分で作ろうと。そして画像を見ながら粘土で作り始めたことが、造形にのめり込んでいったきっかけですね」
「へぇ~、幼稚園の時からやり始めたんだ。そりゃ上手いはずだわ」
「まだまだ勉強中ではありますが……。やはりフィギュアの魅力は、二次元のキャラクターを三次元で立体的に再現していることですね。三次元になると二次元では見えない、また描かれていない部分も造形されるのはもちろん、二次元でしか見ることができなかったキャラクターを現実の世界に飛び出させ、手元に置いて様々な角度から鑑賞できることは最高の喜びです」
「それな! てかフィギュアって、もはや芸術作品だよね~」
葵が原型師を目指すきっかけの話から盛り上がり、二人はフィギュアについて語り合っていると、ふと葵が何かを思い出す。
「と、ところで……今日綾音さんが来たのは、ガレキ製作のことについてでしたよね?」
「そうだ、ガレキ!?」
「本来の目的を忘れるところでした」
「マジごめん……興味あって色々聞いちゃった」
「大丈夫ですよ。時間はありますので」
来訪の目的を思い出し、乃亜は葵に渡した手土産とは別に持っていた紙袋の中身を探った。
「壊れないようにクッションとか詰めて持ってきたよ」
乃亜は紙袋の中から袋に入っているガレージキットを慎重に取り出す。
ガレージキットが壊れていないか心配する乃亜を見ていた葵は、どこか言いにくそうに口を開く。
「あ、綾音さん……すみません、今の綾音さんにガレキは作れないと思います――」
唐突な葵のダメ出しを受け、乃亜はキョトンとした顔で見返す。
「えっ? 当たり前じゃん。作れないから経験者の赤ちゃんに相談したわけだし」
「……作れないかも知れませんが難しい――いや、正直に言うと無理です」
「はぁ!? 急になんで!? もしかして、あたしに教えるの嫌になった?」
「そう言うわけではありません……」
昨日よりも更に打ち解けてお互いの雰囲気は悪くないはずだったが、急に態度を変えた葵のことが乃亜は理解できなかった。




