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第6話 自宅マンションって、つくれちゃう?

 

 翌日、土曜日の朝。葵は眠たそうに大きなあくびをすると、自宅マンションを出て乃亜との待ち合わせ場所である新百合ヶ丘駅に徒歩で向かう。私服は黒のルーズフィットTシャツにブラウンのプリーツイージーパンツ、白のスニーカーというラフな格好だ。


(寝不足だ……綾音さんのことを考えていたら、ほとんど眠れなかった……)


 初めての来客ということで昨夜は部屋の掃除を済ませ、明日に備えて早めに寝ることにした葵。だが自宅に同級生――しかも陽キャなギャルである乃亜が、訪ねて来るという状況を考え始めたが最後、様々な表情を見せた乃亜の顔が次々に頭の中へ浮かんできて寝付けなかった。


 一昨日(おととい)、教室で声を掛けられるまで葵は乃亜と話したことはなく、遠い存在だったはずの乃亜がフィギュア好きと分かり、意気投合して一緒に帰るという葵にとっては初めての体験ばかりで、家に帰ってからもしばらくは現実味が湧かなかった。


(緊張のせいか、帰りの電車で何を話したのかも全然覚えてないな……)


 覚えているのは、放課後に怒涛(どとう)の時間を過ごし、慣れない体験したせいで疲労感に襲われたことだ。


 葵とは真逆の存在である、陽キャなギャルである乃亜との会話――。これまで異性とほとんど話したことがない葵にとって、女の子との会話はずっと緊張状態で体は無意識に(りき)んでしまう。


 おまけに距離感が極端に近く、グイグイとくる乃亜の勢いに押され、フィギュアの話以外は緊張してしまい、脳のキャパシティもパンク寸前だった。


 昨日は肉体的・精神的に疲れ果てた葵だったが、乃亜の存在感は強烈で葵の記憶の中でも遺憾(いかん)なく発揮(はっき)されて、睡眠時間までも奪ってしまう。


 葵の自宅マンションから駅までは徒歩十分ほどであり、約束の時間だった午前九時前に到着したところでスマホからLIMEの通知音が鳴る。葵がスマホを確認すると、乃亜からもうすぐ駅に着くとメッセージが届いていた。


(そうだ……昨日駅で電車を待っている時、綾音さんと連絡先を交換したんだった……)


 これまでアドレス帳には家族以外は登録されておらず、新たに乃亜の連絡先が追加されたことが葵は未だに信じられなかった。


 駅前に立って葵が待っていると、駅の出口から乃亜が出てくるのが見えた。長身のモデル体型である乃亜の姿は遠目に見てもすぐに気付いてしまうほど存在感がある。


 乃亜は葵の姿を見つけると、うれしそうに笑って駆けて来る。


「――赤ちゃーん!」


 乃亜の声はよく通るせいか、周囲にいた人々が〝赤ちゃん〟という突然のワードに振り向いた。


 会話する程度なら葵も気にならなかったものの、人通りの多い場所で「赤ちゃん」と呼ばれるのは少し恥ずかしく感じてしまう。


「ごめん、待った?」


「さっき来たところです」


 ブルー系の七分袖のリブニットカーディガン、グレー系のデニムパンツ、ポインテッドミュールの白い厚底パンプスという、初めて見た乃亜の私服姿に葵は思わず見惚(みと)れてしまう。


 今まで学校の制服姿しか見たことなかったので私服は新鮮だが、他にも乃亜の印象が昨日と違うことに葵は気付く。


「綾音さん。休日はカラコンをつけているんですか?」


「分かるぅ? ほら、学校じゃカラコンはダメじゃん? だから学校以外ではふつーに付けてるよ。今日のやつは、最近おきにのブラウン系パールベージュ」


 眉毛はアッシュブラウン、アイシャドーはブラウン系。まつ毛もマツエクをして、切れ長の目を大きく強調させる長めに引いたアイラインなど、乃亜はいつも以上にバッチリとメイクをしていた。


 両耳のピアスや左手首につけているブレスレットは学校の時と変わらないが、休日なので首にはチェーンデザインの金色ネックレス、両手には白系のネイルチップ(付け爪)もつけている。


 葵はファッションに興味はなく、手頃な価格の服でいつも揃えていた。学校の制服とは違い、私服になると乃亜との差が更に大きく開いて隣に立つことも場違いに思えてきたが、乃亜は葵の私服を気にしている様子はない。


「じゃあ、行こっか! 赤ちゃんちって駅からどれくらい?」


「徒歩十分ほどです」


「割と近いじゃん」


 並んで歩き始めた葵は乃亜の両足をチラ見する。


(綾音さんと目線がやけに近いと思ったら、靴が厚底だからか……)


 厚底靴である今日の乃亜は身長180センチの葵と並んでも大差はない。


 学校とはまた違った印象の乃亜の隣を歩くことに葵は緊張しつつ、乃亜を自宅である五階建てマンションまで案内する。


「――着きました。このマンションです」


「へぇ~、赤ちゃんの家ってマンションなんだ。けっこー新しいね」


「まだ築三年ですね。入り口はこちらです」


 共用玄関から入ってエレベーターで五階に上がり、葵は一番奥にある部屋に乃亜を連れて来る。


「俺の部屋は504号室になります」


「角部屋じゃん!」


「ちょうど部屋が空いたタイミングだったのでラッキーでした」


 玄関ドアの(かぎ)を開けて中に入ったところで、乃亜はバッグとは別に持参していた手土産の入った紙袋を葵に渡す。


「赤ちゃんこれ、良かったら食べて」


「あ、ありがとうございます!」


 玄関で靴を脱ぐ時、乃亜は葵の靴しかないことに気付く。


「てか、今日って赤ちゃんだけ? 両親は留守?」


「実は俺……このマンションで一人暮らしをしているんです」


「マ!? 赤ちゃん一人暮らしなの!? 超良いじゃーん。あたし普通に実家だし、うらやま~」


「一人暮らしは気楽そうに見えますけど、全部一人でやらないといけないので意外に大変ですよ」


「でもさ、何で一人暮らし? 両親は?」


「実家は千葉の方にあるのですが、高校は神奈川県(こちら)なので通学距離が長くなるせいもあって、高校にも通いやすいこのマンションに住んでいます」


家賃(やちん)とかはどーしてんの?」


「このマンションは親が所有者(オーナー)なんです。今のところ家賃は親に払ってもらっています」


「はっ? マンションのオーナー!? え、待って……赤ちゃんの家ってお金持ち?」


「お金持ちなのかは分かりませんが……親は他にも不動産を持っているみたいです」


「マ? それってヤバくない?」


「綾音さん。立ち話もあれなので上がって下さい」


 玄関のところで予想外に話が弾んでしまう。


「おじゃましま~す!」


「奥にどうぞ。部屋の間取りは2LDKです。寝室以外のもう一部屋を作業部屋として使っていますよ」


「作業部屋……? 専用の部屋があるの!?」


 早く部屋を見たい乃亜はウズウズしながら葵の後に続いた。



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