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第5話 頼みごとって、つくれちゃう?

 

 葵が失態を反省していると、乃亜は視線を()らさずに葵の目を真っ直ぐ見据える。


「――てかさ、完璧な人間なんてこの世にいないと思うし、みんなそれぞれ個性があるわけじゃん? それなのに釣り合う、釣り合わないとかなくない?」


「そ、それは……」


「別に、赤ちゃんのこと否定するつもりはないけどさ、ネガティブな発言って自分や周りにとっても良くないよ? そもそもお互いのことなんも知らないのに、釣り合わないとか分かんないじゃん。自信ないのは分かるけど、自分を否定せずにさ、堂々と胸張っていれば良いんじゃない?」


 乃亜の何気ない一言は、それまで()り固まっていた葵のネガティブな心を一瞬で打ち砕いた。


 明るく社交的な乃亜の性格は、ギャルだからいうわけではない。何事にもブレることなく真っ直ぐ(しん)が通った人間だからであり、(おのれ)の弱さも知った上であえて表には出さず、自分自身や周りをポジティブに変えていくような生き方をしているのだ。


「――なーんか格好つけたけど、あたしも難しいことはよく分かんないし、とりま気楽にいこーってことで!」


 底抜けに明るい乃亜の笑顔につられ、強張った表情だった葵も無意識に笑みがこぼれる。


「じゃ帰ろっか。ここで長話しするもあれだし」


「そうですね。あの綾音さん……今日はありがとうございました!」


「えっ? あたしなんかした?」


「はい! 色々と勉強になりました」


「そーなん?」


 あまり気に留めず床のスクールバッグを拾い上げ、階段を下り始めた乃亜を葵は慌てて追う。


 学校を後にした葵と乃亜は、駅までの道のりを歩きながらフィギュアトークに花を咲かせた。最初は緊張して葵だったが、得意なフィギュアの話になるとオタクらしく会話が軽快になる。


「――ねえ。赤ちゃんが買ってるフィギュアって、やっぱスケールフィギュア?」


「そうですね。他にもアクションフィギュアやデフォルメフィギュアとか、気に入ったキャラを幅広く買っています。あとはプラモやガレキも作ったりしますね」


 何気なく話した葵の一言に、ピクリと反応した乃亜は思わず足を止めた。不意に立ち止まってしまった乃亜に気付き、葵は不思議そうに首を傾げる。


「……綾音さん? どうかしました?」


「え、待って。ほんとに? 赤ちゃんって……ガレキ作れる人なの!?」


 周りに人がいる歩道で()頓狂(とんきょう)な声を上げた乃亜は、一気に距離を詰めると葵の鼻先に顔を突きつける。


「つ、作れますけど……それがどうかしましたか?」


「マ!? ほ、ほんとに? それって超すごくない!? 神じゃん!」


 葵が話したガレキとは〝ガレージキット〟の略であり、個人やサークル・小規模メーカーなどが原型を作り、レジンキャストなどの素材で複製して作られる、少数生産の未塗装・未組立の模型のことだ。


 街の中や人混みでも関係なく、迫るようにグイグイと距離を詰めてくる乃亜の勢いに押され、耐えきれなくなった葵は思わず後ずさる。


「――あ、赤ちゃん! 赤ちゃんに頼みがあるの! あたしにガレキの作り方教えて!」


 両手を拝むように合わせ、必死に頼み込む乃亜の姿に葵は戸惑ってしまう。


「綾音さん……ガレキも買っているんですか?」


「実は……前にイベントで気に入った子を見つけたから、ノリで二体買っちゃった――みたいな? ガレキのことはなんとなくしか知らなくて、ネットで作り方とか調べたら作れると思ったんだけど……。いざ作ろうってなったら、失敗が怖くてずっと放置しちゃってるの」


「今までガレキは作ったことないんですね? ガレキとは違いますが、プラモデルは経験ありますか?」


「ごめん、全然ない。ガレキに対してはキャラとか造形が(とうと)すぎるせいか、いざ作ろうとすると、なんか手先が不器用になっちゃって……(ざつ)さを発動しちゃいそうでヤバいの!」


「この話はつい聞こえてしまったんですけど……綾音さんは友達と話されていて、メイクが得意だとおっしゃっていませんでしたか? 今日もばっちりメイクされていますし、メイクが得意なら不器用だとは思いませんけど……」


「メイクは得意だけど、ガレキ作るのとは違くない!? それにメイクは自分の体で感覚とかそーいうので分かるけど、ガレキは初心者には未知のものっていうか……とにかく、ネットで作り方とか参考にしても、失敗しちゃいそうで触れないの!」


 乃亜は泣きそうになりながら、好きな物なのに形にできない(おのれ)不甲斐(ふがい)なさを何度も口にする。


(綾音さんは美少女フィギュアやガレキへの愛がかなり深いようだけど、自分の手で作るとなると、失敗した時の不安が頭によぎって億劫(おっくう)になるようだ)


「未完成のまま、置いとくのもかわいそうじゃん? だからお願い! 赤ちゃんだけが頼りなの!」


 再び拝むように手を合わせて必死に頼み込む乃亜の姿に葵は困ってしまうが、乃亜の気持ちを無下(むげ)にすることはできないとついに決心する。


「――分かりました。人に教えるのは初めてなので、上手く伝えられるか分かりませんが、綾音さんのガレキ作りに協力します!」


「……マ?」


 葵が力強くうなずいてみせると、泣きそうでくしゃくしゃだった乃亜の顔に笑みが戻り、人目も気にせずその場で飛び跳ねてうれしさを体全体で表現する。


「マジ助かるー! ひとりじゃガチめにヤバかったし……」


 喜びとうれしさを噛み締め、飛び跳ねて乱れた髪を手ぐしで軽く整えた乃亜は葵の方に向き直ると、葵の右手を取って両手で包み込むようにしっかり握った。


 突然のことに葵はうろたえてしまうが、乃亜は真っ直ぐに葵の顔を見つめて満面の笑みを浮かべる。


「――赤ちゃん、これからよろ!」


 夕日に照らされ、オレンジ色に染まった空を背にしてキラキラと輝く美しい髪。その光をまとった乃亜は、まぶしい陽光さえもかすむような笑顔だった。


 その瞬間、葵の胸の奥で何かが強く跳ねた。周りの風景が遠のいて視界の中心には乃亜しか映らない。吸い込まれてしまいそうなほど大きく澄んだ瞳が、真っ直ぐに葵を捉えている。


(――こ、これ以上、見ていられない!)


 葵は耐えきれずに顔を()らしていた。しかし視線を外したはずなのに、乃亜の笑顔はまぶたの裏に焼きついて鮮やかに揺れている。


「明日休みだけど、赤ちゃんの予定は? 空いてる?」


「えっ!? は、はい……基本的に休日はずっと家にいますので……」


 早くなった鼓動を胸に感じ、右手からは乃亜の手の平から体温が直に伝わってきて緊張が収まらない。


「じゃあ決まり! 明日からやろっ! すぐに作りたいし!」


 葵はオーバーヒート寸前であり、まともに思考できないうちに予定が決まっていく。乃亜がようやく手を放すと、葵は崩れ落ちそうになった体を踏ん張った両足で何とか支える。


「お、俺はいつでも良いですけど……どこで作りますか? レンタルスペースとか借りて――」


「赤ちゃんの家じゃダメ?」


 乃亜が尋ねると葵は一瞬真顔になり、言葉の意味に気付いてうろたえ始める。


「う、ウチですか!?」


「だって赤ちゃん、ガレキ作れるんでしょ? てことは道具とかも持ってるわけじゃん?」


「確かに持ってはいますけど……」


「ガレキ作るには色んな道具も必要でしょ? 前に調べたから知ってるけどさ、なんか専門的なやつもあってお手上げだったし。だからさ、道具も揃えたいからそこら辺も教えてくんない?」


「だから俺の家で、ということですね。確かに道具は必要です」


 葵は乃亜が初心者ということを改めて考え、始めに製作環境も知ってもらうのが近道かも知れないと検討する。


「あっ! でも家の人とかいるだろうし、押し掛けたら迷惑とか? ならあたしの部屋でも――」


「その点は大丈夫です。そうですね……製作用の道具も説明しないといけませんし、ウチでやりましょう」


「マ!? 良いの?」


「問題ないですよ」


「てか、赤ちゃんの家ってどの辺? 新百合(しんゆり)だっけ?」


「では駅で待ち合わせはどうでしょうか? 明日の朝、九時頃で良いですか?」


「おけえ! 電車の時間、調べとく! 明日めっちゃ楽しみ~!」


 葵と約束を交わした乃亜はうれしさがあふれ出して止まらない様子だった。



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