第86話 アナログとデジタル造形って、つくれちゃう?
日曜日に開催された造形フェスの翌日。月曜日だが夏休みであるため、乃亜が葵の自宅マンションを久しぶりに訪れた。
「――おはよ~! 今日は無理言ってマジごめ~ん!」
「おはようございます。俺は基本的に予定空いていますので大丈夫ですよ」
午前九時過ぎにインターホンが鳴り、葵は玄関で乃亜を出迎える。
乃亜の私服は、グレーのオフショルダーTシャツに黒のマルチポケットヴィンテージカーゴパンツ、白の厚底スニーカーと肩に掛けた白のWポケットスクエアバッグというコーデだ。
昨日、乃亜と一緒に造形フェスへ出掛けた葵だったが、3Dプリンターを購入したことを知った乃亜から見せて欲しいと頼み込まれ、翌日の訪問に至った。
「――綾音さん。麦茶ありますけど、飲みますか?」
「まずは3Dプリンター見たい! 見せて~!」
「分かりました。作業部屋にありますよ」
乃亜は待ちきれない様子で心を踊らせながら、葵の後に続いて作業部屋に入る。
「――あちらの塗装ブースの隣に置いてあるのが、購入した3Dプリンターになります」
部屋の隅にある机の上には長方形をした外観と、前面に色が付いたクリアカバーのある大きな機器が鎮座している。
「これが3Dプリンター? 実物とか初めて見た……」
机に置かれた3Dプリンターを興味深そうに乃亜は色んな角度からまじまじと観察する。
「今って動いてないの?」
「出力は行っていません」
葵が購入した家庭用3Dプリンターは幅33センチメートル、奥行き33センチメートル、高さ55センチメートルの大型造形ができるモデルだ。
葵は乃亜に購入した3Dプリンターは〝光造形方式〟で、UV硬化性樹脂というUVで硬化するレジンにレーザー光やUV光を照射しながら立体物を作成する方式であることを説明し、各部の名称や仕組みも解説する。
「――このビルドプラットフォーム? 上下に動く板みたいなとこに造形物が出力されるとかヤバっ! しかも逆さ吊りとか」
「この辺りは実際に出力しているところを見ないと想像しにくいかも知れませんね。パーツにもよりますが、出力は数十時間です」
葵は他にも後処理のために洗浄と二次硬化の工程が必要なため、一緒に買った〝洗浄硬化機〟や材料となる水洗いレジンなども乃亜に一通り説明した。
「超ヤバいって! 自宅でフィギュア作れるとか、ほんと夢みたいじゃん!」
「そうですね。3Dプリンターも家庭用が販売されるようになると、表現の幅が広がります」
「えっと……これがデジタル造形ってやつだよね? でもさ、赤ちゃんってアナログ造形でもフィギュア作れるよね?」
「そうですね。今回3Dプリンターを導入するまでは、ずっとアナログ造形でした」
「今さらだけどさ……アナログ造形のフィギュアって、どうやって作るの?」
乃亜は市販の完成品フィギュアや原型から複製されたガレージキットは買ったことがあるものの、フィギュアの原型は作業部屋に飾ってある葵が作ったものや、ワンフェスで展示されているものしか見たことなかった。
「そう言えば……説明したことなかったですね。アナログ造形でフィギュアを作る場合、まずは〝素体〟を作ります」
「そたい?」
「いわゆる骨組みのようなものですね。フィギュアの骨格やベースとなる部分です。素体は針金やアルミ線を結ったものを使い、フィギュアのポーズなどを決めます」
「あーね! 骨格か」
「骨組みとなる素体のポーズを決めたら樹脂粘土や化学系合成粘土といった造形材料を盛っていきます。これは肉付けですね。少しずつ粘土で肉付けしたり、多めに盛って余計な分を削ったりと人によってやり方は様々ですが、こうやってフィギュアの原型を作っていきます。素体を使うのは体がメインで髪や顔、服に小物などは別パーツとして作ります」
「それって、やっぱ手先が器用じゃないと無理?」
「そうですね……手先の器用さや丁寧さは重要になります。あと造形に使う粘土もいくつか種類もあるため、材料に対しての知識や理解も必要かと思います」
「あたしには無理なやつだ~!」
乃亜は解説を聞いただけでギブアップ宣言する。
「綾音さんは器用だと思いますけど……。メイクが上手いと不知火さん達もおっしゃっていましたし、メイク技術や化粧品についての知識も豊富ですよね? それと同じで以前ガレキ製作を手伝った時、作業のコツをすぐに掴んで覚えるのも早かったです」
先日の海水浴で乃亜達がメイクのやり方やテクニック、コスメの活用法について色々と語っていたことや、ガレージキット製作中に教えた知識や技術を身につける早さを葵は褒める。
「メイクは自分の顔だから、ガチれるけどさぁ……」
「そう言えば……モノ作りは苦手と言っていましたね」
「たぶんさぁ、ガレキの時みたいに教わりながらだとイケるかもだけど、ゼロから何か生み出すってセンスいるじゃん?」
「確かに……それは向き不向きがあるかも知れませんね」
「あたしもメイク好きだけど、やっぱプロの人にやってもらうと全然違うし、プロ並にガチれる赤ちゃんってやっぱスゴいよ」
「俺もまだ勉強中なのでプロとの実力差は分かりませんが、綾音さんの言葉は励みになります」
「も~っ! また遠慮して……赤ちゃん、つよつよじゃん!」
謙遜する葵に乃亜は活を入れる。
「ちょっと話が逸れましたが、アナログ造形はデジタル造形に比べて導入コストが低いことがメリットです。しかし、手作りなので造形のクオリティは作り手の技術が直結してきます」
「それがデメリット的な? まあ~、職人技って感じで素人にはエグいかも」
フィギュアをアナログ造形で完成させられる葵は乃亜にとって雲の上の存在であり、尊敬の念しか抱かない。
「アナログ造形はそんなところですね。一方のデジタル造形ですが、こちらは3Dプリンターなどの導入コストがアナログ造形に比べて高くなってしまいます。あとは粘土を盛って削るなど実際に手で作っていくアナログと違い、デジタルは造形物のデータとなるものを3D制作ソフトなどで作成しないといけません」
「それ、パソコンでやるやつだよね? 赤ちゃんも空いた時間にずっとやってなかった?」
「3Dプリンターの導入前、3D制作ソフトを買って操作方法の勉強やモデリングの練習をずっとやっていました」
葵は作業部屋の一角に置いてあるデスクトップパソコンの前に移動すると、待機状態にしていたパソコンを復帰させ、3D制作ソフトを起動して乃亜に作成したオリジナルキャラのスカルプトモデルを見せた。
「え、ヤバっ!? このキャラ……赤ちゃんが作ったの!?」
パソコンの画面に表示されたのは、3Dで作成された二次元美少女キャラの全身モデルだ。
「俺が考案したオリジナルキャラクターになります」
そのキャラクターは立ちポーズをしており、ロングヘアをツインテールの髪型にした無表情でタレ目の美少女だが、長い髪はまるで粘液のような質感をしており、髪色は淡い紫色のグラデーションになって、その毛先は溶けたような形状をしていた。
服装は白いブラウスに鮮やかな赤リボンと紺色のプリーツスカートという、いわゆるセーラー服のようなものを着ているが、布ではなくラバースーツのように体にピタリと密着するデザインの衣装であり、濡れたような光沢もある。
画面上に表示された美少女キャラの3Dモデルには色付けもされている。
「使用したのは〝ZBrush〟という3D制作ソフトですね。フィギュアとして出力するので色塗りまでは必要ないのですが、モデルが完成したらつい色まで付けてしまいました」
「めっちゃスゴいじゃん! ヤバ~っ!」
「ありがとうございます」
口を開くと褒め続ける乃亜に対し、葵はどこか照れくさそうに笑った。




