第85話 終幕って、つくれちゃう?
葵と乃亜は屋外のコスプレエリアを通り、ホール3まで戻って来た。
「綾音さん。楽しめたみたいですね」
「エモくて超ヤバかった! 生コス見れてよき~。じゃあ、次は企業ディーラー行こう!」
「休憩しなくても大丈夫ですか?」
「全然よゆ~」
葵と乃亜は再びホール7に戻ると企業ディーラーのブースを見て回る。
各企業ディーラーでは新作フィギュアが発表されており、新作の原型や監修中の彩色見本が数多く展示されている。他にも限定品の発売やプロモーションにブランドの紹介など、企業ならではの展示が一般ディーラーとは違い、広いブースで展開されている。
「――やっぱり、プロ原型師の造形はすごいですね! デコマスも彩色が繊細で勉強になります」
「デコマスって、色塗ってあるやつだっけ?」
「そうです。デコマスは〝デコレーションマスター〟の略称で、彩色見本のことですね。フィギュアは原型師が造形した原型を複製した後、彩色師と呼ばれる専門の彩色師が塗装を行います」
「分業制って、前に赤ちゃんが言ったね」
「デコマスは製品版の色を決めたり、工場で生産する時の見本にもなる大事なものですね」
「苦労してガレキ作ったからさ、彩色も大事なのほんと分かる」
乃亜は今まで完成品のフィギュアしか購入したことがなかったが、未塗装・未組み立てのガレージキットを自分の手で完成させたことにより、フィギュアを製作することの大変さが身にしみて分かるようになった。
企業ディーラーのブースを一通り見終わり、乃亜はスマホを確認する。時刻は午後四時を過ぎていた。
「造形フェスって、五時までだっけ?」
「そうですね。綾音さん、他に見たいところはありますか?」
「ん~、もう大体見終わったかな」
「分かりました。そろそろ時間ですし、この辺で帰りましょうか。駅はかなり混雑していそうですが……」
「ほんとそれ。まあ、しゃーないけどね」
葵と乃亜はブースが並んだホール内を横目に見ながら出口に向かう。
「なんかさ……いざ帰るってなると寂しくない?」
「とても名残惜しいですね」
朝からずっと楽しい時間を過ごした場所であるため、二人は後ろ髪を引かれる思いだ。
「――ねえ赤ちゃん。冬の造形フェスも一緒にいこ!」
「えっ!? は、はい!」
まさか次回の造形フェスにも誘われるとは思っておらず、不意打ちだったが乃亜との約束があっさり決まってしまい、葵は呆気に取られてしまった。
「次もめっちゃ楽しみ~!」
「俺も楽しみです」
心待ちにして会場内を眺める乃亜の横顔を葵はふと横目に見る。
(まだイベントの余韻に浸っていたせいで、次のことなんて全く考えていなかった……。でも、また綾音さんと一緒にイベントへ行けるのは素直にうれしい)
イベントを楽しんで満足していたところに次の約束を交わし、新たに楽しみができて葵は喜びを二重に噛み締める。
幕張メッセを後にする人々の流れはそのほとんどが海浜幕張駅へ向かっており、駅までの道はイベント帰りの帰宅者で混雑していた。
急いでも仕方ないと考え、葵と乃亜は移動する人の流れに乗って歩きながら駅を目指す。
「――今日はマジ楽しかった~! やっぱ一人よりも同じ趣味友がいた方が、めっちゃ話せて一緒に盛り上がれるし」
「そうですね。俺も一人の時は展示物を見ても、心の中で高ぶっているだけでしたが、今日は綾音さんとフィギュアやガレキの話をたくさんできてとても楽しかったです」
「ほんとそれ! 趣味が同じで、何より語り合える連れがいた方が何倍も楽しいし!」
太陽が西に傾いていくらか日差しは和らいだものの、サウナの中にいるような蒸し暑い空気が二人の体を包み込むが、葵と乃亜はイベントの感想で盛り上がってあまり気にしていない。
「今回の展示物もクオリティが高いものばかりでした。すごい作品を見ると、俺が作っているフィギュアもまだまだと感じてしまいます」
造形フェスの会場に展示されていた完成度の高い作品から刺激を受けた葵だったが、展示物に対して自分の作品は見劣りしているのではないかと、ついネガティブな発言を漏らす。
「えーっ!? そんなことないじゃん! 赤ちゃんの作ったフィギュア、ガチでヤバイよ?」
そんな弱気な葵に対し、乃亜はストレートな言葉で《はげ》励ます。
「赤ちゃん、造形とかフィギュアのことに関してはつよつよだし、マジ自信持って!」
「そう言って頂けるのは、ありがたいです……」
「それにさ、前にも言ったじゃん? あたしは赤ちゃんの推しになったって」
「はい……」
乃亜を初めて作業部屋に招いた時のことを葵は思い出す。
「会場で見たフィギュアはどれもヤバいクオリティばっかだけど、同じキャラでも作った人によって全く造形が違うし、それぞれ作り手の個性とかあったじゃん? それなのに自分と比べても意味なくない?」
そんな乃亜の一言に葵はハッと我に返る。
「赤ちゃんが作るフィギュアにはさ、赤ちゃんの良さが出るわけだし、もっと自分の好きを突き詰めれば良いじゃん!」
(綾音さんの言葉……何だか、自分が忘れかけていたものを思い出させてくれた……。最近は技術とかクオリティばっかりにこだわっていたけど、やっぱり自分の手でしか出せない作家性も大事だよな……)
葵は目が覚めた気持ちになり、妙に頭の中がすっきりとする。
「――綾音さん、ありがとうございます! 何だか今まで以上にやる気が湧いてきました!」
「なら、よき!」
隣を歩く乃亜が笑顔を返すと不意に葵へ急接近し、触れそうになるぐらい体を寄せる。
「――会場のもヤバかったけど、あたしの一番は赤ちゃんのフィギュアだし」
乃亜が葵の耳元でそっと囁き、吐息が耳に掛かると葵は思わず情けない声を漏らす。
「な、ななっ!? 何を、言って――……」
「あはは! 赤ちゃん、ビビりすぎ~!」
「い、いや……その……急にそんなこと言われたらびっくりしますよ!」
混雑して周りの目もあるせいか、葵は恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。
「いつも赤ちゃんのことからかってるけどさ、言っとくけど今のはガチだから!」
乃亜の純粋な気持ちと応援を受け取り、葵は照れくさそうにお礼を言った。
(SNSに投稿した自作フィギュアの感想をもらえるのもうれしいけど、こうやって顔の見える相手から自分のフィギュアを直接好きだと言ってもらえるのは、更にうれしいな)
乃亜の一言は葵のさらなる自信へと繋がった。
「――赤ちゃんならさ、きっと夢叶えられると思うし、あたしも全力で応援してるから!」
「ありがとうございます。これまで一人でやってきたせいか、とても励みになりました。応援とか関係なく、本当に綾音さんと友達になれて良かったです!」
素直な気持ちを言葉にした途端、胸の奥に溜め込んでいたものが軽くなるのを葵は感じた。
葵が真っ直ぐな気持ちを伝えると、乃亜は息を呑んで目を見開く。予想外の言葉を受け止めきれず、どこか戸惑ったように面食らった表情を浮かべる。
これまで葵は自分の内側に秘めた言葉をあまり表に出すことがなかった。それだけに飾り気のない真っ直ぐな想いは不意打ちのように響き、乃亜の思考を一瞬だけ白く塗りつぶす。
「――あ、あーね! それは……あたしも同じだし」
乃亜はわずかに視線を泳がせた後、肩の力を抜いていつもの調子を取り戻す。
どこかぎこちなさを残しながらも、すぐに口元を緩めた微笑みは照れ隠しが混ざっているようだった。
「とりま、これからもよろ~!」
その軽やかな一言に葵は小さくうなずいた。
こうして葵と乃亜の間に流れている見えない距離がそっと縮まっていく。八月を目前に控え、二人の夏休みはまだ続く――。




