第82話 造形フェスって、つくれちゃう?
七月下旬の日曜日。千葉市美浜区にある幕張メッセで開催される造形フェスティバルに行くため、葵はいつもより早起きしていた。
葵は支度を終わらせると最寄り駅である新百合ヶ丘駅に向かい、午前七時前に小田急小田原線の快速急行に乗る。
造形フェスティバル――略称〝造形フェス〟には乃亜と一緒に行く約束をしており、同方面の電車であるため途中の停車駅である登戸駅で乃亜と合流し、午前八時半過ぎに京葉線の海浜幕張駅に到着すると二人は徒歩で幕張メッセに向かう。
「――幕張メッセ来ると、めっちゃワクワクしてきた!」
「そうですね。今回も楽しみです」
駅からの距離は徒歩十分ほどであり、視界の先に幕張メッセの建物が見えてくると乃亜のテンションは更に上がり、興奮を隠しきれない様子だった。
乃亜は黒のキャップを被り、私服は白のロゴレタリングショートTシャツに美脚が映える黒のジップスリットデニムミニスカート。靴は白の厚底スニーカーを履き、黒のWポケットスクエアバッグというコーデだ。もちろん、ブラウン系パールベージュのカラコンとワンカラーのロングネイルも欠かしていない。
葵の私服は白のルーズシルエットTシャツにベージュのチノパンツ、履き慣れている白のスニーカーとよく使う黒のショルダーバッグだ。
会場となっている幕張メッセの敷地入り口には〝造形フェスティバル〟の大きな看板が立っており、多くの来場者を出迎えている。
造形フェスティバルとは大型の造形イベントであり、参加するディーラーはプロ・アマを問わず、様々なクリエイターが自作したガレージキットやフィギュアなどの造形物を展示・頒布するイベントだ。
造形物は〝当日版権システム〟という版権元から許可を得たキャラクターのガレージキットの他、オリジナル作品やドールにスケールモデル、ソフトビニール人形など幅広いジャンルの造形物が二千組を超える参加ディーラーによって一同に集結する。
会場には個人ブースだけでなく大手メーカーが出展する企業ブースもあり、新製品の発表や限定品を販売するなどイベントを盛り上げ、会場にはコスプレエリアも設けられているため、当日はキャラクターの本格的なコスプレをしたコスプレイヤー達も会場に集まる。
造形フェスの入場券は優先入場券・前売り入場券・当日券など複数あり、各入場券によって集合時間や集合場所が異なっている。人気のディーラーが頒布するガレージキットを入手するには優先入場券での入場が有利だ。
今回、葵は3Dプリンター関係の物品を揃えた出費があり、乃亜も特に購入予定のものはなかったが、二人でゆっくりと会場内を見て回るため、午前中の一番早い集合時間が指定された前売り入場券を購入していた。
来場者の混雑緩和や安全対策のために分散入場となっており、イベント開場時間の午前十時になると優先入場券組がまず入場し、続いて葵達が並んでいる前売り入場券組が入場口に案内される。
造形フェスは幕張メッセの国際展示場1~8ホールで行われており、入場口から会場内へ入った来場者は蜘蛛の子を散らすようにホール内に分かれていく。
入場して被っていたキャップを脱いだ乃亜は多くの来場者でごった返すホール内を見渡す。
「ほんと、めっちゃ人多いよね~」
「皆さん、目的のディーラーさんのところに散って行きますね」
「この時間帯でも、まだ残ってるの?」
「人気ディーラーさんのキットは優先入場組でほぼ瞬殺ですね。キット数は限られているため、優先入場組でも買えない場合があります。ディーラーさんによってはこの時間帯でも、まだ残っている可能性はゼロではありません」
「競争率、ほんとエグいわ」
今回、葵と乃亜の目的は購入ではなく観覧であるため、まずはプロ・アマチュア原型師やクリエイターが自作したガレージキットや、造形物を展示・頒布する個人参加ブースである一般ディーラーのブースを二人で見て回ると、人気ディーラーのブースはどこも完売しており、サンプルの展示品があるのみだった。
1ホールにはフードエリアや体験ゾーン、2~6ホールに一般ディーラーのブースが並んでおり、7・8ホールが企業ディーラーのブースとなっていた。
午前中、葵と乃亜は一般ディーラーのブースを中心に見て回る。会場内は多くの来場者で混んではいるものの、区分けされたホール内の移動は割としやすかった。
「――展示品見るだけでもヤバいよね~。みんな、ガチで出来良いし!」
「勉強になりますね。どのディーラーさんも力作ばかりで目移りします」
「それな! エモい作品ばっかだし」
ブースの卓上に展示してあるサンプルの完成品など、ガレージキットやフィギュアを見るたびに乃亜は歓喜を上げ、出展者に撮影許可を取るとスマホで写真を撮っていた。
「やっぱり、造形物って良いですね~。色んな作品を見て刺激を受けられるので、ずっとこの空間にいたいです」
「分かる~! めっちゃハピ空間だよね~」
展示物はアニメ・漫画・ゲームなどの美少女キャラクターが多い印象だが、特撮作品の怪獣のキットなども多く展示・頒布されている。
「――怪獣のガレキとかさ、ガチめにクオリティがエグくない?」
「ガレージキットの黎明期――出始めの頃は怪獣のキットがほとんどだったみたいです。そんな歴史があって今でも人気ですね。俺も怪獣含めたモンスターとかクリーチャーは好きなので、その造形や熱量に思わず見入ってしまいます」
「わかる! マジ尊敬しかないし」
造形フェスでは、大手メーカーが商品化しないようなデザインやマイナーな造形物もあるが、版権キャラクターではないオリジナル作品も多数出展されている。造形フェスはクリエイターが形にしたいものを熱意で作り上げ、発表する場になっているのだ。
一般ディーラーで頒布されているキットは、主に自分の手で組み立てて彩色するガレージキットであり、複製のコストや数量などに限りもあって価格もそれなりにする。
未組み立て・未塗装の商品だけでなく、一部には完成品を頒布しているディーラーもある。




