第80話 ラテギャルって、つくれちゃう?
ビーチパラソルを立てた場所に戻って来た一行は日陰に入って一休みする。
「日差しヤバっ! 死ぬわ!」
「頭皮暑くて、マジヤバいな……」
「ほんと死ぬ」
夏の海は最高だとテンション上がりっぱなしのギャル三人だが、それでも夏の日差しや暑さはさすがに堪えるらしく、莉里奈と星羅はビーチパラソルの下から太陽を恨めしげに見上げる。
「――赤ちゃん、こっち座って。げっ!? マジ真っ赤じゃん……痛そ~」
乃亜に指示されるがまま、葵はレジャーシートに座って背中を向ける。乃亜はチャック付きポリ袋に入れていたミルクタイプの日焼け止めを取り出す。
「じゃ、塗るね~」
「お、お願いします……」
背中越しに声を掛けられ、葵は緊張したように背筋をピンと伸ばす。
葵の背中に乃亜の手がそっと触れた瞬間、柔らかな手のひらの感触とじんわりとした体温が肌越しに伝わってくる。指先がゆっくりと滑るたびに日焼け止めが丁寧に塗り広げられていき、その規則的で優しい動きに葵の意識は背中に引き寄せられてしまう。
日焼け止めと乃亜の体温が肌の上で混ざり合い、くすぐったさにも似た感覚が背中を走るたび、葵はじっと息を堪える。
「こーいうのってさぁ。アニメとかだとヒロインに頼まれて、主人公が背中に日焼け止め塗るシチュあるよね~」
「そ、そうですね……」
乃亜は右手を動かしながら不意に体を寄せると、葵の肩越しにそっと顔を近付ける。
「――ねえ、赤ちゃん……塗り終わったらさ、今度はあたしの背中に日焼け止め塗ってくれない?」
「ええっ!?」
耳元で吐息混じりに甘く囁かれた葵は思わず身を引き、ものすごい勢いで乃亜の方に振り返った。
「あはは、冗談だって~! 赤ちゃんの反応、かわゆ~」
一瞬本気にしてしまった葵はからかわれたのだと気付き、少し期待してしまったことを反省する。
「二人とも、な~にイチャついてんの? めっちゃ仲良いじゃ~ん」
葵の敏感な反応に思わず笑ってしまった乃亜を莉里奈が茶化す。
「別にイチャついてないし~。てか前も思ったけど、やっぱ赤ちゃん肩幅広いじゃん」
「あ~、それウチも思った。バブたん、ガチ鍛えたらゴツくなりそう」
「赤ちん、身長もあるからな」
莉里奈につられて星羅も葵の背中を横目に見る。
「そ、そうでしょうか……運動はフィットネスバイクぐらいしか、やっていませんので……」
日焼け止めを塗り終わった乃亜は四つん這いの格好になり、あぐらをかいている葵の両脚を横から覗き込む。
「それでかぁ~。赤ちゃんの太ももとかふくらはぎ、なんかガチガチだと思った!」
「へぇ~、下半身めっちゃ鍛えてるんだぁ」
「マジだ。ふくらはぎとかヤバい!」
(み、みんな距離が近いっ!)
周りに美少女ギャルが集まる状況に葵は動揺と恥ずかしさで胸が激しく高鳴り、顔が茹で上がったように真っ赤になると、全身が熱く火照り始める。
(――平常心、平常心だ……心を落ち着けてリラックス、リラックスするんだ……)
心の中で必死に繰り返していると、ようやく乃亜達が離れて葵は解放される。
「そーいえば、乃亜も筋トレやってるんでしょ?」
「まーね。モデルとか人前に出る人はみんなやってるっぽい。でもガチで効果あってさ、お尻とかめっちゃ引き締まったし!」
「マ? 今度やってみようかな~」
話題が乃亜の筋トレに移り、緊張で体を強張らせていた葵はようやく力を抜き、疲れ切ったように息を吐く。
(し、刺激が強すぎる……ただでさえ水着姿なのに、あんな近い距離で体を見られるとか本当にやばかった……)
葵は心だけではなく、熱く火照った体も落ち着けようと静かに深呼吸を繰り返す。
海でも眺めて気を静めようとした葵だったが、視線の先にいた大学生らしきギャル達が思わず目に留まり、そのまま見つめてつい目で追ってしまった。
(――夏の海って、結構ギャルが多いな……)
「あーっ! バブたん、あそこのラテギャル見てたでしょ~?」
突然、莉里奈から名指しで指摘を受け、葵は慌てて目を逸らす。
「い、いいえ! たまたま視界に入っただけで……」
「え~、どのギャル? あそこの大学生っぽい集団?」
「ギャルなら目の前にいるじゃ~ん! てか赤ちゃん、ラテギャル好きなの?」
「えっと……ラテギャルというのは?」
乃亜や莉里奈がさっきから呟いている〝ラテギャル〟が何なのか、葵にはさっぱり分からなかった。
「ギャルの見た目ってさ、大まかに三種類なの。あたしらみたいな白ギャル、真っ黒に日焼けした黒ギャル――で、その中間がラテギャルってわけ」
「ラテギャルの〝ラテ〟は、カフェラテとかのラテ。ラテ肌のギャルで黒ギャルほど日焼けしてないギャル的な意味かな」
(カフェラテ……コーヒーとミルクを混ぜたような色のギャルってことか……)
「小麦色の肌も健康的だけどさぁ、色白も良いじゃん?」
「てか、赤ちゃんは何ギャルが好きなの?」
乃亜だけでなく莉里奈や星羅も、まるで白ギャルが一番だとアピールするように葵に詰め寄る。これでは答えは決まったようなものだが、葵は正直に自分の好みを告白する。
「えっと……皆さんのような白ギャルが好きです」
「やっぱ、そう?」
「うれぴぃ~!」
「赤ちん、分かってるじゃん!」
(若干、三人から圧のようなものを感じたけど、三種類の中だと白ギャルが好みだから、嘘はついていないな)
「白ギャル好きならさぁ、遠慮せずに見てい~よ!」
「イェ~イ!」
なぜかセクシーなポーズを決めるギャル三人組を前にして、葵はどう反応して良いのか分からずたじろいだ。
休憩を取った後、波打ち際や浅瀬などで遊ぶ乃亜達と葵が過ごしていると、波打ち際の砂浜に色が付いている石のようなものが落ちていることに気付き、葵は足元から拾い上げる。
「――赤ちゃん、何か見つけたの? 貝殻?」
葵の近くにいた乃亜が葵の手元を興味深そうに覗き込む。
「何それ? 石?」
「これはシーグラスみたいですね」
「しーぐらす? なんか、聞いたことあるよーな……」
「割れたガラス瓶などが波や砂で削られて角が取れて、丸みを帯びたガラス片になったものがシーグラスだったと思います」
くすんだ水色をしているシーグラスを葵は手のひらに乗せ、乃亜に見せる。
「なになに? なんか見つけた?」
「シーグラスだって。さっき、赤ちゃんが見つけたの」
莉里奈と星羅も葵の元にやって来るとシーグラスを手に取って眺める。
「これ系のやつ、たまに落ちてるけど元はガラスなのか」
「へぇ~、こんなのあるんだ」
葵が他にも落ちていないか砂浜を見て回ると、今度は透明なシーグラスを見つける。透明と言っても表面は擦りガラスのようにくすんで白く、形がとても特徴的だった。
「綾音さん。ハート型のシーグラスがありましたよ」
「え、見たい!」
葵は拾ったシーグラスを乃亜に渡す。
「マジじゃん! めっかわ! エモ~っ!」
指先でつまんだハート型シーグラスを青空にかざして乃亜は興奮する。
「綾音さん。そのハート型のシーグラス、欲しければ差し上げますよ」
「マ!? じゃあ、記念にもらっとくね。ありゃーと!」
まるで真夏の陽射しをそのまま閉じ込めたような、屈託のない乃亜の明るい笑みに葵は思わず照れてしまった。
その後も休憩を挟みながら海や砂浜で遊び、太陽が西に傾いて遊泳時間の終わりである午後五時が迫ると、葵達はビーチパラソルのところに戻って片付けを始めた。
「――赤ちゃん。夜までここにいるけど、遅くなっても平気?」
「俺は大丈夫ですよ」
「おけえ。じゃあ、着替えよっか」
レンタルしていたビーチパラソルと浮き輪を海の家に返却し、脱衣所の前で乃亜達と一旦別れると葵はシャワーを浴び、水着から私服に着替える。
一足先に脱衣所を出た葵は海の家の前で乃亜達を待つ。夕方になり昼間より暑さは和らいできたものの、シャワーを浴びてさっぱりした体は蒸し暑い空気に包まれてすぐに汗ばんできた。
遊泳時間が終了した海には誰も入っていないが、夕暮れの砂浜には昼間ほどではないものの人影がある。砂浜を散策する人や座って海を眺めるなど、それぞれの時間を過ごしていた。




