第78話 海の家って、つくれちゃう?
男達が去ると葵を囲んでいた乃亜達がため息混じりに離れ、レジャーシートに座り直す。
「あーあ、マジウザかった!」
「ナンパってさ、どこ行ってもあるよね~」
「超しつこいし」
乃亜達の愚痴からナンパにあっていたことを葵は知る。
「さっきの人達、ナンパだったんですか?」
「そーなの。急に声掛けてきてさ~。断ってもウザ絡みしてくるし」
乃亜がだるそうに呟くと、莉里奈と星羅も同意してうなずく。
「なんかさー、海行くといっつもナンパされるよね」
「それな。去年もだったな~」
毎年、神奈川県にある海水浴場へ出掛けている乃亜達は毎回のようにナンパされており、迷惑そうに愚痴をこぼす。
「でもさ、今年は赤ちんも一緒じゃん? だから莉里奈がナンパ避けに、赤ちんを彼ピ役にしよーって話してたわけ」
「彼ピって……彼氏役!? お、俺をですか!?」
電車で由比ヶ浜駅に向かっている時、ふと思い付いて乃亜達に提案したという莉里奈を葵は怪訝そうに見つめるが、「えへへ」と悪気のない顔で笑う莉里奈に対して何も言えなかった。
「でもさぁ~、バブたん役に立ったじゃん!」
「さ、さっきのは……そういうことだったんですね……」
なぜ乃亜達が彼氏発言をして身を寄せてきたのか、葵はようやく理解する。
「マジごめ~ん! 赤ちゃんに頼むつもりだったけど、海見たらテンション上がってガチ忘れてた。やっぱ……迷惑な感じ?」
上目遣になった乃亜にあざと可愛く問いかけられ、葵は一瞬だけ言葉に詰まった。潤んだような瞳で覗き込まれ、距離の近さと相まって圧のようなものを感じる。
断る理由を探そうとしても何も出てこず、葵は視線を外すことができないまま、小さく息を吐く――。
「お役に立てるなら、問題ないです……」
どこか押し切られたような感覚もあるが、こんな自分でも頼りになるのであればと葵は肩から力を抜いた。
「バブたん、あざーす!」
「とりま、よろ~」
莉里奈達からも頼りにされてしまい、葵は苦笑いを浮かべるしかなかった。
(綾音さん達がナンパされたら、さっきみたいなことを毎回するのか……?)
先ほど彼氏役として葵は乃亜達から軽いボディータッチを受けたが、あの時は立っているのがやっとで極度に緊張してしまい、息が詰まったことを思い出す。
(――このままじゃ、身が保たないかも知れない……)
本当に彼氏役が務まるのか心配する葵だったが、飲み物の買い出しから戻ったことをふと思い出し、慌てて乃亜達に頼まれていた飲み物を配った。
お昼は海の家で食べることになり、四人は砂浜を歩きながら海の家を見て回る。
昼時ということもあり、数十軒ある海の家はどこも混雑していたが、選んだ店はタイミング良く席が空いたため、四人は砂浜を見渡せるテラス席に案内される。
先に座った乃亜が葵を呼んで隣に座るよう促し、葵は恐縮しながら隣に座るとテラス席から店内を興味深そうに眺めた。
「――海の家って設備が充実しているんですね。あちらにあるソファー席とか初めて見ました。店先でバーベキューができる海の家もありましたね」
「今はエアコン完備のとこもあるし、もうぶっちゃけカフェだよね~」
「エアコン……すごいですね」
「オシャレで映え狙ってるとこもあるしね~」
葵は海の家に入るのも久しぶりだったため、海の家も進化しているのだと改めて感心する。
メニューを眺めていた乃亜達は、定番の焼きそばやシェアできるフライドポテトに唐揚げ、カラフルなスムージーを注文する。
注文した料理がテーブルに届くと、乃亜達は食べる前にスマホで写真を撮り始める。
(綾音さん達、写真撮るの好きなんだなぁ。やっぱり記念や思い出として残すため?)
葵はほとんど写真を撮らないが、乃亜達が楽しそうなので否定するつもりはない。
「――こういうところで食べる料理って、何だかいつもより美味しく感じますね」
「それな~! やっぱ夏の海でビーチっていうのがマジ最強!」
テラス席から臨む海を横目に乃亜がフライドポテトをつまむ。
「ビーチは良いけどさ、たまにトンビ来る時あるからな~」
「――くっ! 去年やられたの思い出した!」
トンビの話が出た途端、莉里奈が悔しそうに呟く。
「そーいえば、あったなぁ~」
乃亜と星羅は当時のことを思い出し、含み笑いを浮かべる。
「去年、そんなことがあったんですか?」
トンビに食べ物を奪われる話は聞いたことがあるが、ほとんど外出しない葵は被害にあったことがない。
「そーなの、マジウケる! あれ、フランクフルトだっけ?」
「そうそう、フランクフルト! 莉里奈が手に持ってスマホで撮ろうとしたらさ、ヒュンって一瞬で手から消えてマジ草だった!」
乃亜がその時の状況を再現するように身振り手振りで葵に伝えると、莉里奈は不服そうにジト目になってため息をつく。
「あの時、マジ萎えだったし……」
「良いじゃん、めっちゃウケたし!」
「良くなーい!」
(な、なるほど……不知火さんは、SNSとかで見かける手に持った料理を空に掲げた、あの構図で撮ろうとしていたのか。確かにトンビからしてみたら、食べ物あげますアピールになるよなぁ)
去年の嫌な記憶が蘇って莉里奈は少し不機嫌そうだが、何だかんだで話は盛り上がり、葵は乃亜達と楽しい昼食の時間を過ごすことができた。
デザートにカラフルなシロップが掛かったかき氷を食べた後、海の家を後にした葵達はビーチパラソルの下に戻って軽く休憩する。
「――赤ちゃん。この後、あたしら浮き輪で遊ぶけど赤ちゃんも行く?」
「俺はもう少し休んでから行きます。普段外に出ないせいか、暑さでバテてしまいまして……」
「全然良いから! 無理しなくておけえ!」
一足先にビーチパラソルを後にした乃亜達は、海の家でレンタルしたハート型の大きな白い浮き輪を持って波打ち際に向かう。三人で浅瀬に入ると水面に浮かべた浮き輪に乗り、スマホで自撮りしたりお互いの姿を写真に収める。
乃亜達を見送った葵はレジャーシートに座ったまま、ぼんやりと海を眺める。
(綾音さん達、みんな元気だなぁ……。インドア派の俺に真夏のビーチは早かったのかも知れない……)
周囲からは海水浴客の賑わう声が響き、ビーチパラソルの日陰の下でも体は汗ばんでくる。
(――夏に海水浴へ来たのは、確か小学校低学年の頃以来だっけ? またこうして誰かと海に来るとは思ってもみなかったなぁ。今までの夏休みは部屋に籠もって造形のことばっかりやっていたし……)
以前、乃亜に誘われて横浜に出掛けた時も感じたが、色んな場所に行って普段目にしない様々なものを見て体験することは、日常に慣れきった心身に刺激を与え、感受性が豊かになると葵は改めて思った。
(自分で行動すれば良いんだけど、数日立つと作業部屋で過ごすのが当たり前になっちゃうんだよなぁ……)
本日の海水浴も乃亜達に誘われなければ、今年も海に来ることはなかったかも知れないと葵がしみじみ思っていると、ビーチパラソルのところに莉里奈が一人で戻ってきた。
「――バブたん、大変! 乃亜が浮き輪に乗ったまま流されちゃったの! 助けて!」
「えっ!? 綾音さんが!?」
莉里奈の報告を聞いた葵はすぐにレジャーシートから飛び起きる。
「確かライフセーバーの人がいますよね? 連絡されましたか?」
「えーと……流されたのは流されたんだけど、そんな深刻な感じじゃなくて……」
「と、とにかく行きましょう!」
案内する莉里奈の後を追い、葵は海水浴客の間を走り抜けながら海の方へ向かう。状況を理解できないものの、莉里奈が助けを求めに来たということから自分達ではどうにもできない状態だと悟り、葵は胸騒ぎを覚えながら乃亜の無事を祈った。




