第73話 未着用って、つくれちゃう?
着替えを取りに自室に向かった葵だったが、先程の光景が目に焼き付いて離れなかった。
(事故とは言え、綾音さんの下着姿を見てしまうとは……やけにセクシーな下着で――って!? お、俺は何を考えているんだ!)
思わず脳内に浮かんだ乃亜の下着姿を葵は振り払うが、忘れようにも印象が強烈過ぎて余計鮮明に浮かんでしまう。
(い、いけない! 平常心、平常心だ……)
深呼吸して気持ちを落ち着かせた後、着替えのTシャツとハーフパンツを準備した葵は念のために脱衣所の扉をノックし、少し扉を開いて乃亜がいないことを確認する。
葵がそっと脱衣所に入ると、奥にある浴室からシャワーの音が聞こえてきた。
浴室の入り口脇に置いてあるラックのカゴに葵は着替えとバスタオルを入れ、濡れたスクールシャツやインナー、靴下などが入った洗濯機を回し始める。
洗濯物用のカゴに畳んで置いてあった紺色系チェック柄のプリーツスカートと黒のネクタイを回収し、葵はリビングに向かう。
葵は雨に濡れてしまった乃亜のスカートからタオルを使って水分を取り、次にアイロンとアイロン台を用意すると、当て布をしながらアイロンで水分を飛ばしていく。
(布地が厚いところや、重なっているところはドライヤーで乾かした方が良いかな)
アイロンを使ってシワにならないようにある程度水分を飛ばし、ピンチハンガーに吊るしたスカートとネクタイに、今度はドライヤーの温風を当てて乾かしているとシャワーを浴び終えた乃亜がリビングにやって来る。
「赤ちゃん、シャワーありがと! めっちゃサッパリした~」
「それは良かったです。着替えは……俺の服しかなくてすみません」
「いや、マジ助かるし」
Tシャツにハーフパンツというラフな格好の乃亜はあっけらかんと答える。
(俺の部屋着を綾音さんが着ているとか、何だか不思議な感覚だ……)
葵は吊るされたスカートの布地に触れて乾き具合を確認する。
「スカートはもう少しドライヤーを当てれば乾きそうですね」
「マジごめ~ん! なんか赤ちゃんの世話になりっぱなしだし」
「気にしないで下さい。そろそろシャツの洗濯も終わっていますね。乾燥機もありますがシワになりそうなので、十五分ほど回してアイロン掛けします」
「じゃあ、あたしが乾燥機入れてくるね。シャツとキャミの他にブラも洗ったから」
「……ブラ?」
何気ない乃亜の一言に葵は引っ掛かってしまう。
(ブラって……ブラジャー、下着のブラ!? ということは、綾音さん……今って下着付けてない!?)
無意識に葵の視線は乃亜の胸へと注がれる。灰色をしたTシャツの布地を内側から膨らませる二つの丘の先には小さな突起があって――。
(い、いけない!)
ふと我に返った葵は急いで目を逸らす。
(あ、あれは……そういうこと……?)
葵が視線を戻すと乃亜は脱衣所に行ってしまったのか、リビングにその姿はなかった。
(今まで意識していなかったけど、綾音さんがうちでシャワーを浴びて俺の服を着るとか、何だかこう……色々とまずいのでは……?)
すぐに乃亜は脱衣所から戻って来るが、一旦意識すると再び視線を向けそうだったため、葵は常に視線を上向きにし、可能な限り乃亜の顔から下を見ないように心掛けた。
(平常心、平常心だ……)
葵に代わって乃亜がスカートにドライヤーを当てている間、葵は心の中で何度も「平常心」と呟き続け、乾燥機で軽く回したスクールシャツとインナー、靴下にもアイロンを掛け終わる。
「――綾音さん、終わりましたよ」
「マジありがと~! スカートも乾いたっぽい」
「まだ完全には乾いていないと思いますので、家に帰ったら干して下さいね」
「おけえ! 臭うと嫌だしね~。じゃあ着替えてくる!」
「良かったらここで着替えて下さい。俺は廊下に出ていますので」
葵はリビングから出ると扉を閉め、廊下で乃亜が着替え終わるのを待つ。
(――綾音さんとは友達だけど女の子だし、やっぱりこういう状況の時は気を使ってしまう……)
今まで友達がいなかった葵にとって乃亜が初めての友達になるが、同性ではなくいきなり異性と友達になったため、たまに付き合い方がよく分からないことがあった。
(綾音さんは俺の家でシャワーとかノーブラとか気にしていないみたいだけど、それは俺のことを信用しているからだと思うし、もちろん俺だってやましい気持ちはない――。変に誤解されないように今後も平常心を心掛けよう)
乃亜を傷付けることだけはしたくないと葵が決意していると、着替えが終わった乃亜が葵を呼んだ。
「シャツやスカートは大丈夫そうですか?」
「ばっちし! これで堂々と帰れる」
乃亜がリビングの窓から外の様子をうかがうと、風雨が落ち着いて小降りになっていた。
「帰るなら今のうち――てか、雨に濡れたせいでガレキのことなんもできなかったー!」
「そうでしたね。でもガレキ製作は急がなくても良いと思いますよ」
放課後の時間を無駄にしたことを悔しがる乃亜を葵はなだめる。
「そう言えば……傘壊れていましたよね? 俺の傘で良ければ使って下さい」
「マジ? てかさぁ、今日は赤ちゃんに助けられっぱなしじゃん!」
「困った時はお互い様です」
「そーだけど……えへへ、ありゃーと」
不意に見せた乃亜の無邪気な笑顔に葵は心を打たれてしまった。
(こんな可愛い顔……俺なんかに見せてくれるんだ……)
普段の会話や友人達と話す時に見せる笑顔とはまた違う、素をさらけ出したような愛くるしい乃亜の笑顔を見ることができて、葵は胸がいっぱいになる。
葵は照れ隠しのように視線を逸らし、窓の外に広がる曇天を見つめる。
「――もうすぐ、梅雨明けですかね」
「かもね~。期末も終わったし、次は夏休みじゃん!」
期待に胸膨らむ乃亜のまぶしい横顔に葵も自然に笑みがこぼれた。




