↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/96

第72話 脱衣所って、つくれちゃう?

 

 廊下に出た葵はようやく落ち着くことができた。


(急な雨だったし、今日はうちに寄らず駅からそのまま帰ってもらった方が良かったのかも知れない……)


 乃亜が雨に濡れてしまったのは、突風によって傘を飛ばされたからであり、自然現象という不可抗力(ふかこうりょく)なので葵に責任はないが、乃亜にとっては散々だったはずだ。


(綾音さんに着替え……と言っても、俺の服しかない……)


 一人暮らしである葵は自分の服しか持っていないため、着替えは必然的に男物になる。


 着替えを取りに葵が脱衣所の前を離れようとした時、突然脱衣所の中から乃亜の悲鳴が響き渡った。


「――えっ!? あ、綾音さん? どうしました!?」


 脱衣所の扉越しに葵が呼び掛けていると、バタバタという足音の後に扉が勢いよく開き、黒いレース下着姿の乃亜が飛び出して来て葵の体にすがりついた。


「で、出たっ! ヤバいって! マジヤバいから!」


「あ、綾音さん!? その格好……ちょ、ちょっとまずいです!」


「赤ちゃん助けて! 出たの! 奴が! ガチデカいやつ! ご、ゴキ……Gがいんの!」


「G……ですか? というか一旦離れて下さい! 綾音さん、その……下着なので!」


「はっ?」


 葵の腰に腕を絡め、すがりついていた乃亜は自分の体を見下ろす。


「あっ、ヤバっ!?」


 慌てて葵から離れた乃亜は後ろを向き、背中を丸めて床の上にしゃがみ込む。


「それよりもあれ! あいつを何とかして! マジエグいから!」


 下着姿の乃亜は脱衣所を指差して必死に叫んでおり、葵は乃亜を見ないように目を背けながら脱衣所に入る。


(綾音さん……〝G〟って言っていたけど、Gってゴキブリのことで良いんだよな?)


 脱衣所の中を見回していた葵はふと、あることを思い出す。


「あっ! まさか……」


 葵は脱衣所の隅(すみ)に置いていた箱型の青いプラスチックケースの前に向かう。


「やっぱり……綾音さん、中を見ちゃったのか……」


 ケースの蓋(ふた)が床に落ちており、乃亜が悲鳴を上げた原因を葵は突き止める。


 葵は棚(たな)からバスタオルを取ると、できるだけ視線を逸(そ)らしながら廊下に出る。そして、背を向けて床にしゃがみ込んでいる乃亜の背中に広げたバスタオルをそっと掛けた。


「――綾音さん。びっくりさせてしまい申し訳ありません……」


「……えっ? ど、どーいうこと?」


 バスタオルで体を包(くる)んだ乃亜は恐る恐る振り返り、葵の顔を見上げる。


「綾音さんが見たゴキ――いえ、ゴキブリ(G)ですが……あれ、実はフィギュアなんです」


「――へっ?」


 葵の言葉が一瞬理解できず、乃亜は呆気に取られる。


「脱衣所の隅に置いていたプラケースの中を見ました?」


「そう、だけど……え、待って。フィギュア!?」


「あの中に入っているのは動物フィギュアなんです。主にカプセルトイのフィギュアが中心ですが……」


「マ!? リアルガチ? あれが!?」


「動物フィギュアもPVCやABSなどプラスチック素材が多いですが、例のあれはTPR――熱可塑性(ねつかそせい)ゴムという素材のフィギュアです。熱可塑性ゴム(TPR)は熱可塑性エラストマー(TPE)の一種で、ゴムのような弾力性や柔軟性を持った素材です」


「ゴムみたい……? だから、超リアルだった的な?」


「そうですね。あれはカプセルトイで、ゴキブリやミミズなどがラインナップされていました。サイズは実物より大きめですよ」


「それでかぁ~。だって手のひらサイズだったし、ガチで心臓止まるかと思った……」


 葵が詳しく話を聞くと、脱衣所で制服を脱いでいた乃亜は隅に置いてあった謎のプラケースに気付いて興味本位で近付いたそうだ。


 その箱型をしたプラスチックケースの蓋(ふた)はしっかり閉まっておらず、乃亜が蓋(ふた)の隙間(すきま)から中を覗(のぞ)くと、サメやシーラカンスなどの動物フィギュアが入っているのを発見する。


 他にはどんな動物フィギュアが入っているのか確認するために乃亜が蓋(ふた)を開けたところ、同じくケース内に入っていた超リアルなゴキブリのフィギュアを本物と勘違いしてしまい、悲鳴を上げて逃げ出した――ということだった。


「てかさ~、なんで脱衣所にフィギュア置いてんの?」


「あの動物フィギュアは、ケースに入れて飾っていなかったので埃(ほこり)を被っており、浴室で洗おうと仮置きしていたんです」


「あーね。でも、マジビビったぁ~!」


「驚かせてしまい、すみません」


「赤ちゃんは悪くないから。勝手に覗(のぞ)いたのはあたしだし、罰(ばつ)が当たったのかも」


 葵が動物フィギュアを脱衣所に置いたのは数日前であり、学校帰りに雨に濡れた乃亜が脱衣所を使うこと自体、葵にとっては想定外だったのでどちらが悪いとも言えなかった。


「綾音さん。念のため、フィギュアを確認しますか?」


「ムリムリムリっ! マジで無理っ! あたし虫が苦手だし、絶対夢に出る!」


「そうですか。フィギュアと分かっていても、脱衣所に置いてあると落ち着かないと思いますので、別の部屋に移動させますね」


「ごめん、助かる」


 動物フィギュアが入ったプラケースを葵が回収した後、乃亜は改めてシャワーを浴びに脱衣所へ戻った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。