第70話 梅雨って、つくれちゃう?
七月上旬に実施された一学期の期末テストも終了し、テスト期間が明けると通常授業に戻った。授業科目ごとに採点されたテストの答案用紙が返却される中、今回も葵は平均点以上の点数を取って期末テストを終える。
その日、夕方のホームルームが終わって葵が帰り支度をしていると乃亜が席までやって来る。
「赤ちゃーん! 一緒に帰ろ~!」
「綾音さん、今日バイトはないんですか?」
「そう、シフトない日。莉里奈達がバイトでさ、今日は一人なの」
乃亜のバイトがある日、葵は学校から乃亜が降りる駅まで一緒に帰っていた。逆にバイトがない日、乃亜は友人である莉里奈や星羅と一緒に帰ることが多いが、二人とも都合が悪い場合、帰る方向が同じ葵を誘って下校している。
「期末もさ~、赤ちゃんと勉強会したおかげで補習なかったし、莉里奈達もマジ感謝してたじゃん」
乃亜と昇降口に向かいながら、葵は期末テスト最終日のことを思い出す。
その日の三時限目で期末テストが全て終わり、ホームルームの後に放課となった後はテストの打ち上げということで、葵は乃亜と莉里奈、星羅というギャル三人に誘われてカラオケへ行くことになる。
カラオケ店で葵は、勉強会のお礼をさせて欲しいと莉里奈や星羅からフードメニューを奢ってもらうことになった。葵は遠慮して一品しか頼まなかったものの、莉里奈達がじゃんじゃん注文してしまい、葵は歌う代わりにお腹いっぱいごちそうになっていた。
「――テストの結果は、皆さんが勉強会で真面目に取り組まれたおかげです。最初は色々と大変でしたが……」
「てか、あたしらだけじゃ百パー詰んでたし、やっぱ赤ちゃんの教え方が上手いからじゃない?」
「そうですかね? 自分ではあんまり実感が湧かないです……」
「ガレキ製作もそーじゃん? 教え方が上手くないと、あたしも完成までいけなかったし」
自分の能力を謙遜する葵を乃亜は純粋に褒めて伸ばした。
昇降口に着くと乃亜は上履きからローファーに履き替え、傘置き場から自分の傘を手にした葵と一緒に校舎の外へ出ると、灰色の分厚い雲に覆われた空を見上げる。
「帰るまで、雨降らないと良いですね」
「だね~。濡れるのやだし」
傘を持っている葵と違い、乃亜の荷物はスクールバッグ以外にない。
(赤ちゃん、傘持ってきたのか……。まあ雨降っても、折りたたみ傘あるし)
乃亜はいつもスクールバッグの中に晴雨兼用の折りたたみ傘を入れていた。
校門を出た葵と乃亜は、通い慣れた駅までの道のりを並んで歩く。
「――赤ちゃん。最近、何かフィギュア買った?」
「最近はカプセルトイのフィギュアをよく買っています。小さいのにクオリティが高いですし、コレクション性もありますね」
「今ってオンラインもあるし、近くになくても回せて便利だよね~」
いつものようにフィギュアやアニメなどの話で盛り上がりながら駅まで歩き、二人は電車に乗った。
電車に揺られながら乃亜はスマホを取り出し、天気予報を確認する。
(予報だと、雨降るのは夜の始め頃か……)
時刻を見て雨が降るまで余裕があると判断し、乃亜は隣に立っている葵に声を掛けた。
「ねえ赤ちゃん。帰りに赤ちゃんとこ寄っても良い? 土曜にやった表面処理、びみょーなとこで終わったじゃん? あれ、ずっと気になってさ~。少しでも進めときたいなと思って」
「俺は構いませんよ」
乃亜は現在、二体目のガレージキットを製作中であり、予定がない時は葵の自宅マンションにある作業部屋に通っていた。今回も作業のアドバイスや見守りしている葵は乃亜の頼みを快く了解する。
電車が葵の最寄り駅である新百合ヶ丘駅に到着し、一緒に降りた乃亜が改札を出て出口に向かって歩いていると、次第に駅舎の外から雨音が聞こえ始め、外に出ると南口にあるタイル張りのデッキを雨粒が激しく叩いていた。
「げっ!? めっちゃ雨降ってるし! 天気予報、外れじゃーん」
乃亜の隣で灰色の空を見上げていた葵はスマホを取り出す。
「――強い雨ですが、ゲリラ豪雨ではなさそうですね。流れてきた雨雲によるにわか雨かも知れません」
突然の雨だったようで、駅南口の外に張り出した屋根の下には雨宿りする多くの人達であふれていた。
「あ~あ、雨とか最悪……早く梅雨明けないかなぁ」
「でも梅雨明けしたら、今度は暑くなりますね」
「それな。年々さ、暑さがエグいことになってるし」
急な雨に愚痴をこぼしつつ、乃亜は折りたたみ傘を出そうとスクールバッグに手を突っ込んだ。
「――あれ? そう言えば、綾音さん……傘持っていないんですか?」
「えっ?」
そんな葵の一言に乃亜は思わず手を止め、スクールバッグの中から取り出そうとしていた折りたたみ傘を戻す。
(え、待って。これ……ラブコメとかで良くあるシチュじゃん! 傘がひとつしかなくて、主人公とヒロインが相合い傘しちゃう的な?)
ピンと閃いた乃亜は心の中でほくそ笑む。
(相合い傘のシチュになった時、赤ちゃんがどんな反応するかめっちゃ気になるぅ~! ちょっとだけ、からかっちゃお~!)
スクールバッグから手を抜き、乃亜は困ったように曇り空を見上げる。
「そーなの。雨降らないと思ってさ、傘持ってきてない」
(フッフッフッ……折りたたみ傘あるけど、忘れたふりしてみたり~)
乃亜は葵と距離を詰めると、隣にピッタリと寄り添う。
「赤ちゃん、傘持ってるよね? 家まで一緒に入れて」
葵がどんな反応をするか乃亜が心待ちにしていると、葵は冷静にスクールバッグの中を探って一本の折りたたみ傘を取り出した。
「――綾音さん、これ使って下さい。」
「はぁぁぁっ!?」
「俺、いつもバッグに折りたたみ傘を入れているんです」
全く予想していなかった展開に、乃亜は思わず心の声を表に出してしまった。
「え、待って。赤ちゃん……傘持ってきてるじゃん。なんで折りたたみ傘もあるの?」
「普通の傘の方が大きいので……。折りたたみ傘は傘を忘れた時や、失くした時の保険として入れています」
「そう……」
(いや、あたしも日傘兼用だから、いつも持ってるけどさぁ……)
これでは乃亜がわざと傘を持っていないふりをしても、相合い傘になるシチュエーションが成立しなくなってしまう。
「――でもさ! 折りたたみ傘って小さいじゃん? 濡れたくないし、赤ちゃんの傘で一緒に――」
「では、綾音さんはこちらの普通の傘を使って下さい。俺は折りたたみ傘で大丈夫です」
(そ、そうなるよね――……じゃなくて! めっちゃ気使ってくれるのはうれしいけどさぁ、そうじゃないの!)
乃亜は相合い傘のシチュエーションを再現すべく食い下がる。
「いやぁ~、その……なんか今日はさ、赤ちゃんの傘、雨で濡らしたくない気分的な?」
苦し紛れに言い訳を絞り出し、何を言っているか乃亜自身も分からなかった。
「そ、そうなんですね……」
(うわっ!? 赤ちゃん引いてる! ドン引きしてるじゃん!)
葵から変な奴だと思われているに違いないと、乃亜は心がざわついた。




