第69話 夏休みの予定って、つくれちゃう?
勉強会という本来の目的を思い出し、作業部屋からリビングに移動した四人はテーブルを囲む。
前回、乃亜と二人きりで行った勉強会はダイニングテーブルを使用したが、二人用で椅子も二脚しかないため、今回はリビングでの勉強会となる。
「――飲み物を持ってきますね」
「赤ちゃん、あたしも手伝う!」
キッチンに向かう葵を追って乃亜が席を立つ。
「じゃ、私らはお菓子の準備だな」
「やっぱ勉強って頭使うし、糖分は必要だよね~」
途中のコンビニで買ったお菓子を星羅が袋からテーブルに出すと、早速莉里奈がチョコ菓子を手に取って開封する。
「やる前から食ってんじゃん」
人数分の麦茶が注がれたグラスをトレイに乗せて運んできた乃亜は、すでにお菓子を口にしている莉里奈にツッコミを入れる。
「てか、勉強前に糖分補給は必要じゃん?」
「莉里奈の場合、食べる量が多いんだよ。血糖値上がると眠くなるぞ?」
「全然へーきだし!」
麦茶をテーブルに配り終えた乃亜から空のトレイを受け取った葵は、楽しそうにじゃれ合うギャル達を微笑ましそうに見つめる。
(三人とも仲良いなぁ……友達ってこんな感じなのか……)
これまで友達がいなかった葵にとって、みんなで集まって勉強会ということ自体が初めての体験であり、普段と違って良い意味で騒がしい我が家のリビングに新鮮味を感じる。
四人がテーブルを囲んだところでようやく勉強会が始まるかと思いきや、莉里奈の一言で話がすぐに脱線する。
「――てかさ、期末終わってちょっとしたら夏休みじゃん? 今年どこ行く?」
「やっぱ海~! あとプールとか? 定番のショッピングやカフェ巡りも外せないし」
乃亜も勉強会そっちのけで挙手し、要望を提案する。
「プールならさ、ナイプーとかどう? なんか映えるらしいじゃん」
いつもなら乃亜と莉里奈のブレーキ役である星羅もなぜか乗っかって案を出す。
「良いじゃん! てか行きたい!」
勉強会で集まったはずが、なぜか夏休みの予定決めで盛り上がってしまう。葵はギャル三人のテンションと勢いに押され、口出しすることもできない。
(綾音さんだけならまだ意見できるけど、ギャルが三人も集まると俺の力だけじゃどうにもできない……)
「――バブたんは? 夏休み予定とかあんの?」
不意に莉里奈から話を振られ、我に返った葵は慌てふためく。
「お、俺ですか!? 夏休みは、その……綾音さんと造形フェスに行く予定になっていたと思います……」
「ヤバっ! 赤ちゃん、あたしとの約束覚えてくれてたんだ!」
乃亜はうれしそうに顔をにやけさせ、上機嫌になる。
「造形フェス……なんだっけ?」
「ほら、前に乃亜が言ってただろ。フィギュアのイベントだっけ?」
「それそれ。夏と冬の年二回、開催されてるの」
「フィギュアのイベントとか、二人にピッタリじゃん!」
「赤ちん。他に予定は?」
星羅の何気ない質問に葵は少し間を置くと、どこか言いにくそうに口を開く。
「綾音さんとの約束以外は……ずっと作業部屋に籠って、フィギュア製作や造形の勉強をしようかと――」
「マ!?」
「はぁっ!?」
乃亜は以前、葵から休日の過ごし方を聞いていたので無反応だったが、莉里奈と星羅は夏休みにどこへも出掛けず、他に予定がない葵のことが信じられなくて驚愕した。
「赤ちん……どこにも行かないってマジ? 遊ばないわけ!?」
「は、はい……」
「それヤバいって! ありえないんですけど!?」
「なんで? マジイミフだわ……」
莉里奈と星羅は葵の考え方が理解できず、テーブルから身を乗り出しながら質問攻めする。
「てか、乃亜は知ってたわけ?」
「まーね。あたしも初めて聞いた時、ヤバいって思ったし」
「ほんとそれ。夏休みなのに遊ばないとか……」
莉里奈と星羅は眉をひそめ、困惑した表情で葵のことを見つめる。
「小さい頃からそうだったので、もう慣れっこなんです……」
葵が莉里奈と星羅から責められている構図になったため、ここで乃亜が助け舟を出す。
「二人とも、さっき赤ちゃんが作ったフィギュア見たでしょ? 赤ちゃんがどこにも出掛けず、家にこもってるのは原型師っていう夢を叶えるためでもあるし、応援もしたいじゃん?」
「夢のため……そーかもだけど、ねぇ?」
「なんか健康に悪そうじゃん。てかさ、乃亜はそれで良いのか?」
星羅の問いに乃亜は首をブンブンと横に振る。
「全然良くないし! あたしも世話になってるから恩返しじゃないけど、予定空いてる時とか、一緒に遊びに行こうって約束したの。赤ちゃん、覚えてるよね?」
「は、はい! 覚えています」
プレッシャーを与えるごとく横から乃亜に顔を覗き込まれ、葵は緊張したように背筋をピンと伸ばす。
「この前とかさ~、赤ちゃんと横浜行ったの!」
「マ? つか、遊ぶならウチらも誘えよな!」
「てかその時は莉里奈達って、赤ちゃんとあんま絡みなかったじゃん」
「そだっけ? まあー、別に良いけどさ~」
テンションや態度がコロコロと変化する莉里奈のノリに葵はついていけず、ただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「乃亜と赤ちんの関係は分かった。てか毎回とは言わないけどさ、予定合うならたまには私らも混ぜてくれよな。赤ちんとも遊びたいし」
「それな! 乃亜良いしょ?」
「もちおけ~! てか、赤ちゃんは良いの?」
「は、はい! 俺は大丈夫です……」
葵はその場の空気に流されるまま返事してしまう。
乃亜と同じように距離感が近く、ノリが良い莉里奈と星羅に対して葵は圧倒されてしまう。だが今までの友人がいなかった葵は、自分が想像することさえできなかった体験をしていることに正直驚いていた。
(綾音さんと知り合えただけでも奇跡なのに、綾音さんの友達である不知火さんと富士桜さんとまでも仲良くなるなんて……)
乃亜以外にも交友関係が広がったことは、これまで友人がいなかった葵には未知数な部分もあったが、今日三人のやり取りを見ていると不安要素は少なそうに感じた。
「じゃあさ! どこ行く? やっぱ、まずは海?」
葵とも遊べることが判明し、莉里奈と星羅は途中だった夏休みの予定に話を戻す。
ギャル三名が再び話に盛り上がる中、会話の外にいた葵が申し訳なさそうに右手を挙げた。
「おっ! バブたん、行きたいとこあんの?」
「赤ちゃん、遠慮せず言って!」
乃亜達が期待の眼差しを向けて言葉を待つが、葵はどこか言いづらそうに口を開く。
「あの、今日は……勉強会をするために集まったと思うのですが……」
「「「――あっ」」」
ギャル三人は本来の目的を思い出す。
(今の反応、三人とも素で忘れていたみたいだ……)
勉強会のことを思い出し、ここから軌道修正できると思っていた葵の期待はすぐに裏切られる。
「とりま、勉強は次からで良くね?」
「あーね。もう結構な時間過ぎたしな」
「――ということで赤ちゃん。あたしら、明日から本気出すから!」
(この流れ、大丈夫なのだろうか……)
本当にテスト勉強を行えるのか葵は心配するものの、乃亜達の勢いに押されて何も言い返せないまま、「はい」とだけ告げる。
「夏休み、めっちゃ楽しみ!」
「でもさ、今年も暑さがエグそうじゃね?」
「日焼け対策は一年中してるけど、夏は特にヤバいからなぁ」
(三人とも、すでに夏休み直前みたいな浮かれようだ……。日焼け対策は大事かも知れないけど、まずは先に期末テストの心配をして欲しい……)
期末テストに向けての勉強会を引き受けることになり、教える立場にある葵は今から夏休みを楽しみにしている乃亜達に赤点を取っては欲しくない。
そのため、乃亜が宣言したように明日から本気出して勉強会に臨もうと決意を新たにするのだった。




