第66話 修理って、つくれちゃう?
葵が二人を作業部屋に通すと、紅愛は作業机の上に並んだ道具類に目を奪われる。
「ここが作業部屋……すごい! たくさん道具が置いてありますね」
「色んな物でごちゃごちゃしていますが、どうぞ」
作業机の前に二人を案内し、葵は椅子に座ると乃亜が運んできたフィギュアの本体と台座を受け取る。
ポーズを決めて片足立ちするフィギュアを逆さまに持ち、葵は改めてチアシューズを履いた右足の裏と台座を確認する。
「フィギュアを支える台座の支柱が折れ、右足の裏にあるダボ穴に埋まっていますね。この場合、ピンバイスで穴を開けて引っ張れば取れますが、支柱が接着されていると取れません。そのため右足と台座に穴を開け、強度を保つために真鍮線を入れます」
「ガレキ製作の時、軸打ちで使ったやつね」
「そうです。接着剤だけの修理では強度不足です。特にこのフィギュアは片足立ちなので、なおさら強度が必要ですね」
作業机に向かう葵の両隣に立って作業を見守る綾音姉妹だが、ガレージキットを作ったことがある乃亜と違い、紅愛は説明を聞いてもピンこなかった。
「紅愛。ピンバイスっていうのはね、手で回して使う先端にドリルの刃がついた工具なの。ダボっていうのはパーツ同時を組み合わせる時、ずれないようにするための棒や突起のことかな」
「乃亜姉すごい! めっちゃ詳しいね」
以前、説明を受けていた乃亜が作業する葵に代わって紅愛に解説する。
「――ところで綾音さん。妹さんもですが、修理のために接着剤――瞬間接着剤を使われたそうですが瞬間接着剤は硬化する時、硬化しきれなかった成分が空気中の水蒸気と反応してフィギュア表面に付着し、硬化時に白くなってしまう場合があるのであまりオススメはしません」
「マ!? それヤバいじゃん!?」
「綾音さん。以前、天気が悪い時は塗装を控えた方が良いと説明したのを覚えていますか?」
「あ~っ、かぶりだっけ? あれも白化する――って、まさか同じ現象!?」
「そうですね。幸い、チアシューズと台座は白なので白化現象が起きてもあまり目立ちませんが、暗い色などで塗装されている部分は白化すると目立ってしまいます」
「ヤバ~っ。今度から注意するわ」
「瞬間接着剤を使う際、硬化時間が問題です。専用の硬化促進剤を使えば、すぐに硬化するので白化は防げますよ」
「硬化促進剤! あれか~、一瞬で固まるやつ!」
乃亜は納得するが紅愛は首を傾げていたため、乃亜が硬化促進剤のことを説明する。
「フィギュア修理にオススメの接着剤は、2液混合タイプのエポキシ系接着剤ですね。強力なので強度もありますし、白化もしません」
「それも……なんか前に聞いた気がする……」
「接着剤にも色々種類があるんですね。勉強になります!」
「フィギュアを壊してしまい焦る気持ちは分かりますが、修理する前にまずは調べてみて下さい。ネットには様々な情報が載っていますので」
「あーね。でも、あたしは後先考えず行動しちゃうからなぁ~」
「私も焦ってしまい、調べるということが頭に浮かびませんでした……」
姉妹らしく、たまにそそっかしいところはよく似ていると葵は思った。
乃亜と紅愛が見守る中、葵は折れた支柱が埋まっているチアシューズの裏と台座に
1.0ミリのピンバイスを使って貫通しないように穴を開け、0.9ミリの真鍮線を適度な長さにカットする。
次にピンバイスで開けた穴に真鍮線を差して長さを調整し、印をつけてカットした後に再度差して確認を終える。
「あとは真鍮線をフィギュア側、今回はチアシューズ裏の穴に差してエポキシ接着剤で接着し、台座の穴に差して立たせた状態で硬化するまで固定します」
葵はフィギュアの支えにフィギュア用のスタンドを使用し、無事に修理を終えた。駄女神アンヌのフィギュアは破損品となってしまったが、葵の修理によって破損品とは分からないほど元通りの姿になる。
「ヤバっ! さすが赤ちゃん!」
「赤千谷さん、ありがとうございました!」
綾音姉妹からお礼を言われ、葵は照れくさそうに笑う。
「駄女神アンヌは後日取りに来て下さい。完全硬化のために時間も必要なため、それまで俺が預かっておきますね」
「おけえ! また時間ある時、引き取りに来るね」
フィギュアの修理も終わり、紅愛が葵の元を訪ねたことから始まった一連の出来事も最終的には円満な結末を迎える。
修理は一時間も掛からず終わってしまい、駄女神アンヌの引き取りも後日であるため、用が済んだ乃亜と紅愛は帰り支度をする。
玄関で綾音姉妹を見送る葵に紅愛が深々と頭を下げた。
「――赤千谷さん、今日は本当にありがとうございました! 色々ありましたが、赤千谷さんが協力して下さったおかげで無事に済みました」
「俺は自分ができることをやっただけです。綾音さんとの関係が悪くならずに良かったです」
「まあー、でも……赤ちゃんの家まで押し掛けのはヤバいけどね」
「そ、それは……赤千谷さん、本当にすみません!」
意地悪そうにニヤリと微笑む乃亜にチクリと刺され、紅愛が何度も謝罪するので葵は「気にしてないです」と返す。
「てかさ、紅愛。赤千谷さんって呼び方、よそよそしくない? 二人はもう知り合いだし、気軽に〝赤ちゃん〟で良いじゃん!」
「さすがに年上だし、赤ちゃんは……呼ぶなら〝赤さん〟とか?」
「赤さん? それ良いじゃん!」
名字の赤千谷呼びではなく、〝赤さん〟と紅愛から呼ばれた葵は思わず顔を伏せてしまう。
「す、すみません! 今日知り合ったばっかりなのに、気軽に呼ぶのは失礼でした! 普通に赤千谷さんで――」
「いいえ、違うんです。名字呼びではない呼び方で、呼んでもらったのがうれしくてつい……」
「え、えっと……」
「紅愛には言ってなかったか。赤ちゃん、これまでずっと名字でしか呼ばれたことなくて、あだ名とか愛称で呼ばれるのが超うれしいんだって」
「そ、そうなんだ……」
苦笑いを浮かべる紅愛の姿を見て我に返り、葵はいたたまれない気持ちになる。
(妹さんに変な人って思われていそうだ……。でも本名より、気軽に呼んでもらえるのはやっぱりうれしいな)
「赤千谷――いえ、赤さん……今日はお世話になりました」
まだ呼び方がぎこちないが、紅愛は葵のことを『赤さん』呼びに決めた。
「赤ちゃん! フィギュアの修理代は引き取りに来た時払うね」
「い、いいえ! 余ったものを使ったので恐らく数百円も掛かっていませんし、修理代は結構ですよ」
「だ~めっ! 前も言ったでしょ? こーいうことはちゃんとしないと」
「そ、それじゃ……今度、飲み物を奢って頂けますか?」
「おけえ! 好きなの奢る!」
何度も頭を下げる紅愛と付き添う乃亜を見送り、二人が帰ってしまうと途端に部屋の中が静けさに包まれ、葵はどこか寂しさを覚える。
(やっぱり、綾音さんがいると賑やかになるなぁ……色々あったけど、二人の関係が悪くならなくて本当に良かった)
一人っ子である葵は仲の良い乃亜と紅愛の姉妹関係を見て、ちょっぴりうらやましい気持ちになった。




