第64話 謝罪って、つくれちゃう?
すぐに我に返った乃亜は顔を上げた。沈みかけていた意識が一気に引き戻される。
「え、今なんて言った? 赤ちゃんと付き合うんでしょ?」
「付き合う!? あ、綾音さん! 俺と妹さんは何でもありませんよ!?」
全力で否定する葵の姿を見て、乃亜は首を傾げる。
「え、待って」
何か違和感を覚え、眉をひそめた乃亜は対面に座っている葵と紅愛を交互に見つめる。
「訊きたいんだけど……赤ちゃんって、紅愛とどーいう関係? 二人は付き合うんでしょ?」
「えっ!? つ、付き合わないですよ!」
乃亜の一言に葵は激しく取り乱す。
「そもそも、妹さんと会ったのは今日が初めてですから!」
「今日!? え、紅愛……そーなの?」
紅愛は頭を勢い良く縦に振って葵との関係を否定する。
「ほ、本当だよ。赤千谷さんとは、そんな関係じゃなくて……」
「じゃあ、友達とか?」
「友達というわけでもないですね……今朝会ったばかりで、お互いに詳しく知りませんし……」
「そーなん? でもさ、今日二人で一緒に出掛けてなかった? あたしら、川崎駅前で偶然二人を見かけたんだけど……」
「川崎駅……」
なぜ乃亜が二人の関係を誤解しているのか葵と紅愛は理解できなかったが、二人を目撃したという乃亜の証言でピンとくる。
「あれさ、二人でデートしてたんじゃないの?」
「ち、違います! デートとか、そういうのではなくて……一緒にショップを回っていただけで……」
「そ、そう! それだけなの!」
「……それって、デートじゃん」
乃亜から疑いの目を向けられた葵はタジタジになってしまう。
(さっきから妙に綾音さんが変だったのは、俺と妹さんが付き合うと勘違いして話を進めていたからなのか……)
乃亜に関係を誤解されてしまい、思わず隣に座る紅愛に助けを求めようとした葵だったが、紅愛はフィギュアを壊してしまった負い目もあり、逆に葵のことを不安そうに見つめ返す。
(俺は何をやっているんだ……一番不安なのは妹さんじゃないか。ここは俺がしっかりしないと!)
心の中で気合いを入れ直した葵は話を切り出す。
「綾音さん! 今日の……妹さんと一緒にいた理由も、今から話す内容を聞いて頂いたら全て分かりますので、どうか落ち着いて聞いて下さい」
「まあ、話は聞くけど……てか紅愛、さっきなんて言ったの?」
「綾音さん! 今から話しますので」
葵が隣に座る紅愛にアイコンタクトを送ると、うなずいた紅愛はテーブルの上に置いていた紙袋の中から駄女神アンヌのフィギュアを取り出す。
「おっ! 駄女神アンヌたんじゃーん! これ、ナンバーワンくじのやつだよね?」
紅愛がテーブルに置いた駄女神アンヌのフィギュアは台座があるにもかかわらず、自立させないで横に寝かされた状態であることを乃亜は疑問に思い、葵に触れて良いか確認を取って手に持つ。
「――てかこれ、壊れてない? 足の裏と台座のやつ、折れてるじゃん!」
駄女神アンヌを手に取って眺めていた乃亜は破損に気付く。
「これ赤ちゃんの? あたしも同じやつ、持ってるんだよね~!」
そんな一言に紅愛の体がビクッと震える。
「この時さ~、引きが良くて一枚目でA賞きたの! すごくない?」
「それはすごいですね! くじ運あるんじゃないですか?」
葵は乃亜につられて共感するが、この後謝罪をする紅愛の立場を余計に悪くしてしまったことに気付いて反省する。
(綾音さん、妹さんがフィギュアを壊したことを知らないみたいだ……。さっき分かっている、知っていると言っていたのは、妹さんとの関係を誤解していたことだったみたいだ……)
「で? この駄女神アンヌがどーかしたの?」
「綾音さん。今から全てをお話ししますので、最後まで落ち着いて聞いて下さいね」
「な~に? もったいぶっちゃって~」
「その駄女神アンヌですが……それは綾音さんの持ち物です」
「んっ? どゆこと?」
ピンと来なかったのか、乃亜は不思議そうに首を傾げる。
「――赤千谷さん、私から話します……」
そう切り出した紅愛は昨日から今日にかけて起こった、一連の内容を全て乃亜に話した。
自分のフィギュアを壊されたことが分かり、それを知った乃亜が激怒するかも知れないと葵は警戒していた。しかし乃亜は意外にも冷静に話を聞いており、これには事情を話す紅愛も予想外だったようで、身構えて体から少し力が抜ける。
「――というわけなの……」
全てを話し終わった紅愛は伏せ目がちで反応をうかがうと、乃亜は眉をひそめながら紅愛のことを黙って見つめ、口を真一文字に結んで胸の下で腕組みする。
(綾音さん……怒らないわけがないよな……)
小さい頃と違い、乃亜は感情の抑制ができているようだが、それでも不満そうな態度が全身からピリピリと伝わっており、葵はこの場の雰囲気が悪くなったことを感じた。
「――……うん、事情はよーく分かった。赤ちゃんが紅愛と行動してた謎もね」
「綾音さん。代わりのフィギュアを探しましたが手に入らなかったため、俺が責任を持って修理します。妹さんも故意に壊したわけではないですし、反省されていますので許して頂けませんか?」
乃亜に全てを話して萎縮している紅愛のことがいたたまれなくなり、葵は助け舟を出すものの、乃亜の態度は変わらない。
「てかさ。今回の件、赤ちゃんは関係なくない? むしろ、紅愛の責任逃れのために巻き込まれた感じじゃん」
「そ、そうかも知れませんが……」
乃亜が言っていることは正論だが、ここで引き下がってしまうと姉妹の関係修復が遠のいてしまうと考え、葵は引き下がらない。
「確かに巻き込まれたかも知れませんが、妹さんから相談を受けてフィギュア探しや修理の依頼を承諾したのは俺自身の意思です。フィギュアのことで綾音さんと妹さんの仲が悪くなるのは、部外者かも知れませんが俺も望んでいません。だから協力しました」
葵が自分の言葉を伝えると、乃亜はそっとため息をつく。
「――赤ちゃん優しすぎ。てか、フィギュアのこと話したらあたしが激怒すると思って、こっそり後つけてさ、赤ちゃんちまで特定するのはやり過ぎでしょ。紅愛、赤ちゃんに迷惑掛けたこと謝ったの?」
「ううん……まだ謝ってない……」
その一言で乃亜が射抜くような鋭い視線を送り、紅愛は葵の方に向き直ると深々と頭を下げた。
「赤千谷さん! ストーカーみたいな真似をして、本当にすみませんでした!」
「色々と事情があったみたいですし、こうして謝罪して頂いたので気にしていません。妹さん、顔を上げて下さい」
しばらく頭を下げていた紅愛がようやく顔を上げ、座ったまま乃亜の方に再び向き直る。
「――乃亜姉、フィギュアを壊してごめんなさい! 壊したのはわざとじゃないの! 何とかしようと思ったけど、私の力じゃどうにもできなくて……それで赤千谷さんにも迷惑掛けちゃって……本当にごめんなさい!」
今にも泣きそうな顔になり、必死に謝罪する紅愛のことを黙って見つめていた乃亜だったが、不意にソファーから立ち上がるとテーブルを回って紅愛の前に仁王立ちする。
(あ、綾音さん……まさか、怒鳴るつもりじゃ!? 感情を表に出さず静かに怒っていたみたいだけど、それが逆に怖かったし……)
葵が仲裁に入ろうと腰を浮かせた時、突然乃亜が紅愛の前にしゃがみ込んで両肩にそっと手を添えた。
「――紅愛。フィギュアのこと、謝る必要ないから」
「……えっ?」
想像と違った言葉を掛けられ、紅愛は呆気に取られてしまう。
「あたしが怒ってたのはさ、赤ちゃんに迷惑掛けたことだけ……。紅愛はきちんと謝ったし、もう怒ってないから」
「で、でも……フィギュアを壊しちゃって――」
不安と緊張で涙ぐむ紅愛の瞳を乃亜は真っ直ぐに見つめ、申し訳なさそうに微笑んだ。
「紅愛――、誤解させてマジごめん。謝らないといけないのはあたしの方だし」
「……へっ? ど、どういうこと?」
さっきから乃亜の言っていることが分からず、紅愛と同様に葵も首を傾げる。
「だって、あのフィギュア――……紅愛が壊す前から壊れてたの」
全く予想していなかった乃亜の告白に葵と紅愛は思わず真顔になる。
「……はっ? ええーっ!?」
紅愛は事実を受け入れるまで少し時間が掛かってしまった。




