第63話 呼び出しって、つくれちゃう?
莉里奈達と別れた後、乃亜は電車に揺られながら手に持ったスマホをぼんやりと見つめていたが、不意に鳴った通知音でハッと我に返る。
乃亜がスマホを確認すると、葵からLIMEにメッセージが届いていた。
表示された内容は二つ。
『話したいことがあります』
『時間があるなら、帰りに俺の家に寄って下さい』
画面を見つめたまま、乃亜は何度もメッセージを読み返した。
――話したいこと。
その一言が、胸の奥にじわりと重く沈む。
メッセージを受け取った乃亜は、なぜか不安に胸をざわつかせる。頭をよぎったのはカフェから目撃した葵と紅愛の姿――。
心臓が内側から叩くように強く波打つ。まるで、これから何かが変わってしまうと告げるように。
(――え、待って。今日!? めっちゃ急じゃん!?)
昼間、葵が紅愛と二人きりで歩いていたことが鮮明にフラッシュバックし、不安と緊張が入り混じった感情が胸の奥に湧き上がる。
(話したいこと……まさか、紅愛との関係? あたしらが目撃したことは知らないはずだし、これはたまたま? 偶然?)
乃亜の頭の中に色々な想像が浮かんでは消えていく。
(そうだ、返事!)
この程度のことで考え込むなど、いつもの自分らしくないと乃亜は気持ちを切り替え、帰宅途中なので葵の自宅マンションに寄ると返信する。
(なんか妙に緊張する……てか、赤ちゃんから話!? 今までこんなことなかったじゃん!)
駅に着いて葵の自宅マンションに向かいながら、こんなに緊張するのはいつぶりだろうと乃亜は思った。
(――状況的に紅愛のことだろうし、話聞くのがなんか怖い)
色々な想像をしていると、乃亜はあっという間に葵の自宅マンションに到着してしまう。
エレベーターに乗って最上階の五階で降り、角部屋である葵の部屋に着いた乃亜は深呼吸した後にインターホンを鳴らす。
すぐに玄関ドアの向こう側から物音がしてドアが開き、黒のTシャツとカーキーのパンツ姿の葵が乃亜を出迎えた。
(駅前で見た時と同じ服!? やっぱ、赤ちゃんで確定じゃん)
「綾音さん、わざわざ寄って頂きありがとうございます」
「大丈夫! 今日は早めに解散したし」
「そうだったんですね。どうぞ、入って下さい」
靴を脱ぐ時、乃亜は玄関に置いてあるレディースの白スニーカーを見逃さなかった。
(これ紅愛のスニーカーじゃん! え、待って。紅愛も赤ちゃんちにいるの!?)
玄関でスニーカーを見つけたことにより、呼び出しの内容が紅愛絡みの話だと乃亜は確信する。
「――ねえ、赤ちゃん。こんなスニーカー持ってたっけ?」
乃亜の性格上、もう訊かずにはいられなかった。
「こ、これはその、えっと……中で詳しくお話ししますので……」
「ふ~ん、まあ良いけど」
葵の困った反応を見て、平静を装いつつも乃亜の心情は乱れに乱れていた。
(やっぱそーいうこと!? なんか、赤ちゃんも落ち着かない感じだし……)
葵の自宅マンションを訪れるまでは不安だったものの、葵の裏にいる紅愛の存在が判明すると疑念が確信に変わり、不安な気持ちはどこかに消えてしまった。
葵に続いて乃亜がリビングに入ると、テーブルの向こう側に恐縮した様子で肩をすくめる紅愛が座っているのが見えた。
(やっぱいた! 紅愛……マジで赤ちゃんとどーいう関係!?)
見慣れた妹のスニーカーで確信したものの、本人と直接顔を合わせるとさすがに動揺が隠せない。
リビングに置いてある二人掛け用のソファーに乃亜を座らせた葵はテーブルを回り、乃亜の向かい側にいる紅愛の隣に腰を下ろす。
(赤ちゃん、やっぱ紅愛側!? なんか、あたしがお客みたいじゃん……)
対面側に並んで座る葵と紅愛の関係を乃亜は色々勘ぐる。
両者が揃ったところで葵が口を開く。
「――綾音さん、色々と訊きたいことがあるかと――」
「あるあるあるっ! めっちゃある! 当たり前じゃん! 何この状況? どーいうこと!?」
つい大声を上げた乃亜の姿に紅愛はビクッと肩を震わせ、肩身が狭そうに縮こまってしまう。
「綾音さん、落ち着いて下さい! それは今から詳しくお話ししますので……」
乃亜をなだめながら葵がアイコンタクトを送ると、隣に座る紅愛は黙ってうなずいた。
紅愛にも確認を取り、葵は乃亜と話し合いに入る。
(綾音さん……フィギュアが壊れたと分かったら怒るかも知れないけど、それだと妹さんが余計に謝りづらくなるし、何とか上手く間を取り持たないと)
葵が話を切り出そうとした時、乃亜が待ったをかけた。
「――赤ちゃんが何を言いたいのか、よ~く分かってるから」
「……えっ?」
予想外な乃亜の一言に、葵と紅愛は思わず顔を見合わせた。
「――妹さん。もしかすると、綾音さんは全部知っているんじゃないですか?」
「そ、そうなんですかね?」
葵は紅愛が壊してしまった駄女神アンヌのフィギュアを、乃亜の部屋から持ち出していることを思い出した。
(フィギュア好きな綾音さんのことだ……飾っていた駄女神アンヌがないことに気付いて、色々察したんじゃないか? 状況的に部屋へ入ったのは妹さん以外に考えられないし……)
二人がコソコソ話す様子を見た乃亜はニヤリと微笑む。
本人を前にして緊張している紅愛はまだ言い出せそうにないため、葵が代わりに対応する。
「あの、綾音さん……さっき分かっているとおっしゃいましたが、怒っていますか?」
質問を聞いて乃亜は眉をひそめる。
「怒る? なんで? 怒るわけないじゃん! むしろ、喜ぶべきじゃない?」
「喜ぶ……?」
「いやー、まさか赤ちゃんが紅愛とねぇ~」
(綾音さん、フィギュアを壊されたことを知っているのに怒っていない? それどころか、やけにご機嫌なのはなぜだろう……?)
「で、二人は知り合いなの?」
乃亜の心境は葵に分からなかったが、ここで質問をはぐらかして機嫌を損ねるのは良くないと考えて正直に話す。
「はい、そうです」
「やっぱねぇ~! で、どっちが声掛けたの?」
「最初に声を掛けたのは俺です。妹さんが俺のマンションを訪ねて来られましたので」
「紅愛が!? え、はっ? 赤ちゃんちに!? ガチで? 紅愛、そんな積極的だった!?」
事実が分かるたび、乃亜は衝撃を受けたようにハイテンションで驚き続ける。
「そっか~、やっぱガチだったかぁ」
駅前を二人きりで歩いている姿を見た時から、乃亜はもしやと思っていた。
葵から話があると家に呼ばれ、そこに紅愛も同席していたことが確定的であり、呼ばれた理由は二人が付き合うことになった報告だと乃亜は確信する。
「そ~なんだぁ……。まあでも赤ちゃんも大切な友達だし、紅愛も可愛い妹だからなんも言えんわ」
先程からテンションがおかしい乃亜に首を傾げつつ、葵は謝罪に向けた話を進める。
「綾音さん。妹さんがやってしまったこと、怒ってはいないんですね?」
紅愛が謝罪する際の不安要素を取り除こうと、葵は念を押して尋ねる。
「いや、イミフだし。あたしが怒るわけないじゃーん! むしろ、めっちゃ応援するし!」
「お、応援? 怒っていないなら、こちらとしても助かりますけど……」
葵は隣に座る紅愛の方を見るが、変なテンションである乃亜の様子は紅愛も理解不能だった。
(フィギュア壊したのに怒るどころか応援? どういう意味だ? 綾音さん、怒っていないということは、故意に壊したわけではないと分かっている……。つまり、壊してしまったことも経験の一つだと、妹さんを応援しているってことなのか?)
家に招いた乃亜の様子は普段と変わらなかったが、リビングで紅愛と顔を合わせた時、乃亜が何か悟った表情になったことを葵は見逃さなかった。
(綾音さん、事情を知っているのに機嫌が良いし、これは穏便に済みそうだ)
あとは紅愛が正直に謝るだけであり、葵はそっと紅愛に声を掛ける。
乃亜と顔を合わせた時から緊張と不安で萎縮していた紅愛だったが、なぜか機嫌の良い乃亜の態度を見て、いくらか気持ちが和らぐ。
葵の一言に後押しされた紅愛はピンと背筋を伸ばし、しっかりと乃亜の目を見つめた。
「――乃亜姉、話があるの」
「分かってる。二人を見たら大体察しつくけど、こーいうのは本人の意思表示が大事だよね~」
せっかく妹が勇気を出して葵との関係を告白するのだ。大事な場面で茶化すわけにはいかず、乃亜も黙って紅愛の言葉を待つ。
「――あのね、乃亜姉……なんか知っているみたいだけど――」
「めっちゃ知ってる」
「――乃亜姉のフィギュア、壊しちゃったの!」
「おめでと~! 赤ちゃんとカップルにぃ――……えっ?」
頭に思い浮かべていたことと、紅愛の告白内容に齟齬が生じて乃亜の思考が一瞬だけ停止した。




