第62話 疑念って、つくれちゃう?
葵の説得により、紅愛が決意を決める数時間前――。
その日、乃亜は友人である金髪ギャルの莉里奈と、銀髪ギャルの星羅とともに川崎市内を遊び回っていた。
一通り遊んだ後、乃亜達は休憩のため川崎駅周辺にある商業施設のカフェに入る。そのカフェは三階に店舗を構えており、通りに面した部分は開放感のあるガラス張りのテラス席になっていた。
「――ねえ、次どこ行く~?」
「んーっ、横浜とか?」
三人はテラス席に座って次の行き先を相談していると、人や車が行き交う通りを眺めていた星羅が何かに気付く。
「ねえ……あれ、レアちんじゃないか?」
「レアレア? どこ?」
対面側に座っていた莉里奈が星羅の視線を追って通りを見下ろす。
「え? 紅愛いるの?」
莉里奈と星羅は乃亜の妹である紅愛と顔見知りであり、莉里奈は〝レアレア〟、星羅は〝レアちん〟とそれぞれ呼んでいた。
「そーいえば、今日はあたしより先に出掛けたっぽいけど、一人?」
「ん~っ? 誰かと一緒な感じ……てか、男じゃね?」
「はっ!? 男!?」
紅愛が今朝からどこかへ出掛けたのは乃亜も知っていたが、まさか男と一緒にいるとは思っておらず、すぐに席を立つとガラス張りの壁面に顔を突きつけ、目を皿のようにして紅愛を捜す。
「え、どこ!? いなくない!?」
「奥にある横断歩道のとこ。グレーのTシャツと黒のスカート穿いている」
隣にいる星羅から服装の情報を得るが、人通りが多くて乃亜は紅愛を見つけられない。
「え、待って。あれって……んんっ?」
紅愛らしき少女を見つけ、目を凝らして追っていた莉里奈が隣にいる人物の顔を観察していてハッとする。
「ねえ……レアレアと一緒にいるの、バブたんじゃね?」
「はぁっ!? 赤ちゃん!?」
「莉里奈もそう思うか? 私も赤ちんっぽいなぁ~とは思ってたけど」
「ど、どこ!?」
「ほら、一番左の信号機のとこ。」
星羅に言われて乃亜が目を凝らすと、ようやく横断歩道で信号待ちをする男女の姿を捉えた。
「はっ? え、待って。マジで赤ちゃんと紅愛じゃん……なんで一緒にいるの!?」
突然のことに理解が追いつかず、乃亜は通りを見下ろしたまま固まってしまう。
「まあ、ふつーにデートじゃね?」
莉里奈の安直な意見を乃亜は否定する。
「いや、ないから! てか赤ちゃんと紅愛って面識ないし! お互いに顔も名前も知らないはず……」
横断歩道を並んで歩き始めた葵と紅愛を目で追いながら、乃亜はわけが分からず頭を抱える。
「じゃあ、ナンパだ。赤ちんがナンパした相手が偶然レアちんだったとか」
「……赤ちゃんがナンパするキャラだとマジで思ってる?」
「やっぱないか~。じゃあ、逆にレアちんがナンパした相手が赤ちんで――」
「紅愛もそんな性格じゃないし!」
そんな不毛な議論を続けているうちに、葵と紅愛の姿は建物の陰に入って見えなくなってしまった。
「マジか……ちょっと行ってくる!」
とっさに走り出そうとした乃亜の腕を星羅がむんずと掴んで引き止めた。
「ちょ離して! 見失っちゃうじゃん!」
「落ち着け! てか、もう間に合わないし」
休日に葵と紅愛がなぜ一緒に行動している状況が分からず、乃亜は半分パニック状態だった。
「乃亜~、別に慌てなくても良くない? どっかの知らない男ならまだしも、レアレアといたのはバブたんじゃん」
「それな。お互いの関係は分からんけど、もしデートだったら突撃するのは野暮だろ?」
莉里奈と星羅に諭された乃亜は少し落ち着き、肩から力を抜くと諦めたように座っていた席に戻る。
(いやいやいや! なんで赤ちゃんと紅愛が一緒にいんの!? てか、どこで知り合ったわけ!? イミフだし! ああーっ、もうっ!)
状況や関係性が未だに理解できず、受け入れがたい事実を知った乃亜はテーブルに突っ伏した。
「……なんか、めっちゃモヤモヤする」
「乃亜、昨日バブたんのとこ行ったんでしょ? 今日のこととか、なんか話してなかったの?」
「いや、なんも……つーか、今日もいつも通りフィギュア作るとか言ってたし……」
テーブルに突っ伏したまま、乃亜は頭を抱える。
「レアちんも?」
「なんも聞いてない……てか、二人がいつ知り合ったのかも知らないし~」
葵と紅愛――、もし二人の関係を繋ぐとすれば、それは確実に乃亜が関与するはずだが、何の予兆や前触れ、フラグに匂わせなどもなく、唐突にお互いの関係性が出来上がったとしか思えなかった。
「ありえないんですけど!? なんか、しんど……」
自分が知らない間に葵と紅愛に接点ができていたことがショックであり、テンションが下がりまくる乃亜の様子を隣で眺めていた莉里奈と星羅も、状況が分からなくて迂闊に擁護もできない。
「てか乃亜。バブたんに連絡してみれば?」
「それだ!」
莉里奈の一言で乃亜は跳ね起きると、テーブルに置いていたスマホを手に取って高速で指を動かす。
「乃亜、ストレートには聞くなよ」
「分かってるし!」
メッセージを送信し、乃亜はスマホをテーブルに置く。
「『今何してる?』って送ったけど、返事来るかな?」
「赤ちんだし、あるだろ」
「レアレアと一緒だし、すぐには来ないっしょ」
乃亜がテーブルの上にあるスマホをじっと見つめていると、LIMEの通知音が鳴った。
「もう来た!」
「で? バブたんなんて?」
葵からの返事が気になるのか、莉里奈と星羅も思わず前のめりになる。
「『用事で外に出ています』『買い物中です』――だって」
「お~っ、バブたん正直じゃん」
莉里奈が感心する中、乃亜は再びメッセージを送る。
「今度はどこで買い物してるか訊いてみた」
メッセージを送るとすぐに葵からの返信が届く。
「今、川崎駅の近くにいるって」
「まさにこの場所じゃん。返信見る限り、赤ちんには後ろめたいことなさそうだな」
「だね~。嘘とかついてないし」
葵が正直者ということは分かったが、乃亜は更に探りを入れようとメッセージを送る。
「『赤ちゃん一人?』『あたしら近くにいるから一緒にランチしよ?』って誘ってみた」
「カマかけてんじゃん」
「うーわ。乃亜わる~」
葵には悪いと思いながら、莉里奈と星羅もこの後の展開に興味津々な様子だった。
乃亜達が返信を待っていると、しばらくして葵からメッセージが届く。
「で? 赤ちんなんて?」
「『一人です』『今は買い物を終わらせて電車で帰っています』『荷物が多いので、また機会があれば誘って下さい』――だって」
「バブたん、上手くかわしたじゃん」
「連れがいることは隠したっぽいな」
葵とLIMEのやり取りをしていた乃亜は思わず眉をひそめ、どこか不満げにスマホの画面をじっと見つめる。
「……てかさ、赤ちゃんは紅愛があたしの妹って知ってんのかな?」
「どーだろ。そもそも、知り合った経緯が分かんないし」
「もうさ、直に聞けば良くない?」
「でもプライベートなことだしなぁ。私らは外野で――まあ、乃亜は違うか」
莉里奈と星羅は今後の判断を乃亜に委ねたが、当の乃亜もどう対応して良いのか分からず、悩んでいる様子だった。
「紅愛との関係はよく分かんないけど……赤ちゃんとは友達だし、あたしが首を突っ込むのはやっぱウザい?」
「まーね。本人達の問題だし」
「赤ちんから何か言ってくるまで待ちだな」
二人の関係が不明であるため下手に口出しできず、プライベートな問題でもあるため細かく詮索せず、乃亜はしばらく様子見するということでこの話は一旦終りになった。
カフェを後にした三人は再び街に繰り出すものの、乃亜は葵と紅愛のことが頭から離れないせいか、ずっと心がモヤモヤして全然楽しむことができない。
一緒に行動する莉里奈と星羅も、上の空になって遊びに身が入らない乃亜の心境を察したのか、今日はいつもより早めに解散することになった。




