第61話 提案って、つくれちゃう?
紅愛の話を聞いて事情も分かるが、葵には引っ掛かっていることがある。
(フィギュアは修理できる……でも綾音さんに何も言わず修理したフィギュアをこっそりと返すことは、何だか騙した気分になってしまう……)
過去のわだかまりによって穏便に済ませたい紅愛の気持ちも理解できるが、故意ではなかったとはいえ、過ちを黙っておくのは良くないことだと考えて葵は切り出す。
「――妹さん。妹さんの事情や気持ちは良く分かりました。ですが壊したことが分からないように修理し、こっそりとフィギュアを戻すのは良くないと思います」
「……えっ?」
葵にフィギュアを修理してもらえることで安堵していた紅愛だが、葵の諭す一言に思わず眉をひそめる。
「もし妹さんの大切なものが知らない間に壊されてしまい、それが知らないうちに別の同じものにすり替わっていたり、気付かないように修理されていたらどう思いますか?」
「そ、それは……嫌です、けど……」
「今回のフィギュアにも、それと同じことが言えると思います。いくら未開封品の同じ駄女神アンヌを入手できても一度誰かの手に渡ったものであり、元通りに修理されたものも破損品――人によっては、ジャンク品扱いとなってしまいます」
葵の正論に紅愛は何も反論することができず、ただうつむいて話を聞く。
「今回、妹さんがフィギュアを壊してしまったのは故意にやったわけではなく、ただの事故ですよね? 部屋に入れてしまった綾音さんにも非がないとは言えませんし、きちんと事情を話せば綾音さんも分かってくれると思います」
「で、でも! 大切にしているフィギュアを故意ではないとはいえ、壊してしまったんですよ!? さっき話した小さい頃の話もフィギュアを踏みつけたのはわざとではなく、ただの事故なんです! 過去そうだったように乃亜姉は激怒して、絶対に許してくれません!」
過去の出来事が軽いトラウマになっているせいか、乃亜+フィギュアの組み合わせでやらかしてしまったことは、紅愛にとって致命的なことだった。
怒られる恐怖と関係が悪化する不安で紅愛はすっかり意気消沈してしまい、目を伏せて肩を落とした。
「――乃亜姉と喧嘩したのはそれっきりです……。最近はそのことも忘れかけていたんですが、昨日やってしまったことで記憶がフラッシュバックして……いくら謝っても許してくれないですし、一時的だとしても当時のように仲が悪くなるのは嫌なんです……」
言いながら紅愛は目を涙で潤ませ始め、今にも泣き出しそうな表情だ。
正論とは言え、軽く説教してしまった葵は人通りの多い駅前で泣かれてしまうと周囲から変な誤解を生んでしまうと思い、慌ててフォローを入れる。
「い、妹さん! 泣かないで下さい! フィギュアを壊してしまった件は、綾音さんに正直に謝った方が良いのは事実です。もし綾音さんにこの一件がバレてしまったら、子供の時以上に関係が悪化するかも知れません」
「――それは、分かってます……分かっていますけど、どっちにしろ正直に謝っても怒られます……」
「そうかも知れません……だから、俺も妹さんと一緒に謝ります!」
そんな葵の一言に今にも泣き出しそうだった紅愛は涙が止まり、思わず真顔になる。
「……えっ? 赤千谷さんも、謝る……?」
言っている意味が分からず、紅愛は呆気に取られてしまう。
(と、とりあえず……落ち着いてくれた……?)
目を丸くして立ち尽くす紅愛に葵はある提案をする。
「――妹さんが謝る時、俺も一緒に立ち会います。綾音さんも俺が一緒なら少しは遠慮して、妹さんを激しく責めないかも知れません」
「で、ですが……今回の件に何の関係もない赤千谷さんを巻き込みたくありません」
「いいえ。妹さんから相談を受け、フィギュアを修理すると言い切りました。俺も無関係ではありません。それに綾音さんが怒ってしまった場合も俺が仲裁に入り、フィギュアは元通りに修理すると説明すれば、多少は怒りも収まって話を聞いてくれるかと思います」
フィギュアを壊したことを黙っていると、事実が発覚した時に乃亜と紅愛の関係がこじれてしまう可能性があり、正直に事情を話して理解してもらう他なく、葵にできるのは乃亜をなだめ、フィギュアの修理という妥協案を出すことだけだった。
葵に説得される紅愛だが乃亜が許してくれる保証はどこにもなく、未だに不安で答えを出しきれない様子だった。
「確かにこれは俺の予想なので、綾音さんがどういった反応をするのか分かりません……。しかし、故意にやったことではないことをきちんと説明し、修理という方法に納得しなかった場合でも、いつか同じ駄女神アンヌを買って必ず弁償するという誠意を見せれば、綾音さんも鬼ではないので理解してくれると思います」
いくら代わりのフィギュアを入手したり、元通りに修理できたとしても誤って壊してしまった過ちは消えず、乃亜と紅愛の双方にとって得にはならない。
葵が必死に諭すと、黙って話を聞いていた紅愛は覚悟を決めた顔でうなずく。
「――分かりました。フィギュアのこと、乃亜姉に話して謝ります……。怒られるのは怖いですが、赤千谷さんが一緒にいてくれるなら……安心です」
今までずっと不安げな表情を浮かべていた紅愛だったが、葵が隣で一緒に謝罪を支えてくれることになり、胸を締めつけていた緊張がほどけて張りつめていた肩の力が抜けた。
不安に揺れていた視線も落ち着き、強張っていた表情も次第に緩んで少し笑みも浮かんだ。
心の奥底ではまだ完全に拭いきれない不安を残しつつも、紅愛にとって自分のことのように考えてくれる葵の存在はとても大きなものとなり、側にいてくれることが安堵へと繋がっていた。
「赤千谷さんの言葉で決意できました……よろしくお願いします!」
「はい。妹さんの力になれるように俺も頑張ります! 二人にはずっと仲良しな姉妹でいて欲しいですので」
紅愛から頼ってもらえることがうれしかったが、同時に葵には不安もある。
(――綾音さんの〝フィギュア愛〟は俺も知っている……まずは冷静になってもらい、きちんと妹さんの話を聞いてもらうのが重要だ)
口下手な葵と違い、乃亜は自分の思っていることや感じたことをストレートに話す性格であるため、怒りに任せて紅愛の謝罪を聞き入れなければ元も子もないのだ。
紅愛が落ち着いてきたところで葵はスマホを取り出す。
「謝るのは早い方が良いですよね。今日、綾音さんは不知火さん達――友達と遊びに行くと言っていましたが、もし時間があるなら帰りに俺のマンションに寄ってもらいましょう」
「は、はい! 私もできるだけ早い方が良いです」
葵はLIMEアプリを開くと乃亜にメッセージを送った。




