第60話 トラウマって、つくれちゃう?
中古品を扱うホビーショップを回る提案をした葵も、落ち込んでしまった紅愛には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「代わりのフィギュアは入手できませんでしたね……。では最初に話していた通り、俺が責任を持って修理しますが、それでよろしいですか?」
「は、はい! ぜひお願いします!」
絶望しかけていた紅愛だったが、葵の頼もしい一言に期待の眼差しを向ける。
「フィギュアは元通りに戻せると思います。きちんと謝れば、綾音さんも許してくれると思いますよ」
「――えっ? やっぱり、謝らないといけませんかね?」
なぜか紅愛は顔をうつむけ、表情を曇らせる。
「それが普通だと思いますけど……」
紅愛の煮えきらない態度を見て、葵は困惑してしまう。
(もしかして妹さん……綾音さんに謝らず、修理したフィギュアをこっそり返すつもりだったのか?)
「えっと、その……乃亜姉には謝らず、修理したフィギュアをこっそりと返すのはダメでしょうか?」
葵が心の中で思った内容が、そのまま紅愛の口から飛び出す。
「……妹さんは綾音さんと仲が悪いわけじゃないですよね? 以前、綾音さんから妹がいると話してくれた時、ずっと仲が良いとおっしゃっていました」
「乃亜姉とは、仲はとても良いです……それに悪いことをしたら素直に謝ります。でも……フィギュアのことに関しては無理なんです! たとえ謝っても、乃亜姉は絶対に許してくれません!」
急に紅愛の口調が強くなる。葵はそんな様子を見て、過去に姉妹の間でフィギュアに関するトラブルがあったようだと察した。
「……何か、フィギュアのことでわだかまりがあるみたいですね。妹さん、良ければ話してくれませんか?」
紅愛は黙ってうなずき、遠い目をしながら経緯を語り始めた。
「――乃亜姉は今と変わらず、小さい頃から美少女フィギュアがとても好きでした……」
「綾音さん、昔から好きなものがずっと変わらないんですね」
「はい……。あれは乃亜姉が小学生、私が幼稚園に通っていた頃でした……。当時、乃亜姉はカプセルトイで販売されていた魔法少女のミニフィギュアを集めていたんです」
(カプセルトイか……種類が豊富でキャラクターもの以外のラインナップも多いし、何よりクオリティーが高いんだよなぁ……)
葵も似たような経験があり、過去の自分に思いを馳せる。
「乃亜姉はおこづかいを貯めたりして、たくさんコレクションしていました。そしてようやくシークレットキャラが出たのですが……そのシークレットのミニフィギュアを私が誤って踏みつけてしまい、壊してしまったことがあるんです……」
その話の流れから、葵は色々と察してしまう。
「フィギュアを踏みつけた私は痛くて大泣きしました。泣いている私に気付いた乃亜姉がすぐに駆け付けたのですが……心配したのは私ではなく、踏まれたフィギュアの方だったんです。そして、フィギュアが壊れたことが分かると、めちゃくちゃ怒られました……」
その当時の様子が頭に浮かんできたのか、紅愛は目を伏せて気落ちする。
「フィギュアを踏んだ足の裏が痛いし、乃亜姉からは怒られて私はただ泣き喚くしかありませんでした……。騒ぎを聞きつけたお母さんがその場を収めてくれましたが、フィギュアを壊されて怒る鬼のような乃亜姉の顔は今でも忘れられません……」
「色々とお察しします……それからどうなったんですか?」
「乃亜姉は私に壊れたフィギュアを返せと言って聞かず、仕方なくお母さんが乃亜姉を連れ出してカプセルトイが置いてあるショップに行きました。そこで試しにお母さんがカプセルトイを回したら一発でシークレットキャラが出たようで、あれだけ怒っていた乃亜姉の態度がコロッと変わり、その後はずっとご機嫌で私にも謝ってくれたんです……」
「な、なるほど……最終的には丸く収まったんですね」
紅愛も故意にフィギュアを踏みつけたわけでなく、大切なフィギュアを床に置いていた乃亜にも責任があるかも知れないが、結果的に母親のおかげで今はお互いに軋轢もなく、姉妹として良い関係を築いていた。
「確かに仲直りできましたが、私は乃亜姉からフィギュアのことでめちゃくちゃ怒られた時のことが今でも忘れられないんです。それからは乃亜姉が持っているフィギュアには可能な限り近付かず、できるだけ避けて生活してきました……」
「当時のことが、トラウマになってしまったんですね」
紅愛は小さくうなずく。
「それなのに……昨日はフィンガーアイロンを譲ってもらえることに舞い上がってしまったせいか、気を付けていたのに乃亜姉のフィギュアを壊してしまったんです……」
「……事情は分かりました」
「お願いです! もう頼れるのは赤千谷さんしかいないんです! どうか、フィギュアを修理して下さい!」
人通りの多い駅前にもかかわらず、紅愛は葵の前に回ると深々と頭を下げた。周囲を行き交う人々は何事かと思い、葵達の姿を横目に見る。
「い、妹さん! 顔を上げて下さい! フィギュアは元通りに修理しますので!」
葵が断言すると紅愛は顔を上げ、安堵の息をもらす。
「ありがとうございます……」
ようやく落ち着いた様子の紅愛だったが、葵はどこか煮えきれない心情だった。




