第59話 特定って、つくれちゃう?
紅愛が乗る電車は時刻通り、昼前に新百合ヶ丘駅へ到着する。新百合ヶ丘駅はプラットホームの上階に駅舎のある橋上駅舎であり、改札を出ると駅の出口は北口と南口に分かれていた。
乃亜がどちらの出口を利用するのか分からないため、紅愛は改札口が見える南口に近い通路の隅に立って乃亜の到着を待つ。
(乃亜姉……まさか、一本前の電車で着たってことはないよね?)
もしそうだとするならば、すでに乃亜は駅を後にしており、紅愛が改札を見張る意味もなくなってしまう。
紅愛はスマホで乃亜のSNSをチェックするがリアルタイムな投稿はなく、まだ駅に着いていないことを祈るばかりだった。
紅愛が二十分ほど改札を見張っていると、白のキャップを被った長身の女性が改札口から出て来るのが見えた。
(――乃亜姉だ! あの格好、間違いない!)
ハイトーンのミルクティーベージュという明るい髪色とギャルメイク、遠目に見ても分かる長身のモデル体型で、服はシアーフリルスタンドカラーブラウスにデニムパンツという紅愛が今朝見たままの格好であり、顔もチェックして乃亜本人だと確認する。
改札を出た乃亜は南口に向かって歩き始めたため、紅愛は慌てて近くにあったコインロッカーの物陰に隠れて乃亜をやり過ごす。
(出るのは南口か……)
コインロッカーの物陰に身を隠す紅愛に気付くことなく乃亜は出口に向かい、その後を追った紅愛は尾行を開始する。
(なんか、ストーカーしているみたいで嫌だなぁ……)
人が多くても乃亜の姿は目立つので見失うことはないが、フィギュアを壊してしまったことに加え、それを知られないように赤ちゃんなる人物の家を特定する目的で姉を尾行しているのだ。
紅愛は罪悪感に苛まれるが、今後もお互いに良好な関係を保つためだと自分自身に言い聞かせる。
駅から出た乃亜は南口に広がるデッキを歩いて街の中を通り、通い慣れたルートを移動すると徒歩5分も掛からず、駅近くにある五階建てのマンションに入って行った。
(――あのマンションが、赤ちゃんって人の家?)
紅愛も乃亜の後を追ってマンションの一階にあるエントランスに向かう。オートロック式のマンションではなかったため、そのままマンション内に入った乃亜は共用部分に進んでエレベーターに乗った。
紅愛はエントランスで立ち止まって集合ポストを確認するものの、防犯のためかどの郵便受けにも入居者の名前は出ておらず、この分では各部屋の表札にも名前がないのではと思った。
すぐにエントランスから外に飛び出した紅愛は道路を走ってマンションの反対側に回り込み、ベランダ側とは反対側のマンション各階の各戸ドアが見える位置まで移動する。
「――はぁはぁ……乃亜姉は!?」
息を切らしながら紅愛が各階を順番に見ていくと、最上階である五階の外廊下を乃亜が歩いているのが見えた。
「いた! 五階の角部屋だ……」
目で追っていた紅愛は、乃亜が五階に4戸ある部屋の一番端にある角部屋の前で立ち止まり、インターホンを鳴らすのを確認する。
すぐに赤ちゃんなる人物が出迎えたのか、玄関ドアが開く。下から見上げていた紅愛の位置から姿は見えなかったものの、乃亜は角部屋の中へと消えていった。
(間違いない……あそこが赤ちゃんっていう人の家だ」
住んでいる場所を特定し、無事にミッションを終えた紅愛はひとまず帰宅する。
本当はすぐにでも赤ちゃんなる人物にコンタクトを取り、壊れたフィギュアのことを相談したかったのだが、現在は乃亜が家を訪れていることもあり、会いに行ける状況ではなかった。
できるだけ早く問題を解決したい紅愛は、翌日の日曜日に希望を託す。
夕方になって乃亜が帰宅し、部屋から駄女神アンヌがなくなっていることに気付かないか紅愛は終始気が気でなかった。
夕食の時に乃亜と顔を合わせたが、フィンガーアイロンを試したかどうか訊かれただけで、駄女神アンヌについては気付いていないのか、特に何も言われることはなかった。
紅愛が何気なく翌日の予定を乃亜に尋ねると、明日は友人である莉里奈達と丸一日遊ぶ約束をしていることを知る。
莉里奈や星羅とは乃亜を通じて紅愛も顔見知りであり、友人との約束があるなら、赤ちゃんなる人物の自宅マンションには行かないだろうと紅愛は確信する。
こうして乃亜のスケジュールも確認し、紅愛は翌日の日曜日に赤ちゃんなる人物の家に行くことを決断した。
翌日、遊びに出掛ける乃亜よりも先に家を出た紅愛は、朝から葵の自宅マンションを訪ねた――。
「――という経緯がありまして、赤千谷さんの家を訪ねたところでした……」
一気に話し終えた紅愛は、ここで初めてグラスに入ったウーロン茶に口をつける。
「そんなことがあったんですね……。俺を訪ねて来た理由は分かりましたけど、綾音さんの後をつけて家を特定するのは、ストーカーに間違えられ――」
「決してストーカーとかじゃありません!」
さすがに紅愛も葵の自宅を特定したやり方はまずいと思っているようだ。しかし状況的に乃亜へ直接は聞けないため、こうするしかなかったと何度も謝った。
「――事情は分かりました。相談というのは、壊してしまったフィギュアの修理依頼ですか?」
「そうです……これなんですけど、直せますか?」
紅愛は持参していた紙袋の中から気泡緩衝材で厳重に保護されているフィギュアを取り出す。
「駄女神アンヌのフィギュア……このチアガール衣装は、ナンバーワンくじの景品ですね」
フィギュアをひと目見ただけで、キャラクター名とどこから発売されたフィギュアなのかを言い当てた葵に紅愛は目を丸くする。
「では、確認させて頂きます」
葵は紅愛から駄女神アンヌのフィギュアを受け取り、破損部分をチェックする。
「壊れているのは、足と台座を繋ぐ支柱だけみたいですね。支柱は接着されていますが修理は可能ですよ」
「ほ、本当ですか!? 代わりに同じフィギュアを買えないかメロカリとかで探したんですけど、どれも予算オーバーで買えなくて……」
「数年前のものでも、新品未開封だと値段は高めですね。中古なら価格は下がりますが……。中古品を扱っているリサイクルショップにも新品や未開封品が売ってありますし、ホビーショップを探してみても良いかも知れません。もし良ければ、俺が案内しますけど……」
「良いんですか!? 私、フィギュアのショップとかはよく分からなくて……お、お願いします!」
「分かりました。ではまず、代わりのフィギュアがないか探してみましょう。もしなかった場合、俺が修理します」
「よろしくお願いします!」
葵に相談して光明が差し、少し表情が明るくなった紅愛は深々と頭を下げた。
ファミレスを後にした葵と紅愛は壊れた駄女神アンヌを一旦葵の自宅マンションに置き、市内にある中古フィギュアなどホビー商品を取り扱うショップを見て回る。
何店舗も探し回るが、中古品はあっても新品や未開封品はほとんど見つからない。最後のホビーショップを後にし、駅に向かって歩く紅愛は肩を落として深いため息をつく。
「――品揃えが豊富なショップは大体見て回りましたが、やっぱり新品未開封となると数はないみたいですね」
「残念です……中古品はいくつか見かけましたが、破損品などもあるんですね。私が壊してしまった駄女神アンヌと一緒です……」
希望を抱いて中古ホビーショップを回ったものの、どこも空振りであり、しかも同じような破損品のフィギュアを見てしまったことで紅愛は罪悪感に苛まれた。




