第58話 打開策って、つくれちゃう?
ようやく紅愛は長い緊張から解放され、どっと疲れたように全身から力を抜く。
(よし、上手くいった……あとは固まるのを待って、乃亜姉が帰る前に戻しておけば完璧……)
接着中のフィギュアに振動や揺れを伝えないように気を付け、椅子からそっと立ち上がった紅愛は部屋を後にする。
コンビニで買い物を済ませて家に戻った紅愛は、リビングでスマホをいじりながら接着剤が固まるのを待つ。
フィギュアの破損した場所に接着剤を付けてから約二時間後、自分の部屋へと戻った紅愛はフィギュアの状態を確認する。
ペン立てとペンケースを支えにして自立する美少女フィギュアは、パッと見ただけではどこか壊れているのか分からない。
「時間経ったし、もうくっついたかな……」
紅愛はフィギュア本体を右手で支えながら、ペン立てとペンケースを真横にずらし、フィギュアを持つ手をそっと離すと、何の支えもなしフィギュアは自立した。
「やった! ちゃんとくっついた!」
紅愛はホッとして胸を撫で下ろす。乃亜が帰って来ないうちにフィギュアを元の場所に戻そうとフィギュアを掴んだ時、急にフィギュアがぐらついたかと思うと、接着剤を付けたはずのチアシューズが台座から外れてしまった。
「えっ? 何で!? まだ固まってなかったの!?」
紅愛はチアシューズの裏と台座の接着面を確認するが、接着剤でくっついていた跡が白く残っていた。
(そうか、台座との固定は片足だけ……支柱がないと接着面の強度だけじゃフィギュアの重さを支えきれないとか?)
瞬間接着剤で修理できないとなると、紅愛に手段は残されていなかった。紅愛は壊れたままのフィギュアを机に置き、スマホを手に取ると同じフィギュアが売られていないかネットで検索する。
おこづかいで買える金額なら、紅愛は新品を買って返すつもりだ。
紅愛も漫画やアニメは普通に観るため、ある程度の作品名などは分かる。すぐにキャラクター名からフィギュアの情報をネット検索する。
誤って壊してしまったフィギュアは『駄女神オンライン:ログインしたら即トラブル』というゲーム原作のアニメに登場するヒロインの一人、〝駄女神アンヌ〟というキャラクターだ。
「これ、ナンバーワンくじのA賞だったフィギュアか……」
駄女神アンヌのフィギュアは数年前に発売されたくじの景品であり、フリマアプリのメロカリを使ってフィギュアを検索すると、数年前の商品でも数十件はヒットするが、価格はどれも一万円超えの値段だった。
(だ、ダメだ……私のおこづかいじゃ買えない……)
紅愛はバイトができないため、月々のおこづかいだけでは到底足りず、代わりのフィギュアを手に入れる案は無理そうだった。
(ど、どうしよう……フィギュアを壊したのがバレたら、謝っても絶対怒られる……」
紅愛は絶望したように頭を抱え、机に突っ伏して塞ぎ込む。
フィギュアと台座の支柱が折れた時の修理のやり方を検索してみたものの、補強のために金属線やエポキシ接着剤を使うなど、紅愛にはよく分からないものが出てきてすぐに諦める。
(ど、どうすれば良いの……自分じゃ修理できないし、代わりのフィギュアも買えない……)
駄女神アンヌが壊れたことを知り、激怒する乃亜の顔が浮かんできて紅愛はよりいっそう憂鬱になる。
頭を抱えて悩む紅愛だったが、ふと乃亜が今朝言っていたことを思い出した。
〝「午後は赤ちゃんのとこ寄るつもり」〟
「――赤ちゃん……そ、そうだ! その人ならフィギュアを直せるんじゃ……」
紅愛は以前、乃亜が〝赤ちゃん〟と呼んでいる人物について尋ねたことがある。
バイトや友人との約束がない日、乃亜は〝赤ちゃん〟と呼んでいる謎の人物の自宅へ頻繁に通っており、そのことが紅愛は前々から気になっていた。
見習い天使エリスのガレージキットが完成し、乃亜が家に持ち帰って来た日に紅愛は〝赤ちゃん〟なる人物について尋ねる。
乃亜が〝赤ちゃん〟と呼んでいる人物はフィギュアについてとても詳しく、乃亜が赤ちゃんの家に通っている理由は、赤ちゃんからガレージキットと呼ばれるフィギュアの組み立てや塗装方法を教えてもらっているからだった。
「そうだ! 本名も聞いたはず……確か、赤なんとか……あおい、だっけ?」
紅愛は記憶を辿るが、あまり聞き慣れない名字ということもあってはっきりとは思い出せない。
(乃亜姉の友達だし、あおいって名前だから女の人なのは確定か……)
もう頼れるのはその赤ちゃんしかいないと考えた紅愛は、すぐに部屋着から黒のグラフィックTシャツと白のラインバルーンショートパンツに着替えると、ショルダーバッグにスマホや財布を入れて部屋を飛び出した。
母親の瑠璃に出掛けることを伝え、自宅を後にした紅愛は真っ直ぐ駅へ向かう。乃亜や紅愛が住む自宅は駅から徒歩十分ほどの距離にあり、住宅街からそれほど遠くなかった。
駅に着くと紅愛は電車に乗り、乃亜から聞いた情報を元に新百合ヶ丘駅を目指す。
(乃亜姉、確か赤ちゃんって人のところに行く時は新百合で降りるとか言ってたはず……)
紅愛はスマホで時刻を何度も気にしながら、乃亜がまだ新百合ヶ丘駅に到着していないことを祈った。
(乃亜姉、午前中はバイトで午後から赤ちゃんって人の家に行くと言ってたから、駅で待っていたら来るはず……)
乃亜のフィギュアを壊してしまった紅愛は〝赤ちゃん〟なる人物しか頼る術がなかったが、顔はもちろん住所や連絡先も分からない。
そこで紅愛が思い付いたのは、午後から赤ちゃんなる人物の家に向かうと言っていた乃亜の後をつけ、自宅を特定するという方法だった。




