第57話 破損って、つくれちゃう?
――時間は戻り、土曜日の朝。
綾音家の二階にある自室で、白のTシャツにグレーのスウェットショートパンツというラフな格好のままベッドの上に寝転がり、紅愛は暇そうにスマホをいじっていた。
しばらくダラダラと過ごしていた紅愛はベッドから起き上がると、冷蔵庫にある飲み物を取りに一階へ向かう。
階段を下りきった時、ちょうどリビングから出てきた私服姿の乃亜と廊下で鉢合わせする。
部屋着である紅愛とは違い、黒のシアーフリルスタンドカラーブラウスにブルー系のデニムパンツを華麗に着こなしている乃亜は、ハンドバッグを片手にヘアスタイルやメイク、指先のネイルもばっちりと決めていた。
乃亜の妹である紅愛は十四歳で中学二年生。ロングヘアを明るい髪色にしている乃亜とは違い、紅愛はストレートの黒髪で長さもミディアムだ。
身長は165センチで170センチある乃亜よりは低いものの、同級生の中でも高めの身長である。
「――乃亜姉。今からバイト?」
「だよ~。午後は赤ちゃんのとこ寄るつもり」
〝赤ちゃん〟と聞いた紅愛は、以前に乃亜から話を聞いた高校に入って新しくできた友人だということを思い出す。
(乃亜姉、最近はずっと赤ちゃんって人と遊んでるなぁ。めっちゃ気が合うのかな?)
軽い足取りで玄関に向かった乃亜が白のパンプスを履いていると、ふと何かを思い出して紅愛の方に振り返る。
「――ねえ、紅愛。フィンガーアイロンいる? 数回使ったけど、欲しいならあげる」
「本当!? くれるの?」
「もち! 出先で使えるかなと思ったけど、あたし的にビミョ~な感じだったわ」
指コテこと、フィンガーアイロンは長さ二十センチメートルほどの小型ヘアアイロンであり、おこづかいの他にバイトで稼いだお金で色んなものを買える乃亜とは違い、中学生はバイト禁止であるため、自分で買えないアイテムを譲ってもらえるのは紅愛にとってありがたかった。
「あたしもう出るし、部屋に入って良いから持ってちゃって。箱に戻してドレッサーのとこの棚に置いてるから」
「乃亜姉、ありがと!」
乃亜は笑みを返すと、紅愛に見送られながら自宅を後にする。
「やったー! フィンガーアイロン……乃亜姉が買った時から、ずっと気になってたやつだ」
期待に胸を躍らせながら二階に向かった紅愛は、自室の隣にある乃亜の部屋のドアを静かに開けた。
「――お邪魔しま~す」
そっと乃亜の部屋に入った紅愛は、棚の上にあるというフィンガーアイロンを探す。部屋の中は乃亜が集めたアニメキャラのタペストリーやポスターなどのグッズであふれかえっており、その中でも多いのが美少女フィギュアだ。
ガラス扉付きのフィギュアラックに入ったフィギュアの他にも、机の上や棚の上に様々なサイズの美少女フィギュアがずらりと並んでいる。
(乃亜姉の部屋、相変わらずグッズの量がすごいなぁ……)
部屋の中を見回していた紅愛は、ドレッサーの脇に置いてある棚の上に長方形をしている白い箱を見つける。
(あれかな……)
棚の前に向かうと、紅愛は箱の表面に記載されたブランドと商品名を確認し、念のために箱を開けて中身を確認する。箱の中にはほとんど新品と変わらないフィンガーアイロンが入っていた。
(これだ……数回しか使ってないとか言ってたけど、全然使用感ないかも)
目的のものを入手し、ご機嫌な紅愛はフィンガーアイロンを戻して箱の蓋を閉めようとしたが、誤って手を滑らせてしまい落下した蓋が棚の上を直撃した。
「や、やっちゃった……」
紅愛が棚の上を確認すると、並んでいた美少女フィギュアのうち一体が横倒しになっている。
「こ、壊れてないよね!?」
フィンガーアイロンを一旦足元に置き、紅愛はすぐに転倒させてしまったフィギュアを起こして確認する。
その美少女フィギュアはチアガール風の衣装に身を包み、両手にポンポンを持って右腕を突き上げ、片足立ちしたポーズを取っており、飛んでいったパーツはなかったものの、紅愛がフィギュアを起こすと、足を台座に固定する支柱が根本からポッキリと折れていた。
「う、嘘……でしょ!?」
紅愛の表情は数分前の笑顔から表情が一変し、顔が引きつって青ざめる。
「ま、まずい!? 乃亜姉に怒られ――いや、殺される!」
焦った紅愛はパニックになってその場で狼狽えていたが、乃亜が外出していたことを思い出して少し落ち着く。
「良かった……いや、良くないけど」
紅愛はフィギュアと台座を手に取ってチアシューズと台座を合わせてみるが、根本から支柱が折れているので当然くっつくはずもなく、そのままでは自立しないので誤魔化すこともできなかった。
(乃亜姉、フィンガーアイロンの隣に置いてあったフィギュアが壊れていたら、私が犯人だって絶対疑うよね……)
本人から許可をもらったとは言え、不在の間に部屋に入った自分が真っ先に疑われるのは確実であり、乃亜が帰宅するまでに何とかしようと紅愛は考える。
フィギュアを壊してしまったせいか、乃亜の部屋にいるのが居心地悪くなった紅愛はフィンガーアイロンと壊れたフィギュアを持ち、部屋を出ると隣にある自分の部屋に駆け込んだ。
フィンガーアイロンをもらえることになって喜んだのも束の間、一気に天国から地獄に突き落とされた気分の紅愛は深いため息をつき、持ってきてしまった壊れたフィギュアに目を落とす。
破損した部分は右足のチアシューズを台座に固定するための支柱だった。折れた支柱はチアシューズの底に開けられたダボ穴と、台座の穴にそれぞれ埋まっている。
フィギュアは左脚を曲げ、右脚を真っ直ぐに伸ばした片足立ちしているため、右足と台座を繋げる支柱が折れてしまうと自立させることができず、黙っていようにも誤魔化しが効かなかった。
「――そうだ、接着剤! 接着剤ってうちにあったかな?」
紅愛は接着剤を持っていなかったため、部屋を飛び出すと階段を駆け下りる。
「お母さーん! 接着剤ってどこだっけ!?」
一階で紅愛が母親を捜していると、呼ばれたことに気付いた瑠璃が洗面所からひょっこり顔を出す。
ベージュのTシャツとイージーパンツ姿で廊下に出てきた綾音瑠璃は、ダークブラウンに染めたロブヘアがよく似合う乃亜と紅愛の母親だ。
「お母さん! うちに接着剤ってある!?」
瑠璃は落ち着いた様子で廊下の一角にある扉を指差す。
「物置部屋にある工具箱の中に入ってなかったかしら? 普段使わないから、あそこになければ家にはないわ」
「ありがと! 工具箱ね」
紅愛は物置部屋の扉を開けると、中に入って工具箱を探す。綾音家にある工具箱の中身は組み立て式の家具などに使うドライバー、レンチセット程度で工具の数は少ない。
目的の工具箱は棚の一番下にあり、紅愛が中身を確認するとゼリータイプの瞬間接着剤が入っていた。過去に何かをくっつけたのか、瞬間接着剤は開封済みだ。
接着剤を持って二階の自室に戻った紅愛はフィギュアを置いていた机の前に座り、早速破損してしまったフィギュアの修理を開始する。
「この接着剤、固まってなければ良いけど……」
瞬間接着剤の先を台座の折れた支柱の面に付け、紅愛がチューブを軽く指先で押すと透明なゼリー状の接着剤が出た。
「良かった……固まってない」
すぐに紅愛はフィギュア本体を手に取り、慎重に右足の裏と台座をくっつける。
(えっと……どのくらい持ってたら良いんだろう? 瞬間接着剤っていうぐらいだから一分? いや、もっとかな?)
完全に固まるまで時間が掛かるのは紅愛も分かるが、手で支えなくても自立するにはどれくらい保持すれば良いのか知らなかった。
「どうしよう……ずっと持ってるわけにはいかないし……」
何か支えになりそうなものがないか紅愛は机の上を探し、ペン立てが目に留まる。
片手でペン立てを引き寄せると、膝を曲げているフィギュアの左脚がちょうどペン立ての縁に乗せられる高さであり、ポーチ型のペンケースを縦向きにしてペン立ての中に突っ込めば、フィギュア本体も支えられそうだった。
バランスなどを確認して紅愛がそっと両手を離すとフィギュアは倒れることなく、ペンケースを壁代わりにして寄りかかり、まだ仮ではあるが何とか自立した。




