第54話 やきもちって、つくれちゃう?
乃亜はソファーに座ったまま、曲げた両膝を手で抱える。
「――実は本音言うとさ。あの時、やきもち焼いてたのかも……」
「やきもち……バイトに戻られる時ですか?」
膝を両手で抱えたまま、乃亜は無言でうなずく。
(さっきはバイトとプライベートのせめぎ合いとか言っていたけど、やっぱり綾音さんも気にしていたみたいだ)
「別にさ……赤ちゃんは誰のものでもないから、莉里奈や星羅と話すのも全然良いわけじゃん?」
「そう、ですね」
「これまでもあたしがバイト中に、莉里奈達がカラオケに来たこともあったし、友達来たら最初は『おっ!?』ってなるけど、別にふつーのことじゃん? でも今回はさぁ……二人が赤ちゃんと一緒だったことが、なーんかショックだったっぽい」
(友達がバイト先に来ても問題ないけど、俺が莉里奈さん達と来店したことが綾音さん的に嫌だったということ?)
乃亜の心情を想像していた葵の頭にふとある疑問が浮いてきた。
(その感情って……まさか、綾音さんが俺に好意を抱いているからそう感じて――……いやいやいや! そんなこと絶対にありえない!)
思わず可能性も考えてしまったものの、今の説明で結論を出すのは早いだろうと葵は思い留まる。
「あれは……やっぱ、やきもちかな~。あの時、赤ちゃんが憎くてにらんだわけじゃなくて、あたしだけ楽しい空間に混ざれない嫉妬が、無意識に顔へ出ちゃったんだと思う」
いつも天真爛漫な乃亜が嫉妬するなど葵は思ってもおらず、今は黙って次の言葉を待った。
背中を丸めた乃亜は両膝の上にあごを乗せ、すっと息を吐く。
「――ほら、前に赤ちゃんと横浜行ったじゃん?」
ゴールデンウィークに乃亜と一緒に出掛けたことを思い出して葵はうなずく。
「あれってさ、赤ちゃんが休みの日にどこにも遊びに行かないって言うから、あたしが誘ったでしょ?」
「そうですね。あの時は綾音さんと横浜を回れて楽しかったです」
「あたしも! でさ、これからも赤ちゃんと一緒に色んなとこ遊びに行きたいと思ったわけ。ほら、いつもガレキ製作とかでお世話になってるじゃん?」
膝の上で顔だけ動かし、乃亜は葵の方をじっと見る。
「お礼って言うか、あたしにはそれぐらいしかできないし。なんか、自分勝手なことばっか言ってごめん」
「い、いいえ! そんなことありません! むしろ、お気遣い頂いてうれしいです」
そんな葵の一言に乃亜は思わず笑みをこぼす。
「――赤ちゃんと色んなとこに行きたいと思ってたからさ、昨日初カラだと聞いてやきもち焼いたんだと思う」
「そうだったんですね」
乃亜の話を聞いて、昨日不機嫌そうな表情を浮かべていた本当の理由を葵は知る。
(やっぱりそうだよな……昨日の綾音さんの態度は好意があるからとか、そう言うのじゃなくて、世話焼きな綾音さんの性格だからつい嫉妬して、それが顔に出てしまったみたいだ)
葵は変な早とちりと、少し期待してしまった自分がいたことに反省する。
(綾音さんはクラスの誰とでも話すし、俺だけ特別なわけじゃない……たまたま趣味が同じだったから、流れで仲良くなっただけだ)
陽キャな乃亜は初対面の相手にもフレンドリーで最初から距離感も近いため、葵が勘違いしてしまうのも無理はなかった。
「――赤ちゃん、マジごめん。昨日はなんか、気分悪くさせたみたいで」
「と、とんでもないです! 昨日の綾音さんは俺のことを誰よりも気遣ってくれているからこそ、表情に出てしまったと分かりましたので何だかうれしいです」
「マ!? そーいってもらえると、なんか助かる」
心の内を葵に打ち明けて乃亜はすっきりしたのか、いつもの自信たっぷりな顔に戻る。
昨日の一件も無事に解決し、胸のつかえが取れて葵も清々しい気分だった。
「赤ちゃん! 今度はあたしとカラオケ行こ!」
調子を取り戻した乃亜はノリノリで誘うが、葵の反応は控えめである。
「俺は歌とか苦手なので、カラオケは楽しめないかも知れません……」
「そーなの?」
「はい……昨日は何も歌いませんでしたし」
そんな葵の一言にピクリと反応した乃亜は急に目を輝かせ始める。
「歌わなかったの!?」
なぜか乃亜はうれしそうに体を左右に揺らし、ニヤリと笑う。
「歌わなかったならさ、昨日の初カラはノーカンってことじゃん? てことで、あたしと改めて初カラ行っちゃお~!」
「で、でも……歌うのは苦手で……」
「別に歌わなくて良いからさ。一緒に行くだけ! ねっ、お願い!」
顔の前で両手を合わせ、乃亜は頼み込む。
(綾音さん、どうしても初めてだけは誰にも譲りたくないみたいだ……)
実質的に葵の初カラオケは昨日ではあるが、歌わなかったこともあって乃亜の中ではノーカウントになっていた。
(綾音さんのことだし、了解するまで諦めないだろうなぁ……)
歌わなくても良いと乃亜が言っていたこともあり、葵には断る理由がなかった。
「――分かりました。俺も綾音さんと初カラオケ行きたいです」
「だよね~!」
葵から返事がもらえて乃亜は満面の笑みだ。
「別にさ、無理強いとかしないから」
半ば強制的なカラオケへの誘いが無理強いに思えてしまったが、誘ってきた相手が乃亜だったこともあり抵抗はあまりなかった。
(綾音さんは俺に色んなものを見せて体験させたいだけだし、振り回そうとしているわけじゃないのは分かる)
陽キャである乃亜のような性格になるのは無理だと葵は思うが、自分の苦手なものを避け続けてネガティブな発言ばかりをするのは良くないとも考える。
何でもできてしまいそうな乃亜にも不得意なことがあることは、ガレージキット製作の件で葵も承知している。苦手だから目をそらし続けるのではなく、乃亜のように苦手なものに対して一歩踏み出してみないと分からないこともあるのだ。
カラオケ――というより歌が苦手な葵だが、乃亜と一緒なら気兼ねなく楽しい時間を過ごせそうだと気持ちが楽になった。




