第53話 心境って、つくれちゃう?
莉里奈と星羅が数曲歌い終わると時間はあっという間に過ぎ、三人は乃亜のバイト先であるカラオケ店を後にする。
「――赤ちん、今日はありがと」
「またカラオケいこ~!」
「こちらこそ、話が聞けて良かったです」
今まで莉里奈と星羅のことは乃亜の友人という認識で少し近寄りがたい印象を持っていた葵だったが、実際に話してみると乃亜と同様に裏表がなく、誰とでもすぐに打ち解けられるコミュ力を持った気さくで話しやすいと葵は感じた。
駅で莉里奈達と解散した葵はホームで電車を待つ。
(よく考えてみたら、この駅って綾音さんがバイトに行く時に降りる駅だ……。来る時は不知火さん達と一緒だったから、緊張して気付かなかったな)
意外な形で乃亜のバイト先を知ることになった葵だったが、ひとつ気掛かりなことがあった。
(――綾音さん、カラオケルームから出ていく時に不機嫌そうだったけど、やっぱりバイト先に行ったのがまずかったのかなぁ……。三人でカラオケに来たことを怒って――いや、富士桜さんが言うには怒っていなかったみたいだけど、仲間外れにされた感じだろうし……)
バイトのシフトが入っていた日なので仕方がないとはいえ、まるで当てつけのように三人だけで楽しむ姿を乃亜に見せつけてしまった気持ちになり、葵はとても申し訳なく思った。
(富士桜さん達は怒っていないと言っていたけど、俺の方を見てじっとにらんでいたし、綾音さん絶対怒っていたよな……)
それに加えて、星羅達が葵を放課後に誘った理由も話があるとだけしか乃亜に告げておらず、話の内容を乃亜が気にしていたことを葵は思い出す。
(綾音さん、バイト中もずっとモヤモヤしていただろうなぁ……)
乃亜の不機嫌そうな顔が目に焼き付いて頭から離れず、葵が悶々としたまま自宅マンションに帰宅すると、そのタイミングで乃亜からLIMEのメッセージがスマホに届く。
葵が恐る恐る新着メッセージを確認すると、『明日予定ある?』『ないよね?』『赤ちゃんち行くから』『絶対行く!』と間髪をいれずにメッセージが届いており、葵に拒否権はなかった。
返信を終えた葵は力が抜けたように床へしゃがみ込み、お腹の底から深いため息をもらす。
「絶対、今日のことだ……」
カラオケ店で星羅が「話の内容はあとで葵に聞いて」と言っていたことを思い出し、今日の件について乃亜から問い詰められるだろうと葵は覚悟する。
乃亜のバイト先であるカラオケ店を選んだのは莉里奈であるため、葵に直接の罪はないものの、三人でカラオケ店を――しかも乃亜のバイト先を訪れたことに対して乃亜があからさまに不機嫌になっていた。
莉里奈や星羅がいない状態で乃亜と二人きりで会うことは心細く、葵には不安しかなかった。
――翌日の土曜日。
やけに朝早く目が覚めてしまった葵だったが、乃亜のことを気にしながらも普段のルーティーン通りに朝食や身支度を済ませ、万全の状態で乃亜の到着を待った。
時間が空いている時にはフィギュアやガレージキット製作などを行うが、今日は乃亜のことが気掛かりで作業が手につかずにいる。
スマホには十五分ほど前に駅へ着いたと乃亜からメッセージが届いており、葵が緊張した面持ちで待っているとインターホンがチャイムを鳴らす。
緊張で胸が高鳴り、壁にあるインターホンのモニターで乃亜が来たことを確認した葵は重い足取りで玄関に向かい、鍵を開けてドアをそっと開く。
「――綾音さん、おはようございます……」
玄関の外には黒のケーブルラウンドネック半袖ニットに白のデニムパンツ、黒の厚底スニーカーを履いた乃亜が感情を表に出さず、口を真一文字に結んで立っていた。
「……はよ~」
いつも明るく元気な乃亜らしくない、ぼそっとした挨拶に葵は緊張感を覚える。
「ど、どうぞ……」
いつものように葵は乃亜をリビングに通す。
(や、やっぱりいつもと違う……綾音さん、絶対怒っているよな……)
葵はすぐにお茶の準備をしようとするが、「先に話があるから」と乃亜からソファーへ座るようにうながされた。
威圧感のある乃亜の雰囲気に飲まれてしまい、葵は素直に従って緊張した面持ちでソファーに腰を下ろす。
乃亜も隣に座り、緊張がより高まって葵がゴクリと喉を鳴らす。
(ああ、これは怒られるだろうな……)
葵が覚悟を決めた瞬間、正面を向いていた乃亜がそっと葵の方へ向き直る。
「わーん! あたしも赤ちゃんとカラオケ行きたかった~!」
まるで駄々をこねる子供のように、乃亜は葵の体を掴んで前後に揺する。
てっきり怒られると思っていた葵は、乃亜の第一声を聞いて拍子抜けする。
(こ、これは……怒っているんじゃなくて……悔しがっているだけ?)
乃亜は不満そうに頬を膨らませ、長い脚をバタバタさせる。
「あの、綾音さん……昨日は突然バイト先にお邪魔してすみませんでした……」
カラオケ店を選んだのは葵ではないが、迷惑を掛けたことを謝罪する。
「はっ? 赤ちゃんは全然悪くないじゃん! 店を選んだのは莉里奈なんでしょ?」
「そ、そうですね……」
「別にバ先へ来るのは良いんだけどさぁ~、まさか赤ちゃんと一緒なんて思わないじゃん?」
「俺も……最初は何で誘われたのか分からなかったです……」
「あとさ、莉里奈とか赤ちゃんとのツーショを自慢してくるし」
「富士桜さん達は別に……綾音さんのことを除け者にしたというわけではありませんよ?」
事情を知らない乃亜のために葵はフォローを入れる。
「それは分かってんの」
誤解を招くといけないため、葵はすぐに昨日星羅が打ち明けた「葵と知り合い、趣味を語り合える友達ができたことで、以前より乃亜が楽しそう」と、二人からお礼を言われたことを乃亜に告げた。
「――……赤ちゃんに話あるとか言うからさ、何かと思ったけどそのことか~。なんか逆に気使わせたっぽい?」
「友達とはいえ、人との付き合い方は様々ですし、俺の趣味が綾音さんの役に立っているなら幸いです」
「まあ、否定できないかも。赤ちゃんの存在はマジおっきいし、星羅達にも〝赤ちゃん神〟って言っとくね」
「神は言いすぎかと……」
星羅達が打ち明けた話の内容は、乃亜にとってそれほど問題ではなかったものの、葵にはもう一点明らかにしないといけないことがあった。
昨日乃亜がカラオケルームから退出する時、なぜか不機嫌そうな顔で見つめてきたことがずっと葵の頭に引っ掛かっていたのだ。
「あの綾音さん……昨日のこと、怒ってますか?」
「えっ? 別に怒ってないけど……なんで?」
「部屋を出てバイトに戻られる時、俺のことを不満そうに見られていたので……」
「あーね。あの時は……バイトに戻らなきゃだけど、あたしも混ざりたいっていう葛藤がせめぎ合ってさ、つい顔に出ちゃった的な?」
「な、なるほど……そのそんな感情ですか」
「大体さ、あたしが赤ちゃんに怒る理由とかないじゃん。まあ、シフトない日にあたしも誘え~、って気持ちがなかったわけじゃないけどさ」
「富士桜さん達は綾音さんのいないところで、こっそりお礼を伝えたかったみたいですね。今回は不知火さんのわがままで、綾音さんのバイト先になってしまいましたが……」
「それは分かるけどさ。まあ、赤ちゃんが気にする必要とかないから」
乃亜のリアクションは葵が想定していたものと違っており、特に何事もなく丸く収まって葵は安堵するが、なぜか乃亜の表情は優れなかった。




