第52話 お礼って、つくれちゃう?
テーブルにドリンクを置いた乃亜はため息をつき、葵の隣に座る星羅をジト目でにらむ。
「ちょ、星羅! 赤ちゃん誘ったってどゆこと? てかさー、カラオケ行くならあたしも誘えよ~!」
乃亜はバイト中だということも忘れ、プライベートのノリで対応する。
「それは莉里奈に言ってくれ。私はそもそも、ここに来るつもりとかなかったし」
不満げな乃亜が主犯である莉里奈のことを無言でじっと見つめると、首を傾げた莉里奈が何かをハッと思い出し、テーブルに置いていたスマホを手に取って画面を乃亜に見せた。
「じゃーん! 乃亜見て~! バブたんの初カラ記念の写真~! どうよ?」
「は、初カラ!? えっ、赤ちゃん……カラオケ初めてなの?」
「そ、そうです……」
「マ!? てか、あたしも赤ちゃんとカラオケ行きたかったし! 初カラのツーショも撮りたかった!」
「莉里奈、乃亜を煽るなよ……」
事態をややこしくしてしまった莉里奈に呆れ、星羅は額に手を当ててため息をつく。
莉里奈は嫉妬する乃亜に対し、申しわけなさそうに手を合わせる。
「乃亜ごめーん! バブたんとの初めてウチが奪っちゃった感じ? ガチ謝るから!」
「莉里奈、言い方」
誤解されるような言い回しに星羅がツッコミを入れる。
このままでは収拾がつかなくなりそうだったため、莉里奈を黙らせた星羅が乃亜を何とかなだめた。
「――今日はさ、赤ちんに話があったから誘っただけ」
「それ、何の話?」
「乃亜はバイト中だし、内容はあとで赤ちんにでも聞いて」
「そうだバイト! 戻らないとヤバっ!?」
ようやく気付いた乃亜はトレイを持ち直すと仕事モードになり、慌てた様子で扉に向かう。
「乃亜、今日の埋め合わせはするからさ」
「ウチも! 今度おごる!」
星羅と莉里奈がフォローする中、ただ状況を見守るしかなかった葵がふと視線を感じて扉の方を見ると、なぜか乃亜が不機嫌そうな顔で葵のことをじっと見つめていた。
(あ、あれ? 綾音さん怒ってる……?)
乃亜がカラオケルームを後にすると、何もしていなかったはずの葵はなぜかどっと疲れてしまい、ソファーの背もたれに体を預けて息を吐く。
「あ、あの……富士桜さん……」
「星羅で良いよ」
「いきなり下の名前は……」
「そう? で、何?」
「さっき綾音さん……何だか怒っていたみたいですけど、大丈夫なんですか?」
「乃亜? 別に怒ってないよ~」
「それな。ガチだと、もっとエグいし」
「そ、そうですか? 何だかずっと不満気味というか、不機嫌そうでしたけど……」
「まあ、バ先だからなぁ」
(バ先……バイト先ってこと?)
「乃亜からしたらさ、自分だけハブられたって感じがして気分は良くないわな」
「それは……怒っているのでは?」
「おこ、っていうより嫉妬……いや、やきもち的な? だからさぁ、カラオケ店はやめよーって言ったのに」
思わず星羅がにらむと、莉里奈は立場がなくて苦笑いを返す。
「とりま、乃亜は大丈夫だから」
「そ、そうですか……」
「それより、今日赤ちん誘った件。あんま時間もないし」
(そ、そう言えば……今日は話があるから誘われたんだった……)
葵が緊張したように背筋をピンと伸ばして身構えていると、注文したウーロン茶を一口飲んだ星羅が視線を移し、じっと葵のことを見つめる。
「お、俺……何かやらかしたんでしょうか?」
「別に文句とかじゃないから。つーか、その逆」
「逆……と言いますと?」
「今日はさ、赤ちんにお礼言いたかっただけ」
「えっ? お、お礼……ですか? 俺、二人にお礼言われるようなことは何もしていませんけど……」
「バブたん。乃亜のことだよ~」
「綾音さん……ですか?」
莉里奈がコクリとうなずき、スラリと長い脚を組んだ星羅がわけを話す。
「ほら、乃亜ってアニメとかフィギュアが好きじゃん?」
乃亜はオタク趣味のことを隠したりせず、普通に公表しているので莉里奈や星羅も乃亜がオタクなのは知っていた。
「でも私らって、そーいうの全然興味なくてさ。中学の時に乃亜と知り合った時、最初はアニメのこととか話してたけどさ、急にその話題を話さなくなったんだよね」
星羅の話を聞き、葵が乃亜と初めて知り合った時、周りに話の合う人がいないという悩みを乃亜が語っていたことを思い出した。
「そ、それは恐らく……綾音さんが気を使って――」
「そーいうこと。まあ私らも反応薄いし、とーぜんそーなるよね」
「話を合わせられないからさ、びみょーな感じになっちゃうし」
莉里奈達も乃亜が気を使い、二人が興味ないアニメやフィギュアの話をしなくなったことには気付いていた。
乃亜と席が近い葵は聞こうとせずとも、莉里奈や星羅と話す乃亜の会話が休み時間に聞こえてくることがある。三人で話している会話の内容はファッションやコスメ、メイクに美容やスイーツなどの話題が主だ。
「――だけどさ、最近は前と違って乃亜が妙に楽しそーなんだよな」
「それな! 話聞くとさ~、バブたんと話すようになってからだって。バブたんもアニメとか好きなんでしょ?」
乃亜から聞いたのか二人も葵のオタク趣味は知っているようだが、二人は特に気にならない様子だ。
「まあ~、結論言うとさ。赤ちんのおかげで乃亜も毎日楽しそーだし、今日はそのお礼を言いたかっただけ」
「そーいうこと。バブたん、ありゃーと!」
両脇に座る星羅と莉里奈からお礼の言葉と笑みを投げ掛けられ、葵は気恥ずかしそうに顔を伏せた。
「と、とんでもないです! 俺は……たまたま綾音さんと似た趣味だっただけですし……」
「例えそーでもさ、私らにはできないことだし」
「乃亜がバブたんのこと話す時、めっちゃ楽しそーにしてるよ~」
「えっ!? そ、そうなんですか!?」
莉里奈の何気ない一言に葵は思わず取り乱してしまう。
「あはは! バブたんかわゆ~」
「とりま、これからも乃亜をよろしくってことで!」
「そうそう。バブたんの代わりは誰もいないじゃん」
「そ、それは……恐縮です……」
星羅達からカラオケに誘われた時はどうなることかと葵は不安だったが、話の内容を聞き終えてようやく緊張から解放されたのだった。




