第51話 カラオケって、つくれちゃう?
「――やっぱ、放課後行くならカラオケ店だよね~」
「莉里奈は歌いたいだけだろ?」
カラオケ店を前にしてテンションの上がる莉里奈とは対照的に、葵を連れている星羅は妙に落ち着いている。
「時間どーする? 二時間? いや、やっぱ三時間にしとく?」
「今日は一時間。てかカラオケ店じゃなくて、どっかのカフェで良いんだけど……乃亜もバイトだしさ」
「えーっ、良いじゃ~ん! 赤千谷くんもさぁ――って、なんか赤千谷くんって呼びづらくね?」
「乃亜は……〝赤ちゃん〟呼びだっけ?」
「そーだ、赤ちゃん! それじゃあ――……」
胸の下で腕組みしていた莉里奈は何か閃く。
「赤ちゃんだから〝バブたん〟で!」
「ば、バブたん!? それって……俺のことですか?」
莉里奈が呼んだ名前を聞き、葵は思わず眉をひそめた。
その様子を隣で見ていた星羅が呆れたようにため息をつく。
「莉里奈、いきなりバブたん呼びはないだろ。赤千谷くん、困ってるじゃん……」
星羅は申しわけなさそうに葵の顔を覗き込む。
「怒った? 莉里奈はノリ軽いからさ~」
「――いいえ、違うんです……バブたんと呼ばれたことが嫌なわけじゃなくて、逆にうれしくて……」
「……はっ?」
予想とは違っていた葵の返答に星羅は眉をひそめる。
「綾音さんから〝赤ちゃん〟呼びされた時もなんですが……小さい頃から誰かに呼ばれる時はずっと赤千谷と、名字呼びばかりであだ名とかで呼ばれたことなく、ついうれしくなって感極まってしまいました」
「そ、そう……」
星羅は葵の気持ちがよく理解できず、苦笑いを返すのが精一杯だった。
「おきになら、よきじゃん。星羅もバブたんで良いよね~?」
「私は〝赤ちん〟でいいや。じゃあ赤ちん、入ろっか」
「赤ちん……」
また新たな呼び名が増えたことに葵は心の中で喜ぶが、カラオケ店に入るのが初めてだったせいもあり、未知のものに対する不安が襲ってくる。
入店して受付を済ませると、葵は莉里奈と星羅に付き添われてカラオケルームに連れ込まれる。
初めて入ったカラオケルームの中を葵が興味深そうに眺めていると、ソファー席に座った星羅が隣へ座るように手招きする。
葵に断る権利はなく、星羅の指示におとなしく従って隣に座る。
「――ワンドリンク制だからさ、赤ちんは何飲む?」
星羅からメニュー表を渡された葵はドリンクメニューに目を走らせる。
「そ、それじゃ……ウーロン茶で」
「はいはーい! ウチも同じやつ!」
莉里奈が元気よく手を挙げる。
「他には?」
「とりま、おけえ。バブたんは?」
「俺も大丈夫です……」
各自のオーダーを聞き終えた星羅は席を立ち、入り口近くにある内線電話に向かう。
「ねえー、バブたんはなに歌う? 曲入れちゃうよ~!」
「あっ、いいえ……俺、カラオケは初めてですし、歌も苦手なので大丈夫です……」
「マジか。バブたん初カラなん!?」
「そうです……」
「へぇ~、そーなんだぁ~」
話を聞いた莉里奈はなぜかうれしそうに葵の隣へ移動すると、制服のポケットからスマホを取り出す。
「じゃあさ、初カラ記念に写真撮ろー! いぇ~い!」
葵の隣に座る莉里奈は何の躊躇いもなく葵に肩を寄せて密着すると、スマホを持った右手を斜め上に伸ばして葵とツーショット写真を撮る。
(あ、綾音さんと一緒だ……妙に距離感が近い……)
乃亜と同じノリの莉里奈にタジタジしながらも、ずっと密着しているわけにはいかないと考えて葵は横に体をずらした。
「まーた、莉里奈がウザ絡みしてる」
「別にそんなんじゃないし~」
ソファー席に戻ってきた星羅が再び葵の隣に座ったため、両サイドをギャル二人に挟まれる形となった葵は再び肩身が狭くなる。
「莉里奈はさ、てきとーに歌っといて。私は赤ちんと話があるから」
「りょー。てか一時間しかないし、じゃんじゃん曲入れるよ~!」
なぜカラオケに連れて来られたのか全く分からず、葵が不安な表情のまま萎縮していると、カラオケルームの扉が廊下側からノックされる。
「――失礼します。ご注文のドリンクを――……って!? 莉里奈と星羅!?」
なんとカラオケルームに入って来たのは、黒色のワイシャツとスラックスを穿き、腰にエプロンを付けたカラオケ店員の格好をしている乃亜だった。
(えっ? あ、綾音さん!?)
友人が来店していたことに驚きつつ、乃亜の視線が莉里奈と星羅の二人に挟まれて座っている葵を捉えた。
「はあぁぁぁぁぁっ!? あ、赤ちゃん!? なんでいんの!?」
葵の来店までは予想していなかったのか、乃亜は仕事モードを放棄すると、思わず声のボリュームを上げて目を丸くする。
「おお~、乃亜じゃん! バイト頑張ってる?」
店員が乃亜だったことに気付き、莉里奈が呑気そうに手をパタパタと振る。
(ば、バイト? 綾音さんのバイト先って……カラオケ店だったんだ)
現在の状況から葵は乃亜のバイト先を知る。
「え、待って。はっ!? マジイミフなんだが!?」
「乃亜、落ち着け。私が赤ちんを誘ったんだ。カラオケ店じゃなくて良かったのに、莉里奈がどーしてもって聞かなくて」
「あ、赤ちん!? な、なにそれ……赤ちゃんのこと、赤ちんって呼んでるの?」
「はいはーい! ウチはバブたんって、呼んでま~す! バブたんさ、泣いて喜んでたし」
「い、いや……泣いてはいませんが、うれしかったのは確かです」
次々と飛び出す発言や展開に乃亜はついていけず、状況が理解できなくてその場に立ち尽くしてしまった。
「乃亜。とりま、ドリンク置いた方がよくない?」
「そ、そうだ!」
星羅の一言で乃亜は我に返り、トレイで運んできたドリンクを手際よくテーブルに置いた。




