第49話 出力品って、つくれちゃう?
週末の土曜日。以前と同じように乃亜は葵の自宅マンションを訪れていた。その目的は新たなガレージキット製作のためである。
ブルー系のVネックカーディガンに着丈が短い襟付きの白シャツ、グレー系のミニスカートと黒のショートブーツというコーデで訪問した乃亜を葵は迎え入れ、まずはリビングに通すと飲み物を出す。
「――赤ちゃん、この前写真見せたやつ。あのガレキを持ってきたよ~」
乃亜は持参した紙袋の中からキットが入ったパッケージ袋を取り出し、リビングのテーブルに置く。
現物を手に取った葵は、確認のためパッケージ袋を開ける。
中身はパーツごとに分けられて小袋へ入れられており、乳白色をしたキットのパーツをいくつかテーブルに並べる。
「このキットは『悪魔っ娘は飼われたい』の〝リゼルナ デフォルメVer.〟ですね」
「そう、リゼルナたん! デフォルメ姿が超かわで即買いだった!」
『悪魔っ娘は飼われたい』は、人間界にやって来た〝悪魔少女リゼルナ〟と主人公である男子高校生との同居生活を描いたラブコメ作品だ。
二本の角が生えた頭に黒い翼や尻尾を持ち、露出度が高めなボンテージ姿のリゼルナだが、デフォルメ姿は二頭身で小動物のような可愛らしさが増しており、スケールフィギュアに比べるとデフォルメされた各パーツは小さめだ。
「この前、写真で見せてもらったキットにはサポート材の跡があり、3Dプリンターによって出力されたガレージキットだと予想しましたが、説明書にも注意書きとして〝3Dプリンター出力品〟と書いてありますし間違いないですね」
「あはは……そこの表記、ガチで見逃してたかも……」
パーツチェックをする際、説明書を見たはずの乃亜だったが、パーツの確認に手一杯で注意書きが目に入っていなかった。
「ねえ赤ちゃん。3Dプリンターで出力してあるけどレジンなんでしょ? なら、この前作った見習い天使たんと作り方は一緒?」
「そうですね。基本的な作業手順は同じですが、一般的なガレキと3Dプリンターによる出力品では注意点や相違点もあるので解説します」
「マジ助かる!」
「では早速ですが……この前見習い天使を作る時、パーツチェックの後に何をやったか覚えていますか?」
「もち! 離型剤落としでしょ?」
「正解です! 一般的にはその手順になりますが、3Dプリンターによる出力品キットは離型剤が使われていないため、洗浄は必要ありません」
「そーなの? なんで?」
「造形方法の違いですね。先日も話しましたが、一般的なガレージキットはシリコン型にレジンを流し込んで複製します。その時、レジンパーツをシリコン型から外しやすくするのが離型剤の役目です」
葵の説明に乃亜はうなずく。
「3Dプリンターの光造形方式による造形では、UVレジンという紫外線によって硬化するものを使用し、UVレジンに紫外線ライトを当てながら少しずつ硬化させて積層――つまり、レジンの層を積み重ねて形を構築していきます」
「そっか……作業にシリコン型を使ってないんだ」
「そう言った理由もあり、離型剤を落とす必要はありません。それからUVレジンにもいくつか種類がありますが水で洗ってしまうとクラック――ひび割れなどが発生する場合もあり、注意が必要です。シンナーなどの有機溶剤につけるのもよくありません」
「マジか~。赤ちゃんに相談して正解だった。てか、それくらいスマホで調べろって話だよね」
「頼って頂けるのはうれしいですよ」
「じゃあ、これからも赤ちゃんにめっちゃ頼るし! よろ!」
そう言ってウインクを飛ばす乃亜に対し、葵は少し照れくさそうに笑った。
「洗浄しなくても良いならさ、すぐに仮組みや表面処理の作業しても良いの?」
「はい、大丈夫です」
「楽で良いじゃん!」
「確かに手間は省けますね。それから出力品ガレキの取り扱いについて肉厚なパーツは問題ないのですが、髪の先など細いパーツは破損しやすいため注意が必要ですね。出力品はレジンを積層している構造なので、ポッキリと折れやすいんです」
「りょ! 細い部分は注意ね」
「作業については、この前教えた手順で大丈夫です。仮組みのための軸打ちや嵌合調整、その後に表面処理ですね。出力品ガレキは品質が高いものが多く、手直しはほとんどない場合もあります」
「分かる! パーツ見るとさ、パーティングラインもなくてきれいだし」
「3Dプリンターの出力品はパーティングラインができないですね」
「そっか! パーティングラインって、シリコン型の合わせ目の跡だっけ?」
「そうです。基本的に表面処理はサポート材の跡をヤスリで磨いて整えるだけで済みますね」
「へぇ~、出力品ガレキって手間少ないし、普通のガレキよりもあたし向きって感じ」
「確かに3Dプリンターによる造形物の出力品はパーツごとではなく、本体を丸ごと出力して塗装のみという商品もあります。しかし、一般人にも入手しやすくなったとはいえ3Dプリンターも性能が良く、高品質になればそれなりに値段もしますし、大きなサイズの造形物になると本体だけでなく、レジンなどの材料費など含めてコストも掛かってしまいます」
「やっぱ、そーなるよね~。てかさ、赤ちゃんは3Dプリンター持ってないの?」
「デジタル造形の勉強もやっており、パソコン上で原型のモデル作成などは使いこなせるようになりましたが、まだ3Dプリンターは持っていないですね。今はお金を貯めているのでいつか買いたいです」
「3Dプリンター買えたら、家でフィギュアとか作れちゃうのか~」
「そうですね。それから今は3Dモデルのデータがあれば、専門の業者に頼んで出力を代行してもらうサービスもありますね」
「へぇ~、そーいうビジネスもあるのか」
「綾音さん。表面処理について、あと二つほどあります。肉眼では分かりづらいかも知れませんが、表面には出力する際に積層痕と呼ばれる縞模様が造形の都合上入ってしまいます」
乃亜は近くのパーツを手に取ると、顔を近付けて表面をじっと観察するが分からず、指の腹で撫でてもいまいち分からない様子だ。
「さっき説明した通り、出力品はレジンを積み重ねて造形するので層ができてしまいます。これが積層痕ですね。気にならなければ、そのままでも良いですし、処理するならヤスリで磨いたりサーフェイサーを吹いてやれば、きれいになりますよ」
「うーん……気にならない感じだけど、時間あるなら処理しようかな~」
「それともう一つですが、この前のガレキは塗装前に塗装の定着を良くする下地塗装のプラサフやプライマーを吹きましたが、3Dプリンター出力品はプライマーを使わなくてもラッカー塗料の食いつきが良くて、しっかり定着してくれます」
「そーなんだ。手間いらずじゃん」
「ただ塗料とレジンとの相性もあるため、プライマーを吹いても問題ありません」
3Dプリンター出力品であるガレージキットの説明を一通り終え、ふと葵はリビングの窓から外を眺める。
「――六月に入りましたし、そろそろ梅雨の時期ですね」
「梅雨かぁ……雨多いとさ、湿気で髪がうねって広がるし、まとまらないから嫌い!」
自分の髪を指先にクルクルと巻きながら、これからやって来る梅雨に対して乃亜は個人的な愚痴をこぼす。
「湿気といえば……ガレージキットやプラモデルの塗装も、湿度が高い時は避けた方が良いですね」
「そーなの? なんで?」
「湿度が80パーセント以上の時、塗装した塗膜が白く濁ってしまう〝かぶり〟という白化現象が起きやすいです。これは乾燥中の湿気による結露が原因です。雨や天気が悪い日は避けて、湿度70パーセント以下の日を選ぶのが良いですね」
「へぇ~、塗装は晴れの日が良いんだ。でもさ、梅雨の時期とか無理ゲーじゃない?」
「そうですね。でもプロモデラーなど、仕事でやっている方はそうも言っていられませんので、エアコンの除湿モードで湿度を下げるなど対策があります。でも空調を使うと、部屋を閉め切るので換気が必須ですね。塗装ブースの利用はもちろん、塗装作業用の防毒マスクは必須です」
「あーね。有機溶剤だっけ? あれ、けっこー匂うよね~」
エアブラシでの塗装やスプレー缶を使う時など、乃亜は換気の大切さを葵から何度も説明されていた。
葵が使っている作業部屋には塗装作業に使う塗装ブースの他、紙ヤスリなどを使う時に発生する削りカスを防ぐ保護メガネや防塵マスク、塗装時の防毒マスク、集塵機やサーキュレーター、空気清浄機なども揃っている。
「とりま、リゼルナたんのガレキは自分のペースやるね。また赤ちゃんの作業部屋でお世話になるかもだけど、必要な道具は自分で揃えるし」
「分かりました。困った時には相談して下さいね」
「マジ助かる~。赤ちゃん、ありゃーと!」
こうして葵と乃亜は二人だけしか知らない作業部屋で、以前と変わらない交流を今日も続けていく――。




