第47話 綾音家って、つくれちゃう?
――先週の金曜日、乃亜は学校帰りに葵の自宅マンションに寄った。その目的は塗装まで終了し、あとはパーツを組み立てて完成を待つだけだった見習い天使のガレージキットを受け取りに行くためだ。
葵が微笑ましく見守る中、乃亜は見習い天使の各パーツを組み立てて形にすると、初めて製作した見習い天使のガレージキットが無事に完成する。
ガレージキットを自宅に持ち帰るため葵に梱包してもらい、この一か月半の作業を思い返しながら、葵にお礼を伝えた乃亜はマンションを後にする。
(マジ最高の気分! 超うれしすぎてヤバい!)
乃亜は電車に揺られながら、ガレージキットが入っている紙袋を大事そうに抱えてテンションが爆上がりしていた。
駅から徒歩十分ほどの距離にある住宅街の一角に乃亜の自宅はあった。葵の家と違って一戸建て住宅であり、間取りは5LDKだ。
足取りも軽やかに乃亜が帰宅すると、ちょうど二階から下りてきた紅愛と鉢合わせる。
黒のTシャツにスウェットショートパンツという、部屋着姿の紅愛は乃亜の妹で二つ年下の中学二年生だ。
ロングヘアをハイトーンのミルクティーベージュという明るい髪色にして派手なメイクをしたギャルである乃亜とは違い、紅愛はストレートの黒髪をミディアムにした全体的に落ち着いた雰囲気の女の子である。
「乃亜姉、おかえり~」
うれしさのあまり、乃亜は階段から下りてきた紅愛に駆け寄っていた。
「紅愛、これ見て! ついに見習い天使たんが完成したの~!」
「エリスたん……ああ、前に乃亜姉が作ってるとか言ってたフィギュア?」
「それそれ! 今日赤ちゃんのとこから引き取ってきたの。今からお披露目してあげる!」
「わっ!? ちょ、ちょっと!?」
返事も待たずに乃亜は紅愛の腕を引き、リビングまで連れていく。
「やっぱさぁ、みんなに見てもらいたいじゃん?」
乃亜はテーブルの前に紅愛を座らせると、紙袋の中から段ボール箱を取り出し、梱包された中身を取り出す。
「けっこう厳重に保護されてるね」
「壊れないように赤ちゃんがガチの梱包してくれたし」
「赤ちゃん……」
紅愛は乃亜が〝赤ちゃん〟と呼んでいる人物が、同級生の友人ということしか知らない。
「ねえ乃亜姉……その赤ちゃんって人、本当の赤ちゃんじゃないよね?」
そんな質問に乃亜は思わず吹き出してしまう。
「なわけないじゃん! マジウケる~! 赤ちゃんはただの愛称でふつーに同級生だし」
「まあ、それは分かるけど……本名は何て言うの?」
「本名? 赤千谷葵。高校入ってから知り合ったの」
「あかちや、あおいさんか……。かなり仲良いんだね。乃亜姉、その人の家にめっちゃ遊びに行ってるでしょ?」
「まあね~。ガレキ製作に関してはさ、あたしの先生みたいな感じだし」
紅愛とおしゃべりながら乃亜は手を動かし、梱包されたパーツを全て取り出すと、各パーツを組み立て始める。
「えっ!? すごくない!? これ……本当に乃亜姉が作ったの!?」
「もち、あたしが作ったし!」
次第に組み立てられていく見習い天使の塗装済みガレージキットを見て、その完成度の高さに紅愛は目を丸くする。
「どう? ガチでしょ?」
見習い天使を組み立て終わると、乃亜は勝ち誇ったように大きく胸を張る。
「え、すごっ……めっちゃ細かいとこまで作り込まれてるし……。それに肌とかもさ、市販品とは違う感じがする」
「これ、サフレス塗装だしね。レジンの色を活かしてさ、透明感が出るように塗装してるの」
解説にうなずきながら、紅愛は見習い天使の塗装済みガレージキットに目を奪われていた。
「どう? マジすごいっしょ?」
「超すごい! 乃亜姉に作り方を教えた赤ちゃんって人、めちゃすごい!」
「そっちかい! まあ、そーなんだけどさ……」
ツッコミを入れながらも葵の実力は乃亜も認めており、まさにその通りだった。
「――乃亜~! もうすぐ夕食だから荷物置いてらっしゃい」
二人が見習い天使のガレージキットで盛り上がっていると、奥にあるキッチンから乃亜と紅愛の母親である綾音瑠璃の声が響く。
「ママ、見てこれ! あたしが作ったやつ! マジ力作だから!」
台座に立つ見習い天使のガレージキットを乃亜は慎重に運び、黒のTシャツにイージーパンツという部屋着に、エプロン姿でキッチンに立っている瑠璃の元へ見せに行った。
ダークブラウンに染めたロブヘアがよく似合う瑠璃は、乃亜と同じ170センチである二児の母だが、若い時から体重やスタイルを現在も維持しており、実年齢よりも若く見られることが多い。性格はマイペースでとても落ち着いており、肝も据わっているため多少のことでは動じない。
「本当に乃亜が作ったの? いつもみたいに買ってきたやつじゃなくて?」
見習い天使のガレージキットをまじまじと眺める瑠璃は疑いの目を向ける。
「ガチだから! マジであたしが作ったの! もちろん、あたしだけの力じゃないけどさ……作業とか、めっちゃ頑張ったし!」
「うふふ、冗談よ」
力説する乃亜を前にして瑠璃は「疑って悪かった」と笑う。
「乃亜が小さい頃からフィギュア好きなことは知ってるし、自分で作れるようになったのはすごいことだわ」
「まあ、作ったと言ってもゼロからじゃないけど。売られてるキットを組み立てて塗装したって意味」
「もちろん分かっているわ。協力してくれた〝赤たん〟って人にはお礼したの?」
「したけど、めっちゃ気使われちゃった感じだし、これから色々と恩返しするつもり」
「乃亜の無茶振りに付き合ってくれるなんて、素敵な人ね」
「赤ちゃん、めっちゃ優しいから!」
葵を褒めてもらえるのは、まるで自分のことのように乃亜もうれしくなり、温かい気持ちで胸がいっぱいになる。
「早く着替えてらっしゃい。すぐに夕食よ」
「りょ~!」
ご機嫌な乃亜は弾むような気持ちで二階にある自室に向かう。
部屋に入るとスクールバッグを床に置き、見習い天使のガレージキットを飾るためにスペースを空けていた、ガラス扉付きのフィギュアラックの中にそっと置く。
「ヤバっ! マジ可愛いすぎりゅ~っっ! こーやって飾ると見習い天使たんのエモさが爆上げじゃん! ガチ尊すぎっ!」
初めてのガレージキット製作で作業工程に苦労することもあり、乃亜は音を上げてしまいそうになることもあった。だが、そのたびに葵がしっかりとサポートし、完成まで導いてくれたおかげで最後までやる遂げることができた。
苦労を思い出すものの、乃亜は葵に深く感謝し、完成品を前にした今ではそんな苦労も吹き飛んでしまう。
「やっぱ自分で作ったせいか、エモさがエグいわ~」
部屋から戻って来ない乃亜に痺れを切らし、瑠璃が呼びに来るまで乃亜はフィギュアラックの前に立ち、心を奪われたように見習い天使のガレージキットを鑑賞してしまった。




