第45話 始まりの終わりって、つくれちゃう?
用事も無事に済み、葵は乃亜を玄関まで送る。
「――綾音さん、駅まで送りましょうか?」
「ありがと。でもまだ明るいから大丈夫!」
靴を履き終えた乃亜はガレージキットが入った紙袋を手に取り、葵の方に向き直る。
「――赤ちゃん、ほんとありがと! この一か月半、めっちゃ楽しかった! ガレキ製作は初めてでさ、細かい作業とかマジ多くてしんどい時もあったけど、自分の手で完成させたことにガチ感動したし、造形の奥深さとかも知れてマジ勉強になった。同じフィギュア趣味の赤ちゃんと知り合えたのもうれしみが深いし」
「俺も綾音さんの力になれてうれしかったです。あと横浜に遊びに行ったのも良い思い出になって、貴重な体験をさせてもらいました」
「じゃあ、またどっか遊びに行く?」
本気なのか、いつもの冗談なのか分からない軽いノリで乃亜が誘う。
「赤ちゃん、また学校でね!」
「気を付けて帰って下さい」
外に出た乃亜は玄関ドアが閉まり切るまで、葵に笑顔を向けて手を振り続けた。
葵は玄関前に佇み、はっきりと目に焼き付いている別れ際に乃亜が浮かべた笑顔を思い出していた。
乃亜が帰ってしまうと、途端に室内は静寂に包まれる。それはついさっきまで灯っていた明かりが、まるで音もなく消えてしまったようだ。
一人暮らしをしている葵にとって、室内の静けさには慣れているはずだった。誰もいない部屋で過ごす時間も孤独であることも、これまで当たり前のことだったはずだ。
それなのになぜか、葵の胸の奥には寂しさが満ちていく。
理由の分からない胸に抱いた寂しさや、孤独感は何だろうと考えた葵は今日の出来事を振り返って結論に至る。
(――そうか、ガレキが完成してしまったからだ……)
乃亜の製作していた見習い天使のガレージキットが完成したことにより、休日の恒例行事となっていた二人きりで過ごす時間は、事実上終わりを迎えたことになる。
乃亜が葵の作業部屋に通っていたのは、ガレージキット製作のやり方を教えてもらうためであり、ガレキが完成してしまえば乃亜が訪問する必要性はなくなってしまう。
葵は乃亜と友達であるため、休日に限定せず学校でも会えるはずなのだが、葵にとって作業部屋で乃亜と過ごす時間は特別であり、全てが終わってしまったことに強烈な寂しさを覚えた。
これまで友達が一人もおらず孤独だった葵にとって、気兼ねなく話せる乃亜との時間はとても楽しく趣味も共通していることもあり、葵の中で乃亜は心の支えのような大きな存在となっていた。
(――そうだ……ガレキの作り方は一通り教えたし、もう綾音さんは俺に頼らなくても一人でガレキを作れるはずだ……)
ガレージキットの完成と製作手順を覚えたことにより、乃亜が葵の作業部屋に通う理由はなくなっていた。
これが乃亜との今生の別れになるわけではないが、葵は乃亜が遠くに行って――まるでヒナ鳥が一人前になり、親元から巣立っていったような気持ちを胸に抱く。
それほど葵にとって乃亜と作業部屋で過ごした一か月半はかけがいのないものとなっていた。
自分の好きなものに打ち込み、苦労しながらも冗談交じりに楽しく話し、子供のように目を輝かせたり無邪気に笑うなど、学校での姿とはまた違った乃亜の一面をすぐ隣で見ていた葵。
ガレージキットどころか、プラモデルも作ったことがない初心者の乃亜にとって、今回のガレキ製作は大変な作業になったはずだが、乃亜は弱音も吐かず真面目に取り組む頑張り屋だった。
遊びに行った時には、ガレキ製作と立場が逆で乃亜に引っ張っていってもらい、葵は新たなことに一歩踏み出す勇気をもらえた。
葵は別に隠しているつもりはなかったが、作業部屋で過ごす乃亜との秘密の関係は本日で終わりを告げた。乃亜とは学校で会えるものの、乃亜には友人もいて付き合いもあり、今まで作業部屋で会っていた時とは違い、学校では話せる時間も限られているため、今後はこれまでのような付き合い方はできないだろうと葵は考える。
(――綾音さんのガレキが完成して俺もうれしいはずなのに、こんなにも寂しさを感じるなんて……。それだけ楽しい時間だったんだ……)
玄関に立ち尽くす葵は、薄暗い廊下の奥にある作業部屋の方へ振り返る。
(そんな時間も今日で終わり――……というか、以前の生活に戻るだけだ。でも綾音さんと友達になった事実は変わらないし、前よりも少しは成長できたのかな……)
乃亜とのガレージキット製作を通して過ごした作業部屋での一か月半を思い返しながら、葵はようやく玄関から離れて作業部屋に戻り、一人で片付けを始めた。
作業部屋に戻ると、余計に乃亜と過ごしたこれまでの日々が蘇ってしまう。それは食事や入浴中も例外ではなかった。
葵は気を紛らわそうと、フィギュア製作や造形の勉強をしようとするが全く手につかず、仕方ないので寝ようと自室のベッドに入るも、乃亜と過ごした楽しい時間が頭に浮かんで寝付けなかった。
(――全然眠れない……目を閉じても、まぶたの裏に綾音さんとの思い出が浮かんでしまう……)
何度も寝返りを打ちながら葵がベッドの中で丸くなっていると、枕元に置いたスマホに通知があった。
スマホを手に取り、葵が画面のまぶしさに目を細めながら通知を確認すると、通知の相手は乃亜だった。それは乃亜が本アカウントとは、別に作っているミンスタの趣味アカウントからだ。
葵は両方のアカウントとも乃亜と相互フォローしており、フォロー相手の投稿通知を設定していたため、乃亜が新規投稿した写真の通知があった。
乃亜の趣味アカウントに投稿された写真は、放課後に組み立てて持ち帰った見習い天使のガレージキットであり、[ガレキ版エリスたん完成!]とコメントしてあった。
(綾音さん……家に帰ってから早速組み立てたのか。色んな角度から撮った写真がたくさん投稿されている……コメントから喜びが伝わってくるなぁ)
ガレキ製作の途中に乃亜が製作過程をスマホで撮影し、ミンスタに投稿していたことを葵は思い出した。
(――綾音さんの役に立てて、本当に良かった……)
葵は乃亜の投稿に〝いいね〟を押すと、スマホを枕元に置いて再び目を閉じる。
しかし、その後も葵は寝付くことができず、最後にスマホで時刻を確認した時には午前三時前だった。
このまま朝まで寝付けないと思っていた葵だったが、いつの前にか葵の意識は眠りの中に落ちていった――。




