第44話 ガレージキット完成って、つくれちゃう?
その週の金曜日。授業とホームルームが終わり、放課後になると乃亜は葵と一緒に下校して自宅マンションに向かう。
「――長かったー! 見習い天使たん組み立てるの、マジ楽しみすぎりゅ~!」
「やっぱり、組み立ての瞬間は待ち遠しいですよね」
学校から駅までの道のりや、電車の中でも葵が何度もあくびをしている姿に乃亜が気付き、心配になって葵の顔を覗き込む。
「――赤ちゃん、疲れ気味? 何かダルそうに見えるけど」
「そ、そう見えますか? 実は……最近、夜遅くまで作業をやっているせいか、寝る時間が遅くなっていまして……」
「……もしかして、それあたしのせい?」
「えっ?」
そんな乃亜の一言は葵にとって予想外だった。
「ほら週末とかさ、ガレキ製作のサポートで朝から夕方まで、ずっとあたしに付きっきりだったじゃん? それで赤ちゃんの作業時間がなくなって、夜に無理して作業してるんじゃ――」
「ち、違います! 綾音さんのせいではありません!」
ガレージキット製作のことで乃亜が負い目を感じていると悟り、葵はすぐに否定する。
「俺の作業は自分のペースで行っているため、途中で中断して切り上げれば良いのですが、ついキリが良いところまでやってしまう癖がありまして……。それでどうしても時間が押してしまうんです。寝不足は自己管理不足な俺のせいです」
乃亜に責任は何もないと答えるが、ガレキ製作を教えてもらっている間は葵を束縛していることには変わりなく、そのことは乃亜も十分に承知している。
「――赤ちゃん。ガレキが完成した後に言うのもなんだけどさ、無理とか良くないよ。あたしなんかに、全然気を使わないで良いから。体壊しちゃったらさ、元も子もないじゃん」
「はい……無理だけはしないように気を付けますね」
「あたしら友達なんだし、遠慮とかいらないから」
「そうですね……友達、ですよね」
乃亜から声を掛けられて友達になり、ガレージキット製作を通じて一か月半をともに過ごしてきた。最初の頃より親しくなったものの、葵はその性格上、乃亜に対して気を使ってしまうことは多々あった。
「もっと気楽に行こうぜ! まあ、気楽すぎるのも良くないけどね~」
自分で言ったことに苦笑する乃亜につられ、葵も思わず表情を緩める。裏表のない乃亜には日頃から何度も救われていた。
あまり気を使い過ぎず、適度な距離感で付き合っていくのが最良だと葵は考えるが、相手が距離感ゼロの乃亜であるため、それは無理かも知れないと心の中でツッコミを入れる。
葵の自宅マンションに着くと、乃亜は通い慣れている作業部屋に真っ直ぐ向かう。
葵に見守られ、乾燥ブースから見習い天使の各パーツを出した乃亜は塗装クリップを全て外す。
「いよいよ組み立て……なんかドキドキする! パーツ同士がばっちり合うか不安だし……」
「きちんと嵌合調整もやりましたし、仮組みして確認もしていますので問題はないはずですよ」
「よしっ! じゃあ、組み立てるね」
葵に教わりながら、乃亜は下腹部パーツに両脚と左右の靴をはめ込み、続いて顔パーツに前髪と後ろ髪を組み付け、首から胸元パーツに頭部を付ける。
「なんか、パーツ同士が磁石でピタッと付くの、めっちゃ良い感じ」
隙間なくピタリと入るパーツに感動しつつ、乃亜はセーラー服を着た胸パーツの上部に頭部を合体したデコルテ部分と両腕も取り付け、スカートを通した腹部パーツも組み付ける。
「あとは、先程組み立てた下腹部と両脚パーツを合体させて天使の輪と翼を付け、最後に台座に立たせたら終了です」
「おけえ。任せて!」
乃亜は慎重な手つきでパーツ同士をはめ込んで組み立てると、最後に靴をアクリル台座にある真鍮線に挿してキットを立たせた。
「できた~! 見習い天使たんの完成~! やったー!」
乃亜のセルフ拍手に合わせて葵も大きな拍手を送る。
「見習い天使たんマジ可愛いぃぃ! エモすぎなんだが! 脳汁ヤバっ! よき~!」
「初めてのガレージキット製作でしたが、この出来は素晴らしい完成度だと思います!」
「超ヤバ~い! マジ赤ちゃんのおかげだし!」
作業机の上に立っているのは、乃亜が葵のサポートを受けて作った見習い天使の完成品だ。
ふわりと広がった動きのあるミディアムの鮮やかな金髪に、優しげに微笑んだ絶妙な表情の顔。サフレス塗装によって白い肌を晒す手足は透明感があり、グラデーション塗装よって映えるセーラー服や、アクセントとなる天使の輪とデフォルメされた翼など、見習い天使エリスの生き生きとした姿が、その巧みな造形によって、まるでアニメから飛び出したように再現されている。
ずっと目を輝かせている乃亜はアクリル台座を回し、見習い天使の姿を色々な角度から眺め、スマホを取り出すと写真を撮る手が止まらない。
作業机の前に陣取り、うれしそうにはしゃぐ乃亜の後ろ姿を葵は微笑ましそうに見守っていた。
スマホでの撮影を終えた乃亜はうっとりとした表情で、作業机に立つ見習い天使のガレージキットを見つめ続ける。
「――なんか、この見習い天使たんをあたしが作ったとか、マジ信じられない」
「実際に作業をして、最後まで完成させたのは綾音さんですよ」
「赤ちゃんに手伝ってもらったとこもあるけどね。でもさ、完成したガレキを見ると作業の疲れや苦労も吹っ飛ぶというか、マジ感動する! なにこの達成感!」
見習い天使のガレージキットに見惚れている乃亜の瞳は充実感に満ちており、製作作業に付き合っていた葵も乃亜のうれしそうな顔を見て一安心した。
完成した見習い天使のガレージキットは乃亜が持ち帰るため、一旦パーツごとに分割した後、各パーツを気泡緩衝材で巻き、波形ウレタンスポンジの枠で保護する。
続いて葵はプラスチックトレイの中身をウレタンスポンジで保護し、プラ板で蓋をしたものを段ボールに入れて紙袋に入れた。
「今回のキットは接着剤を使ってパーツを固定していないため、パーツごとにばらして楽に運べます。接着するかどうかは作る人にもよりますが、組み立てたままの状態だと縦横高さがありますし、何よりもパーツの先端など破損が怖いです」
「あーね。髪の先とかめっちゃ細いもんね」
ガレージキットが入った紙袋を受け取り、葵の丁寧な梱包に乃亜はお礼を言う。
「そうだ! 赤ちゃんに渡すものがあったんだ」
乃亜はガレキが入った紙袋を一旦足元に置くと、その隣に置いていたスクールバッグの中から一枚の封筒を取り出す。
「はいこれ! 今回のガレキ製作でお世話になった諸々の代金」
言われるまで葵はすっかり忘れていたが、一か月ほど前に誕生日の件で乃亜とやり取りしたことを思い出す。
「……前に言われていた、あの話ですか?」
「そうだけど? 道具を借りたレンタル代に紙ヤスリや塗料とか、防塵マスクなんかの消耗品って言うんだっけ? それらの分と教えてもらった講師料的なやつ。諸々含めて入ってるよ」
差し出された封筒を受け取り、葵が中身を確認すると入っていた金額の多さに驚いてしまう。
「こ、こんなにもらえないですよ!」
「良いから受け取って。今月のバイト代入ったばっかだし、全然よゆーだから」
「でも塗料代とか新品が買える金額ですし、さすがにこれは多過ぎます!」
「なに言ってんの? 赤ちゃんにはめっちゃお世話になったじゃん! 前も言ったけどさ、赤ちゃんが身に付けてる知識や技術は価値があるの。それに対して対価を支払うのは当然じゃん?」
「で、ですが……綾音さんは友達ですし、俺はちょっと協力しただけで――」
「それでもだよ。友達でもさ、こーいうのはきっちりしとかないと」
道具の貸し出しや消耗品代、講師料などの代金をトータルしても多過ぎる金額であり、乃亜の言っていることは葵も分かるものの、葵は依頼ではなく友達に協力したという認識だったため、全額を受け取るのはさすがに気が引けた。
葵はいくら理由を述べても乃亜が納得してくれず困ってしまったが、ふとあることを思い出して封筒の中から必要な金額だけを抜き、残りのお金を封筒ごと乃亜に突き出す。
「――分かりました。消耗品代などの代金は受け取りますが、講師料……ガレキ製作を教えた分の代金ですが、こちらは綾音さんへの誕生日プレゼントとして返します!」
「え? どゆこと?」
「いや、あの……綾音さん、先月は誕生日でしたよね? なので講師料は誕生日プレゼントとしてサービスすると言うことで……。変な誕生日プレゼントですみません……」
「誕プレ……講師料が……。う~ん、それはうれしいけどさ、赤ちゃんの対価に見合ってなくない?」
「いいえ、足りています! 誰かに教えること自体、初めてのことだったので不慣れな部分もあったと思いますが、その……綾音さんとガレキ製作を通じて交流できたこの一か月半、とても楽しかったです! 俺はその時間だけで充分です!」
葵は自分でも驚くほど真っ直ぐな言葉で、胸の奥にしまい込んでいた素直な気持ちを乃亜に精一杯伝えた。しかし最後の一言を絞り出した瞬間、顔はみるみる赤く染まり、その火照った熱が指先まで広がっていく。
(――あ、あれ? 俺……変なこと、言ってないよな!?)
恥ずかしさのあまり、葵は数秒前の発言も思い出せない。
葵は今さら発言を取り消すこともできず、胸の鼓動だけがやけに大きく耳の奥に響いていた。
黙って葵を見つめる乃亜はゆっくりと自分の胸に手を当て、静かに息を吐く。その瞳には言葉では言い尽くせない想いが静かに揺れており、強く張り詰めていた表情が柔らかな微笑みに変わる。
「――それは、あたしも同じ気持ち。赤ちゃんと知り合えて、一緒にガレキ製作できてマジ楽しかった! お礼を言うのはむしろこっちだし。ありがと!」
乃亜の朗らかさと今日一番の笑顔によって、張り詰めていた空気感がガラッと変化する。
「と、とんでもないです! 俺も色々と勉強になりました。自分で作るのと人に教えるのとではやっぱり違いますね」
「そーなん? 赤ちゃんの教え方、めっちゃ分かりやすかったよ。だから、あたしも完成までいけたんだし」
「きょ、恐縮です……」
「とりま、講師料は誕プレとして受け取っておくね。てか、そこまで気使わなくて良いのに~」
「変な誕生日プレゼントになってしまいましたが、綾音さんは俺にとって初めての友達ですし、ぜひ何かを贈りたいと思っていまして……」
「気持ちってことね。赤ちゃん、改めてありゃーと♥」
こうして謝礼問題も上手くまとまり、乃亜のガレージキット製作は無事に終わりを迎えた。




