第43話 瞳デカールって、つくれちゃう?
椅子に座ったまま顔をうつむき、すでに諦めモードの乃亜に対し、葵はその背中に優しく声を掛ける。
「綾音さん、安心して下さい。アイペイントは難しいと思い、見習い天使の瞳デカールを自作しておきました」
「――えっ?」
顔を上げた乃亜は目の前に出された台紙の上にプリントされている見習い天使の瞳デカールと、微笑んでいる葵の顔を交互に見つめる。
「じ、自作って……赤ちゃんが、作ったの? あたしのために?」
「そうです」
照れくさそうな葵を前にして思わず感極まり、乃亜は椅子から腰を浮かせると葵の腰に手を回して抱きついた。
「マジでっ!? ヤバ~っ! 赤ちゃん神!」
「わっ! えっ!? あ、綾音さん!? な、何を――!?」
腰に抱きつかれてホールドされた葵は目を白黒させ、その場で狼狽えることしかできない。
「もう赤ちゃんしか勝たん!」
突然のハグは乃亜が喜びのあまりとった無意識の行動だが、異性に対して免疫があまりない葵にとっては刺激が強すぎた。
乃亜からの軽いハグはほんの数秒だったが、葵の心臓は破裂しそうなほど激しく鼓動を刻み、顔は耳まで真っ赤に染まって全身が内側から火照ったように熱くなる。
「いや~、マジ最高だし! 赤ちゃんつよつよじゃーん!」
「は、はい……喜んで頂けたようで、幸いです……」
品質の高い瞳デカールを手に取って感激しながら眺める乃亜を尻目に葵は少し前屈みになり、ハグの余韻を覚まそうと何度も深呼吸する。
(ふ、不意打ちだった……綾音さん、相変わらず距離感が近すぎる……)
「ねえ赤ちゃん! これ自作とか言ってたけど、どーやって作ったの?」
ようやく落ち着いた葵は、部屋の隅にあるデスクトップパソコンを指差す。
「あのパソコンで瞳デカールのデータを作りました。顔パーツの画像を取り込み、画像編集ソフトで瞳と眉を作成し、比較用に光沢シール用紙にプリンターで差分を印刷後、サイズなどを確認してから完成品を透明デカール用紙に印刷しました」
「よく分かんないけど、ヤバいわ~」
乃亜は葵の説明が理解できなくて苦笑いを浮かべるが、瞳デカールを手に入れたことで折れそうになっていたやる気が完全に戻った。
「赤ちゃん! 早速やろう! あと顔だけでしょ?」
「じゃあ、やりましょうか」
葵のアドバイスを受けながら、顔パーツに瞳デカールを無事に貼り終わり、口をエナメル塗料のクリアーとクリアーレッドで調色したカラーを使い、面相筆で筆塗りする。
つや消しクリアーを吹いた後、フィギュア用ウェザリングマスターのピーチでチークを入れると、ついに顔パーツも塗装が完了する。
「これで全パーツ、塗装終わったぁぁぁぁっ!」
無事に塗装作業を終えたことに、乃亜は喜びを爆発させる。
「いやー、マジ達成感ぱないわ~」
「綾音さん、お疲れ様でした」
「ほんと、赤ちゃんのおかげだし! あたしだけじゃ、ガチでヤバかったもん」
疲労はあるものの、達成感に満ちた乃亜はとても満足げであり、自分の手で塗装したキットを眺めながらずっとニコニコしている。
「塗装したパーツですが、乾燥ブースに入れて乾燥させましょう」
「乾燥って、どれくらい掛かるの?」
「塗料の種類や塗った時の厚さにもよりますが、触ってもベタついたり指紋が付かない表面乾燥は、数分から一時間ほどですかね。表面はすぐに乾きますが、内部までの完全乾燥には最低二十四時間は必要です。これも気温や湿度など、季節や環境によっても変化します」
「じゃあ、まだ組み立てない方が良い感じ?」
「そうですね。仕上げのクリアーを吹いたので、前回のように半日は乾燥させた方が良いかも知れません。完全乾燥も含め、一日以上は置いた方が良いでしょう」
「じゃあ、今日は無理か~。だったら平日――放課後でも良いけど、週末にシフト入れなかった分、しばらくバイトあるしなぁ」
乃亜は机の上に置いていたスマホを手に取り、今週のバイトシフトを確認する。
「……金曜日なら空いてるっぽい。金曜の放課後、赤ちゃんちに寄っても良い?」
「俺はいつでも大丈夫ですよ」
「おけえ。じゃあ、金曜日の放課後に見習い天使たんを組み立てにくるね」
「分かりました。組み立て後には持ち帰られると思いますので、緩衝材や箱を準備しておきますね」
「マジ助かる!」
こうして見習い天使のガレージキットは塗装まで終わり、残りは組み立てのみとなった。




