第42話 アイペイントって、つくれちゃう?
翌日の日曜日。塗装作業のため、休日にバイトのシフトを入れなかった乃亜は、昨日と同じく朝早くから葵のマンションを訪れていた。
「未塗装のパーツも少ないし、今日もガチるわ!」
「難所となるアイペイントがありますが、頑張っていきましょう」
「赤ちゃん……モチベ下がること言わないで」
「す、すみません!」
早速二人は作業部屋に移動すると、すでに付け慣れた保護メガネに防毒マスク、ニトリル手袋にエプロン袋の乃亜が塗装ブースのある机の前に座る。
塗装が残っているのは髪パーツと天使の輪に翼、それから顔のアイペイントだ。
「ねえ赤ちゃん。見習い天使たんは金髪だけど、金髪ってどーやって作るの?」
「金髪は〝レドーム〟で塗ります。この薄いクリーム色ですね。ブロンド系の塗料もあるんですが、見習い天使の金髪はレドームが合いそうです。他の色もそうですが、金髪でもキャラによって色味が様々であるため、レドームにイエローやオレンジなどを加えて調色したりもします」
「あーね。言われてみれば、同じ金髪キャラでも色味違うもんね」
「見習い天使の髪もグラデーション塗装します。基準色となるレドームにクリアーを加えて中間色にし、シャドーにはブロンドシャドウを使いましょう」
「おけえ! じゃあ、取り分けていくね」
乃亜は塗料ビンからレドームを塗料皿に適量移し、塗料2に対してクリアー1、薄め液8の割合で混ぜ合わせる。
「綾音さん。だいぶ手際が良くなってきましたね」
「全部赤ちゃんのおかげだし! てか、指示してもらえば調色は何となく分かるけどさ、ブラック以外を混ぜてシャドー色を作る時とか、どれとどの色を混ぜたら何色になるかとか、さっぱりなんだよね~」
「その辺りは、塗装しながら慣れていくしかないですね。色はカラーチャートも参考にできますが、突き詰めていくと色相・明度・彩度・補色など、複数の要素がありますので」
乃亜は説明をほとんど理解できなかったため、葵は「今は忘れて下さい」と告げた。
髪パーツをグラデーション塗装で仕上げ、残りの天使の輪と翼も塗装する。天使の翼は本物の鳥のようなリアルなものではなく、デフォルメされたデザインなので難なく塗ることができた。
塗装を終えた乃亜はパーツにクリアーを吹き終わると一息つき、ほとんど塗装が終わったパーツ達を眺めて悦に浸る。
「塗装すると、マジ映えるわ~」
「完成まであと少しですね。次は難所とも言える、アイペイントです」
エアブラシの洗浄を行いながら、葵が次の工程を伝える。乃亜は塗装クリップを付けている顔パーツを手に取り、のっぺらぼうの顔面をじっと見つめる。
「アイペイントって、ここに眉と瞳を描くんでしょ? こんな小さいとこに描けんの?」
「かなり細かい作業になりますね。顔パーツの目の部分に窪みがあると思いますが、そこに瞳を描いていきます。眉も描きますが、ディーラーさんによっては眉部分に凹モードル……いわゆる、溝を彫ってあり、塗料を流し込むだけになっているものもあります」
エアブラシの洗浄を終えた葵は片付けを済ませると、フィギュアラックから過去に製作したガレージキットを持ってくる。
「あっ! シグメロのアイナじゃん!」
『シグナル・メロウライン』はサイバーパンク系の近未来SF作品であり、葵が持ってきたガレージキットはヒロインであるAI少女のアイナ=ユグドリアだ。
「アイナの瞳と眉は、ラッカー塗料を溶かしにくいエナメル塗料を使って描いています」
乃亜は机の上に置かれたアイナの塗装済みガレージキットに鼻先を突き付け、その顔を食い入るようにじっと観察する。
「えっ、ヤバっ!? これほんとに赤ちゃんが描いたの!? 瞳の中の描き込みがエグいし、瞳も平面じゃなくてなんか丸くない!?」
「そうですね。瞳が立体的になるようにアイペイントしました」
「ぱないわ……」
葵のアイペイント技術をまじまじと観察していた乃亜だったが、不意に両手をバッと高く上げる。
「ムリムリムリっ! こんなんマジ無理だから!」
アイペイントをやる前から、すでに乃亜はお手上げ状態だった。
「確かに初心者にとって、アイペイントはかなりの難易度があります。フィギュアは全体の造形もですが、顔――特に瞳の部分は最も重要です。人間は相手の――人物の顔を見た時、無意識に顔と両目に視線が向きます。これは造形物であっても変わりません」
「言われてみれば、そーかも……」
「フィギュアも例外ではなく、いくらデフォルメされていても関係ありません。左右対称である両目のサイズや、バランスが少し崩れただけで印象がガラッと変わり、途端に実際のキャラとは顔が似てないと認識してしまうんです。それだけ両目や瞳は大事なんです」
顔のアイペイントはとても重要な要素だと葵から聞かされて、乃亜の気持ちはますます萎縮してやる気が削げていく。
「ねえ赤ちゃん……市販の完成品フィギュアって、目とかどうやって描いてあるの?」
「量産される完成品フィギュアは〝アイプリント〟ですね。描いてあるのではなく印刷です」
「そっか~。そりゃそうだよね……」
明らかに声のトーンとテンションが落ちた乃亜を見かねて、葵はすぐに助け舟を出す。
「アイペイントはベテランでも苦手な方がいますし、テクニックやコツが必要なので、初心者の綾音さんにはハードルが高いかも知れません。でもディーラーさんによっては〝瞳デカール〟というものを付けてくれるところもあります」
「瞳……デカール?」
「はい。アイデカールと言ったりもしますね」
葵は作業部屋の隅に詰んだ状態で置いてある、未組立の二次元美少女プラモデルをひとつ持ってくる。
「これは美少女プラモデルに付いている瞳デカールです。ガレージキットに付いてくるものとほぼ同じです」
小さな台紙の上には、瞳と眉がセットになった同じデザインのアイデカールが二つある。
「これが瞳デカール……眉まであるじゃん」
「ガレキに付いているものだと、瞳だけで眉がないものもあるため、その場合眉は自分でペイントします」
「これ、どーやって使うの?」
「必要な分を台紙ごと切り離して水に入れます。1~2分で台紙からデカールが浮いてきますので、ピンセットで取って貼り付ける位置に持っていきます。余分な水分を綿棒などで拭き取り、そのまま乾燥させればオッケーです」
「へぇ~、タトゥーシールみたいな感じかぁ」
瞳デカールという便利なものが登場して乃亜に少しやる気が戻ってきたが、ふと何かを思い出す。
「え、待って。見習い天使たんのキットってさ、パーツチェックした時に瞳デカールとか入ってたっけ?」
「いいえ。このキットに瞳デカールは付属していません」
「はあっ!? そ、それじゃ……やっぱアイペイントしないといけなくない!? 赤ちゃんの作ったやつ見た後じゃ、ガチでやれる自信ないし!」
頭を抱える乃亜の前を静かに離れた葵は、パソコンが置いてある机からあるものを持ってきた。




